第116話 旅立つ前に、マドカをむにむにする

 俺はセントラル帝国へ旅立たねばならなくなった。


「お米を仕入れるはずだった国で、クーデターが起こった。俺は短粒種米とハオさんのために行かねばならない」


 悲壮な決意で俺が言うと、カトリナが頷いた。


「うん。明日のお昼までには帰って来れる?」


「余裕」


 そんなやり取りをした後、じーっと俺を見るマドカに目線を合わせた。


「マドカー。お父さん、また出かけないといけないんだ。仕方のない世界だよなあ。放っておくとすぐいざこざが起きて、お米を仕入れることだってできなくなっちゃうんだ」


「ウー」


「すぐ帰ってくるからな! そしてマドカが大きくなったら、美味しいお米をお腹いっぱい食べさせてやるからな」


「アー!」


 マドカの思念は俺と繋がっているところがあるっぽく、美味しい、という思考に反応したようだ。

 口をパカッと開けて、まだあまり動かない腕を持ち上げようとしている。

 美味しいことに対する貪欲さ……かなりのものだ!


 俺はこの子のために、必ずや短粒種の米を仕入れねばならない!

 そのためには、ハオさんの身の安全を確保し、空気が読めないクーデターを鎮圧せねばな。


 マドカとビンなら、短粒種は抵抗なく食べるだろう。

 食いしん坊のピアもいけるな。

 徐々に村に短粒種の米派を増やすために。


 まずは仕入れのための第一歩!


 俺は真面目な顔をして、マドカのほっぺをつついた。

 大変ふわふわしている。

 うーむ、守りたい、このほっぺた。


 存分に愛娘をむにむにして、元気百倍。

 俺が飛び立とうとするところで、パワースがやって来た。


「俺も連れていけよ。流石にお前でも、あの国は広すぎる。手が回らんだろう」


「ああ、ドッペルゲンガーでも作って作業しようと思ってたが、助かる!」


「私も行きましょう。すぐ出発しますか?」


「ブレイン!」


「仕方ないわね。あたしも行くわ。神聖魔法が必要になることだってあるでしょ」


「ヒロイナ!」


 元勇者パーティ勢揃いである。


「この四人が揃えば使えるな。よし、久々にやるか」


 俺は腕を突き出した。

 パワースが手を重ね、その上にブレインが、一番上にヒロイナの手が重なる。


「行くぞ! パーティ飛翔魔法、ダンガンバビュン(俺命名)!」


 次の瞬間である。

 俺たちの体は、空高く舞い上がっていた。

 放物線を描きながら、超高速で空を駆けて行く。

 大体マッハ3くらい出ているはずだ。


 ワールディア世界の大きさは、地球とほぼ同じ。

 セントラル帝国までは、この世界を半周する距離だから……六時間くらいで到着だな。


 一旦飛び出したら、後は魔法に任せておけばいい。

 俺たちは今、ダンガンバビュンが生み出した魔法結界の中にいる。

 めいめい、くつろぎだした。


「しっかし、久しぶりねえ。これすごく快適な移動魔法なんだけど、四人揃わないと使えないのが弱点よね」


「俺だけで使うと、制御が俺基準になるからなあ。ブレインが揃って繊細なコントロールを担当して、ヒロイナの魔力で防御方面を作って、パワースの闘気でまとめ上げる感じで初めて完成するんだ。俺一人で使えないパーティ魔法の一つだぞ」


「ショートは何気に、こういうみんなの顔を立てるところを気にしますよね」


「ああ。俺は性能が尖ってるだけで、不得意分野は人並み以下だからな……! 手助けしてくれる相手がいないと速攻で詰む自信がある!」


「まあ、だよなあ。強いけど、ショートはまとめてなぎ倒すタイプだ。細かいのは手のひらからこぼれて行っちまう」


 さすがはうちのパーティ。

 よく分かっている。


 その後、思い出話などをして、あの時はああだった、こうだったと笑いあった。

 魔王と戦っている時は、こんな平和な時間を過ごせるとは思ってもいなかったなあ。

 いやあ、平和っていいものだ。


 何を考えて、せっかく平和になった世界に争い事を起こそうとするのか。

 大体、魔王と戦っていた当事者ではなかったやつが争いを起こすのだ。


 皇帝の弟か……。

 セントラル帝国を魔王大戦の後まで生きながらえさせたのは、皇帝の采配だろう。

 そいつを横からかすめ取るつもりか。


 許すまじだぞ。

 大戦を生き延びて国を守りきった皇帝へのリスペクトが足りん。


 俺は怒るのだ。

 そんなことを内心で考えていたら、パワースとヒロイナが昼寝を始めてしまった。

 ブレインは外の風景を楽しそうに眺めている。


「いかんいかん、自分の世界に入ってしまっていた」


「ショートはそれでいいと思いますよ。あなたの内面の世界は複雑で豊かだ。だからこそ、そこから我々の常識を覆すような魔法が生まれてくる。存分に物を思い、悩み、考えるべきです」


「含蓄のある事を言うなあ」


 俺は大変感心した。

 伊達に賢者ではないな、ブレイン。

 かくして、まったりのんびりとしている間にホホエミ王国を通り過ぎ、さらにさらに東へ。


 セントラル帝国が見えてきたのである。

 彼の国は広大だ。

 ハジメーノ王国が存在するこの大陸の東方、そのほとんどをセントラル帝国が占めている。


 とは言っても、その大半が異民族を力でまとめ上げているだけなのだが。

 そんな訳で、昔はちょこちょこ反乱が起きていたらしい。


 この異民族が、入れ代わり立ち代わり帝国を興し、反乱が起きてまた帝国が入れ替わる。

 その全てがセントラル帝国の歴史である。

 スケールがでかい国なのだ。


「だが、今だけは反乱を起こされては困るぞ。せめてみんな平和になって、一息つく時間くらいは欲しいだろうが。さあ、空気の読めないクーデター首謀者をぶっ飛ばしに行くとしよう!」


 勇者パーティ、セントラル帝国に到着である!


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