第113話 妹お取り寄せ

『おっ、解析できたようです』


 飯時にユイーツ神がいきなり、ニュッとやって来た。

 ヒロイナがそれを見て、「ウグワーッ」と叫んで転がる。


「て、て、て、天使様!? どうして村の朝食時に!!」


 さっきから、フォスにべったりくっついて、彼を赤面させながら朝食を取るという不純異性交遊行為をしていたので、ばちが当たったのではないか。


『皆さんこんにちは。ユイーツ神……の使いです。ショートさんから依頼されていました、ユーガッタメールの魔法の解析が終わったと報告を受けましてやって来ました。技術部門の天使たちの総力を上げて挑んだ甲斐がありましたよ』


「そうかそうか! よし、ここ座れ。飯食ってけ」


『おや、人に直接食事をふるまわれるのは二百年ぶりですねえ』


 俺が席を詰めたので、隣にユイーツ神が座った。

 カトリナの膝の上に座っていたマドカが、目をまんまるにしてユイーツ神を凝視している。

 また神様来たなー。


「かみたま!」


 ビンが鋭く、ユイーツ神が神様であることを言い当てる。

 だが、フックとミーはニコニコしながら、


「ハハハ、そうだなあ、ショートさんのお友達神様みたいだなあ」


「ビンはどんどん言葉を覚えて偉いねえ」


 頭の良い息子を二人でなでなでするのだ。

 田舎から出てきた二人にとって、明らかに物凄くできがいい息子は自慢の種らしい。

 たまにフックが、「都会だったらいい学校とか入れてやれたんすかね。いや、俺、そんな金無いですけど」などと相談してくる。


 うちには王都にいる学者連中を束ねた性能を持つ、賢者ブレインと無数の魔本があるぞ。

 王都に行って得られるのは、せいぜいそこの学校に行ったというステータスくらいのものである。

 国の最高知識機関は、何を隠そうこの勇者村なのだ。


「あぶー」


 マドカがぽかんと口を開いていたので、よだれが垂れてきた。

 カトリナがそれを拭いてあげる。


「ちょっと待っててくれ。早く飯を食ってマドカを受け取るから」


『ええ、急ぎませんので』


 神様のタイムスケールは長い。

 だが、ユイーツ神教の神をいつまでも朝食席に座らせたままではいかんだろう。

 俺は朝食のシチューとパンをガツガツ食べた。


 その間に、リタがユイーツ神にシチューをよそってくる。


「ど、どうぞ……!」


『ありがとうございます。いただきますね』


 ユイーツ神はピカピカ光ってにこやかに応じると、しゅごっと音を立ててシチューの中身を吸い込んだ。

 皿がピカピカになっている。


 この場にいた誰もが、唖然としてそれを眺めていた。


『普段、お供えものはその魂だけをいただくのですが、この場には私自身が降臨しているので、こうしてそのものをいただくことができます。美味しいシチューでした。ありがとうございます』


「美味しくて何よりだよ」


 シチュー調理を担当したカトリナが微笑む。

 ここで俺の食事が終わったので、カトリナのごはんタイムだ。

 俺はマドカを受け取った。


「ウー」


「俺に抱っこされると、たまに唸るんだよな」


「ショートの体は鍛えられてて固いから、抱っこされると痛いのかも?」


「なにぃ」


 カトリナの言葉にハッとする俺。

 確かに、うちの嫁さんはあちこち、ふんわりしてて柔らかいもんなあ。

 だが、彼女に飯を食わせるために、マドカは俺に抱っこされていて欲しい。分かるな、我が娘よ。


 俺が念話で伝えると、生後一ヶ月くらいのうちの子が、鼻をピスーッと鳴らした。

 分かったようだ。

 多分。


「では行こうか。詳しく聞かせてくれ」


『はい。ユーガッタメールについてですが』


 村の中を歩きながら、ユイーツ神と話をする。


『ショートさんが使う、コルセンターという魔法がありますよね。あれは離れた場所を結ぶものですが、これと同じ原理がユーガッタメールには使われていました。つまり、世界に穴を開けて二つの次元を結ぶ力です』


「ほうほう。様々な魔法をブレンドしながら作っていっていたが、そういう原理だったか」


『天才肌のショートさんは、感覚で魔法を混ぜ合わせて新しいものを生成できますからね。その技量は、間違いなくこの宇宙で最高でしょう。ですが、全て感覚でやれるが故に、一つ一つの魔法の原理を突き詰める必要がないのです。ユーガッタメールは間違いなく、世界を貫き、二つの世界を繋げる力を持っていました』


「なるほど……。俺は俺が持つ力を、もっと研究すべきだったか。それは反省するところだ」


 ふんふんと頷く。

 どうやら、魔王軍と戦っていた頃の習慣が抜けていないようだ。

 解析する暇があれば、次々に新しい魔法を作り続ける。


 こうして常に戦力を更新し、俺たちは戦ってきた。

 決め手は俺の武力だが、搦め手を得意とするマドレノースとの戦いに、魔法は欠かせないものだったのだ。


『普段なら問題ないのでしょうが、今回に関しては、解析したチームが驚いていたようですよ。ユーガッタメールとは、異世界から召喚するシステムを簡略、高速化した世界間連絡システムだったのです。ここに、解析し、動作を変更したものが用意してあります』


 ユイーツ神が魔法を片手に乗せた。

 なんか丸くてもやもやしているな。


「あーうー」


 マドカがそれを見て、よだれを垂らした。

 するとである。

 マドカから何やら魔力のようなものが流れていき、もやもやしたものの形が定まったのだ。


「マドカ、今何をした? なんか、一瞬俺とマドカの意識が繋がったみたいな感じがしたが」


『驚きました。無意識下で魔法を使いましたね、彼女は。ショートさんの魔力と繋がって、魔力のサーキットを作り、ショートさんの頭脳を演算に利用して魔法のチューニングをしたようですね……』


 そこにあったのは、丸くてふわふわしたものだった。

 触ってみると、どうも馴染みのあるさわり心地である。


「あっ、これカトリナの胸じゃん」


 心地よい柔らかさをふにふにしていると、突然、その丸いものがふるふると動き出した。


『起動しましたね』


「起動したのか! どうなるんだ?」


『ユーガッタメールは、二つの場所を紐付けしています。一つはショートさんのいる場所。もう一つは、ショートさんのご家族がいる家の一室。今、世界は繋がります……!』


 ふわふわしたものから、光が放たれた。

 それが目の前に、窓のようなものを作り出し……。


 窓の中に、見覚えのある顔が出てきた。

 ……記憶の中にあるあいつよりも、随分成長しているが……四年経ってるもんな。


 俺の知っている彼女は、まだ中学生だった。

 もう就職してるか、大学に行ってるかだろうか?


「しょ……ショートくん!?」


「お、おっす、海乃理みのり


 そこにいたのは、俺の妹である海乃理だったのである。

 彼女はポカーンとして、次に震える指先を持ち上げ、俺と、抱っこしているマドカを指差した。


「そ、そ、そ、それ、それって、それれれれ」


「落ち着け落ち着け」


「ちょ、ちょっと待ってよ! 落ち着くから! っていうか何これ? ディスプレイが窓みたいになってて、なんかこっちから手が届きそうに……ウグワーッ」


 あ、窓からこっちに落っこちてきた。

 部屋着であろう、ジャージ姿の海乃理が、俺の足元で大の字になって転がっている。


 彼女はふらふらと立ち上がる。

 おお、背が伸びたなあ。

 俺の鼻のあたりまで身長がある。


 そして彼女の目の前には、よだれを垂らしているマドカがいた。


「ぎゃ、ぎゃーっ! かわいいー!! ショートくんの子ども!? かわいいーっ!!」


 海乃理の叫びが、勇者村に響き渡る。

 うーむ、何たる新展開……!!

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