第110話 日本の家族からの伝言

 一週間ぶりの帰宅である。


「勇者村よ! 俺は帰ってきた! 今すぐ行くぞ、マドカ、カトリナーッ!!」


「ショートさん、毎日連絡取ってましたよね」


「直接会うのはまた別なのでしょうね」


 二人が微笑ましげに、俺を見ている。

 そう。

 そうなのだ。


 直接会って、この手にマドカを抱っこできるのは特別なのである。

 ちっちゃくて軽いマドカは今しかいないからな。


 あの子はとてもたくさん、おっぱいを飲む。

 あっという間に育つぞ。


 俺たち三人を乗せた板が勇者村に降り立つと、近くにいた村人たちが寄ってきた。


「よう、お帰り! マドカの目が開いたぞ!」


「なにいっ!!」


 ブルストから突然、核心的情報を聞いてしまった。

 そういうのは、もっとこう……ドラマチックに知らされるものじゃないのか……!


 あ、いや、よく考えたらブルストもおじいちゃんなので、当事者だもんな。


「あー、あたしも子ども欲しいなあ……」


「よしパメラ、本格的に頑張るか! 種族の差があってできにくいらしいから、東方にあるというできやすくなる薬をだな」


 怪しい話になってきたな!

 若いおじいちゃんたるブルストも、まだアラサー寸前の年齢だ。

 精力は有り余っているのである。


 ミノタウロス娘のパメラなんかまだ二十代だしな……。

 若々しいおじいちゃんおばあちゃんを後に、家に向かう俺。


「ショート!」


「カトリナ!」


 感動の再会である。

 マドカを抱っこ紐でくくりつけたカトリナが、とてとてと走ってくる。


 俺も自ら駆け寄り、彼女をマドカごと、お姫様抱っこした。


「きゃっ! うふふ、おかえりなさい」


「ただいま!」


 ちゅっとかするのだ。

 すると、じーっと俺を見上げている目がある。

 マドカだ。


 ぷくぷくしたマドカの目が、カッと見開かれて、俺を凝視している。


「マドカ、お父さんだぞ。やっと外の世界が眩しいのに慣れたか」


 すると、マドカはパカッと口を開いて、パクパクさせた。

 そしてすぐに口を閉じる。


「お、ムスッとしてないな」


「見えるものが全部珍しいみたい。一日中、あちこちを見回してるんだよ」


「ほうほう」


 視覚情報を得ることに夢中で、おっぱいしか飲めない不満は一時的に解消されているか。


「ビンちゃんにトリマルにアリクイに、リタとピアもいつも遊びに来るから、退屈しないみたい」


「なるほど、村のちびっこ軍団が!」


 アリクイ、すっかりレギュラーか。

 どうも村に居着いてしまったらしいな。


 とりあえず、マドカを受け取ると、久々に抱っこした。

 おおー、あったかいあったかい。

 そしてちっちゃい。


「マドカは可愛いなー! んー、ちゅっちゅっ」


 マドカのぷくぷくしたほっぺやおでこにキスしたら、「ウーアー」顔をしかめられた。

 なんだ、お父さんのキスがいやか!

 いやだろうなあ……俺がマドカだったらいやだな。


「だがやらずにはおれぬ……。これも父親の業よ」


 俺は世の無常を感じるのだった。

 ちゅっちゅってするのは今後やめないからな……。


『お取り込み中失礼します』


「むっ、その声はユイーツ神……の使い」


 カトリナの前だったので、返答をぼやかせた。

 俺の横に、ユイーツ神が浮かんでいる。


「どうしたんだ」


『色々どうにか頑張ったのですが、ご家族からの手紙はこちらに運べませんでした。私の力では限界があるようです』


「なるほど……。じゃあなんで俺のメールは届いたんだろう?」


『ショートさんの魔法が、何らかの力で世界の壁を突破したようです』


「ふむふむ……。ユーガッタメールにそんな力が。俺も元の世界に戻りたいなーと思ったが、魔王退治でそれどころじゃなかったからな。ユーガッタメールは片手間で作った魔法だが、ちょっと詳しく解析してみるか。ユイーツ神の使い、今暇?」


『基本的に暇はありませんが』


「だよなあ」


 ユイーツ神教最高神が暇なわけがない。

 彼に用事を頼む時、俺が交代でユイーツ神の仕事をするくらいである。


「よし、じゃあ俺とお前のリソース分けて、ユイーツ神代理作るか。行くぞ……ふんっ」


『はあっ!』


 俺とユイーツ神が、魔力のカタマリみたいなのを発する。

 それが混ざりあって、ぼやーっとした人型のものになった。

 魔法とも言えないような魔力の放出だが、これに意思をもたせて、短時間なら神様の代わりをやらせられる。


 この技は、マドレノースが自分の分身みたいなのを作って世界中に派遣していたことがあり、あれを見て思いついたのだ。

 マドレノースにできることなら、俺にだって再現できたりするものだ。


「よし、神様もどきよ。ちょっとユイーツ神の代わりをやって来てくれ」


 カタマリは、こくりと頷き、ユイーツ神が顔を出している空間の裂け目から、天界に行ってしまった。


『便利ですね。あれ、たまにやりません?』


「あ、そっか。ユイーツ神ってもともと持ち回りだもんな。一人でやってると息が詰まるよなあ」


『そうなんですよ』


 ピカピカ輝くユイーツ神が、ひょいっとこっちにやって来た。


『伝言のニュアンスを伝えますね。ショートさんとカトリナさんのお子さん、マドカさんを、祖父母になった私たちと叔母になった私も抱っこしたいです、だそうです』


「これ以上無いくらい分かりやすい……!」


「分かるなあ……。お父さんも、マドカを抱っこしてニヤニヤしてるもん」


 あのブルストがニヤニヤと!!

 それは見てみたいな。

 だが、今はそれよりも大事なことをせねばならん。


 マドカが、じーっとユイーツ神を見ている。

 凝視しているな。

 やっぱり、神様は珍しいよなあ。


『よろしくおねがいしますよ、将来のユイーツ神』


「やめろ、うちの娘に呪いをかけるな」


『呪いなんて人聞きの悪い』


「お前が言うと洒落にならないんだよ」


『洒落じゃないですから』


「なおさら悪い!」


 そんなやり取りをしつつ、世界間通信魔法となってしまった、ユーガッタメールの分析を始めるのだった。



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