第121話 マドカ、笑う

 うちの父親もやって来て、何やら強烈なハグをされたりした。

 まあ、俺も父親になったので気持ちは分かる。

 そして、母が抜け駆けしてワールディアに来たことをとても悔しがる父。


 母が平謝りしているのを始めて見た。


「翔人。あのな、時々遊びに来てもいいか?」


「マドカちゃんのお世話とかするわよ! 私、今はパートだし、海乃理も大学生になって手がかからないし、暇だから!」


 父が、母を実に羨ましそうに見た。

 仕事あるもんなあ……。


「いいぞ。じゃあ、ディスプレーとこっちは常時接続しておく。来たい時に来てくれ」


「うおお」


「やったああ」


 子どもみたいにはしゃぐな両親!

 かくして、うちの両親がちょこちょこ村にやって来るようになった。

 日本での生活の支障にならないようにな……!


 そして海乃理だが、この間、パワースと二人で村内観光していたのを兄はしっかり見ていたからな!

 後に聞いてみたが、


「なにもありませんでしたじょ?」


 とか言いながら目線が泳いでいるので、あれは絶対何かあったな!?

 パワースに聞くと、菩薩のような微笑みを浮かべているではないか。


「打算のない女はいいよなあ、ショート……」


「おまっ、何した」


 こいつもこれ以上は答えなかった。

 いかがわしいことは無かったようだが、新しい心配事が増えたぞ。


 そうこうしている間に月日は過ぎる。

 短粒種の苗が完成し、俺とクロロックとピアで喜びを分かち合ったりした。

 この期間、奇跡的に世界は平和だったので、お米の育成に集中できたのだ。


 マドカはもりもり大きくなった。

 体重にして二倍くらいになったんじゃないか。


 ここ最近一番の驚きは、マドカが笑ったことである。


 ビンとトリマルとアリクイはちょこちょこ遊びに来るのだが、お兄さんたちに囲まれて、うちの娘がニコッと笑った。


「あっ!!」


 俺は座ったまま1mくらい飛び上がった。

 驚きのあまり、空中浮遊してしまう。


「どうしたの、ショート?」


「マドカが笑った!!」


「えっ!!」


 カトリナも振り返った姿勢のまま、ぴょんと跳ねた。

 物凄く驚いたらしい。


 いつも仏頂面だったうちの娘が笑うだと……?

 しかも、手を伸ばして、アリクイの腕をがしっと掴んでいる。


「もがー」


「あぶー」


 なかなかのパワーのようである。

 あれくらいの年頃だと、ビンも確かあぶあぶとお喋りを始めていた気がするな。


「まどちゃ!」


「あぶー」


 ビンが手を伸ばしたら、その手をマドカががしっと握った。


「わわー」


「きゃー」


 ビンがぶんぶん腕を振ると、マドカがニコニコ声を上げて笑う。


「ふおおおお」


「ひやあああ」


 俺たち夫婦は慌てて駆け寄って、その様子を観察した。

 大変なことである。


「マドカはすっかり笑わない子かなと思ってたんだけど」


「こいつ、離乳食がまだまだ食べられなくて不貞腐れてたっぽいんだけど、食べる以外にも世の中には楽しいことがたくさんあるらしいと気付いたんじゃないか」


「そっかー!」


 カトリナが手を伸ばすと、マドカはパッとそっちを見て、両手を広げて抱っこされる体勢になった。

 ここ最近、カトリナと俺と、それ以外をきちんと見分けられるようになったようだ。


「そろそろマドカも、何か食べ始めていい頃だって。お父さんが言ってた」


「ブルストが! 先輩の言葉は参考になるぜ……。おいマドカ、聞いたか? いよいよ離乳食っぽいものを食えるぞ……」


 ほっぺをぷにぷにつついたら、「あぶー」と言いながら俺の指を握りしめてきた。

 おお、なかなかのパワー。


 段々、赤ちゃんという摩訶不思議な存在から、人間になってきている気がする。

 マドカが超自然的なパワーを発揮することも無くなってきたからな。


「しょーと! ビンも!」


「なんだ、ビンも抱っこして欲しいのか」


 マドカが抱っこされていて、羨ましくなったらしい。

 ビンもまだまだ赤ちゃんだな。

 まあ、一歳半くらいだもんな。


 ビンを抱っこすると、トリマルが俺をじーっと見上げた。


「どうした長男」


「ホロホロ」


「良かろう。俺の頭に乗れ!」


「ホロー!」


 パッと舞い上がったトリマルが俺の頭上に。

 これを、アリクイがじーっと見つめている。


「お前も何か期待してるのか」


「もがー」


 アリクイは完全に動物だからな。

 何を考えているか分からん。


「俺の背中に乗るか?」


「もが」


 おっ、よじ登ってきた。


 ということで、頭上にトリマル、背中にアリクイ、腕の中にビンを抱っこした俺である。

 これを見て、カトリナがくすくす笑った。


「ショートが不思議なかっこうしてる!」


「成り行きでな……」


 とりあえず、マドカが笑ったことをブルストに報告に行かねばな。

 俺がたくさんぶら下げて、カトリナがマドカを抱っこして、今まさに大工作業中の現場に向かう。

 すると、ブルストとパメラがのんびり休憩しているところだった。


 おや、パワースもいるのか。

 ブルストが何か話をしているような。


「そりゃあお前、相手はこっちで言う大人だから、両方の同意があればいいんだよ。お互い、いつ何があるか分からないんだぞ。心残りがないようにしておけ」


「だよなあ。なんかちょこちょここっちに来るし、いい加減きちっとアタックするわ」


「青春だねえー」


 何の話だ。

 だが、今はもっと大事なことがある。


「ブルスト! 聞くのだ!」


「マドカが笑ったんだよ、お父さん!」


「なにい!!」


 ブルストが座った姿勢のまま、ポーンと跳ね上がった。

 この反応、カトリナと全く一緒だな。

 あ、俺とは体勢まで同じじゃないか。


「そうかそうか! マドカもどんどん大きくなってるんだなあ。カトリナにも言ったが、離乳食の時期が近いな。俺は慣れてる。任せろ」


「なるほど、そんな時期か……! 色々教えてくれよ、ブルスト!」


 俺とブルストが、ガッチリと固い握手を交わす。

 これを真面目な顔でパメラが見ているではないか。


「なるほど……ってことは、あたしの場合、旦那の方が育児に詳しいことになるんだね」


 そうなるな。


「生まれてくる子の世話は任せられるね……!」


「なにっ」


 今度は俺が驚く番だった。

 ブルストがニヤリと笑う。


「やったぜ。カトリナの弟か妹ができるぞ」


「えーっ!」


 突然の報告に、カトリナも目を丸くするのだった。

 これは……勇者村にベビーブームが来るのか!!


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