第112話 フォス毒牙にかかる
マドカの子守をしつつ、村の中をぶらぶらする。
食堂がついに完成して、みんなめいめいに椅子らしきものを自分で作って、持ち寄っていた。
テーブルはブルストがササッと作ってくれていて、これを中心にして村のみんなが集まっているのをよく見かけるようになったのである。
「まさに集会場だなあ、マドカ」
「ウー」
マドカが唸り声で返事をした。
お腹が減った時と、おしめを替えて欲しい時しか泣かない変わりに、何かとウー、と言って返事をする赤ちゃんなのだ。
これはやる気がないのではなく、どうも周囲の言葉をなんとなく理解している節があるな。
頭がいい。
抱っこひもでくくりつけられた俺を、じーっと見た後、食堂を振り返ってじーっと見ている。
「アー」
「どうしたどうした」
何か訴えてくるので、聞いてみる。
「ウー」
「アーとウーじゃ分からんが、多分食堂に行ってみたいんだな」
食堂の軒下に入る。
そこでは、パワースと燕尾服姿の男が何やらお喋りをしていた。
珍しい取り合わせだ。うちの村の燕尾服と言うと、魔本のカタローグしかいない。
最近見かけないと思ったら。
「やあ、これはショート様。実は直射日光は本の敵でしてな。図書館の中で雨季を待っていたのですが、ちょうどいい日陰ができたのでこうして現れました次第」
「なんだ、そんな理由があったのか!」
確かに、陽の光は紙を劣化させたりするからな。
魔本は大丈夫だと思うんだが。
「あぶ、ウー」
「おや、可愛らしい方をお連れだ。噂のお嬢様ですね。ハハハ、凄まじい魔力を発しておいでです。弱い魔本なら書き換えられてしまいそうですねえ」
「そこまで凄いのか?」
「ウ?」
マドカが俺を見上げた。
おっと、よだれよだれ。拭いてやるのだ。
「それで、パワースとカタローグで何の話をしてたんだ」
「おう、それだ。ショート、ついにヒロイナのやつはやりやがったぞ」
「やりやがったって、何をだ」
「昨晩、フォスが帰ってこなくてな」
「あっ」
俺は察した。
「さっき、フラフラになって帰ってきた。『ぼ、僕は人類の神秘を知りました……。責任とらなくちゃ……』って言ってたからな」
パワース、フォスの声真似が上手いな……!
しかし、そりゃあ確実だろう。
ついに食われてしまったか……。
フォスを連れてきてから三ヶ月くらい経過しているので、思ったよりもヒロイナはじっくり攻めたほうだと見るべきだろう。
フォスの人となりをしっかりと見極め、ジャブを打ちまくってから仕留めたな。
「今は寝てるのか?」
「眠れんそうだ」
「我々がいたのでは、一人で物思いに耽る邪魔になるであろうと出てきたのですよ」
パワースにカタローグ、気遣いのできる大人である。
ちなみにクロロックは、ピアと一緒に苗を見ている。
ピアは近々、ブルストとパメラに連れられて狩りに挑戦するらしいので、活発なことである。
それに対して、相方のリタはヒロイナから神聖魔法を習っているらしい。
魔力がそれなりにあるようで、筋がいいと褒めていたのを聞いた。
みんな少しずつ前に進んでいくのだなあ。
フォスの場合、前に引きずり出されてしまった感じだが。
村公認の関係である。彼のことは優しく見守りたい。
その後しばらく、フォスの話などを三人でしていると、マドカがむずかりだした。
「ほぎゃー」
「あっ、お腹減った泣き方だな」
「ウー」
「分かってるじゃんみたいな顔したな。ちょっとカトリナに預けてくる」
「おう、行って来い。お前もすっかり父親だなあ」
「父親一ヶ月目だぜ」
「誰しも初心者の時期はあるものです。多少、ショート様の場合はお子様が規格外ですが、まあ大して変わりはしません。でも念の為に子育ての様子を記録させてくださいね」
カタローグがそう言うと、当たり前みたいな顔をしてついてきた。
「おっぱいやるんだからついて来るなよー」
「ハハハ、これは失敬。では本の形になれば大丈夫でしょう。それっ」
ぼふん、と音がして、カタローグが分厚い一冊の本になった。
何としてもついてくるつもりだな。
その執念やよし。
俺はこいつを懐に入れると、家の中に入った。
「あら、マドカお腹がすいちゃったの? はい、こっち」
カトリナが手を広げてマドカを受け取る。
おっぱいタイムである。
マドカはとにかくよく飲む。
なので、カトリナもエネルギーを使うらしく、食べる量が妊娠前の5割増しくらいに増えた。
食べたぶんだけエネルギーに変えられる、オーガの体と若さの賜物だな。
授乳が終わり、マドカはけぷっとげっぷをした。
そしてすぐに寝る。
早く大きくなるのだぞ……。いや、まだちっちゃい赤ちゃんのままでいて欲しい気持ちもある。
子どもの成長は不可逆。
せめて今の赤ちゃん時期をたっぷりと堪能し、そして次の成長期をまた堪能しよう。
どういう風に育っていくのかが実に楽しみである。
熟睡したマドカをカトリナに預けて、食堂に戻ってきた。
ブルストとパメラとフックとミーとブレインが増えている。
話題はフォスのことである。
酒も入っていないのに、みんなで盛り上がっているではないか。
俺は人数分の冷やした茶を入れ、お茶請けの干物を切り分けて持っていくことにした。
「みんなで人の恋路の話か。他人事だとめちゃめちゃ面白いもんなあ!」
お茶の到着に、歓声があがる。
フォス、お前は村になくてはならない役割を果たしてくれているぞ……!
昼下がりの茶が美味い。
そして噂話が楽しい。
彼の貞操は、村の連帯感の強化という大切なものに変換されたのである。
ちなみに、フォスが顔を出したのは日暮れ前のことであった。
彼をみんなが喝采で出迎えたので、大変戸惑っていたのが面白かった。
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フォ、フォスーッ!!
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