第120話 親が来たがっている

 マドカの相手を交代でやる時間なので、抱っこひもにくくりつけてぶら下げるのだ。

 マドカは基本的に、女の人に抱っこされることを好むが、それはそれとして男が抱っこしてても文句は言わないというか、されるがままにされている。

 今も両手両足をだらーんとぶら下げたまま、すぴすぴと寝ている。


 大物の風格である。


 そんなマドカを連れたまま、俺はクロロックと短粒種を苗にする作業を行うのだ。


「基本は一緒ですね。ですが、より寒さにも耐えられる関係上、暑すぎるとこれはこれでよくないようです。たっぷりと水を使わねばならないようですね」


 すでに土に米を植え、発芽を待っていたクロロック。

 彼の豊富な農業知識が色々なことを教えてくれるのだ。


 さらに、横にはカタローグがおり、農学の魔本を伴っている。


『東方にある短き米の栽培ならばお任せあれ! 更新する必要のない、完成された知恵というものもございますゆえな!』


「常日頃、農業の知見は更新されています」


『いやいや、古き良き知恵がいかにして言い伝えられてきたかを考えれば、重視すべきものは明らか』


 おっ、クロロックと魔本が火花をちらしているな。

 この一人と一冊は、同じ道を志す友であり、ライバル関係なのだとか。


 たまに、農学の魔本が自らクロロックの家に行き、泊まったりしているらしい。

 仲良しさんめ。


 ああだこうだと言いつつ、わいわいと作業をする。

 これで馴染みのお米が生まれるのだと思うと、実にウキウキするではないか。


 まあ、日本で食ってた米と比べると、品種改良もあまりされてないので食味は落ちるがな。

 そこはこれからの課題だ。

 長年かけて取り組むしかあるまい。


 昼頃になって、飯ができたのでカトリナが呼びに来た。

 村人みんなで食堂に集まり、昼食をするのである。


 和気あいあいとした環境での食事は実に楽しい。

 お腹をすかせたマドカが目覚めて、カトリナにおっぱいを要求している。

 ということで、奥さんにマドカを手渡した。


 おっ!

 またちょっと重くなってるな。

 おっぱい飲んで寝て、最近では泣かない代わりにウー、とかアーとか、大きい声で呻いているらしいからな。


 どんどんでかくなる。

 将来が楽しみだ。


 そうこうしていると、世界間連結魔法、イセカイマタニカケが反応した。

 基本的に俺が繋がないと、実家のPCと接続しないはずなんだが。


「おー、ついたついた! お母さん、ついたよー!」


 俺の頭の横に窓が開き、そこから海乃理が覗いている。


「なんだなんだ飯時に」


「なんだじゃないよー! 色々工夫したら繋がったんだよ。めちゃくちゃ大変だったんだからね! あ、カトリナさん、マドカちゃんこんにちはー! おっぱいあげてるところだったんだねー」


「こんにちは、ミノリさん!」


 妹と嫁が挨拶しあっている。

 そしてその奥から、久方ぶりに見るうちの母親が顔を出してきた。


「翔人! かなり逞しくなってるけど翔人ね! あー、よかったー。生きてたー。えっ、そこの可愛いお嬢さんが抱っこしている天使ちゃんが翔人の子ども!? 私の孫? あららーあらあらあらーっ!!」


 一人で賑やかなことこの上ない。

 二人の隙間から見える我が家は、恐らく昼頃であろう。

 こっちとあっちで時間がリンクしているんだな。


 ということは、うちの父親は会社か。

 

「ねえ海乃理、あっち行けるんでしょ? 行きたいわ。行きたい! それで、マドカちゃんを抱っこしたい!!」


「だよねえ! ってことでショートくん! お願い!! また呼んで!」


「ええ……。仕方ないなあ。カトリナ、いい?」


「もちろん!」


 ということで、村のみんなが注目する中、食堂横の広場にてうちの家族を召喚することになった。

 とは言っても、この作業は力技だ。


「そいっ!」


 俺は世界を繋ぐ窓枠に手を掛ける。

 そして、マドカがこの間やってた作業を力ずくで再現する。


 なんか魔力をぐりぐり回して、この世界と向こうの世界の魔力圧の中間くらいにしながら……。

 まあこんなもんだろ。


「窓を広げるぞ! 入ってこい!」


 ぐいーっと両手で窓を拡張すると、海乃理が躊躇なく飛び込んできた。

 すとんと着地。

 こ、こいつ、今回はよそ行きの格好をして、バッチリお化粧までしてきてやがる!!


 母親は、明らかに普段着である。

 サンダルを片手に、海乃理の後からワールディアに降り立った。


「うひゃあー、暑いわねえ……。南国なの、ここ?」


 うちの母がぶつぶつ言いながら、サンダルを履く。

 堂々としている。


 そしてその姿を、おっぱいを飲み終わったマドカがじーっと見ていた。


「ウー」


「マドカちゃん!」


「マドカちゃん!」


 目をきらきら輝かせる、俺の実家の女性陣。

 とりあえず、年長者の権限で、母がマドカを抱っこすることになった。


 俺と妹の二人を育て上げた母親である。

 赤ちゃんを抱っこする体勢が実に堂に入っている。


「マドカが満足げだ」


「抱っこの腕前ってあるんだねえ……!」


 俺とカトリナで感心しながら、この様子を見ている。

 その間に、ブルストがトコトコやって来た。


 オーガゆえ、大変でかい。

 うちの母は、ポカーンとしながらそれを見上げた。


「俺はカトリナの父親だ。ショートのおっかさんか? いい男を育ててくれたな、感謝するぜ」


「そ、それはどうも。そうですか、あなたがカトリナさんの……。ショートがいつもお世話になっています」


「いやいや、こちらこそ世話になりっぱなしだ」


 なんか、二人でペコペコしだしてしまった。

 この辺りは、異世界も現実世界も一緒だな。


 きっとこのまま、母と妹と二人で、夕方までこっちでのんびりしていくのであろう。

 ……なんて思っていたのだが。


 マドカ抱っこの順番待ちで、うずうずしている海乃理。

 そこに一人の男が近づいたのである。


「暇か? 暇なら、村を案内してやろうか」


「えっ!?」


 ハッとして振り返る海乃理。

 彼女に声を掛けたのは……。


「俺はパワース。ショートの仲間だ。こいつには世話になっててな」


「あ、そうなんですか? えっと、じゃあお願いします!」


 ん?

 んんんんん?


 パワースと海乃理が談笑しながら、二人で歩きだしてしまったぞ。


「カトリナさん、これは一体……?」


「海乃理さん可愛らしい人だからねー」


「答えになってませんぞカトリナさん……!」


 状況は混迷の度合いを深めていくのである!



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