第109話 短粒種は遠い彼方

 短粒種の米を求めて、ホホエミ王国東部へと飛ぶ。

 東部というか、北東かな?


 大陸の形が、そこから半円形になっている。

 自然と東部は、北に向かう形になるわけだ。


 ここまで来ると、暑さもそれほどではない。


「ちょっと飛ぶだけで、一日がかりですねえ。でも、魔王と戦っていた時は何週間も掛けましたね」


「そうだなあ。懐かしい……。二度と戻りたくないが、懐かしいな」


 ブレインと積もる話をしていると、フォスがキラキラと目を輝かせる。


「こんな間近で、魔王大戦の英雄お二人の話を聞けるなんて……」


 いつもは魔王大戦の英雄二人と川の字になって寝てるじゃないか。

 そして魔王大戦の英雄のお姉さんに迫られて陥落寸前だろう。


「でもショートさん。行きは早かったのに、どうして東部に行くだけで一日かかるんですか?」


「それはな、フォス。ホホエミ王国は、小さな村があちこちにあるんだ。どこに商人がいるか分からないだろう。ざっと見回しながら、商人の姿を探してるんだ」


「商人? ホホエミ王国ではお米は育ててるんじゃないんですか?」


「ホホエミ王国の米は主に長粒種だ。短粒種は、さらに北東にあるセントラル帝国で育てられてるな。ああ、セントラル帝国も広いから、あそこの南部だとまだ長粒種だった気がする……。あの国も歩き回ったな……」


「へえ……奥深いんですね……すごい……!」


 フォスが目を丸くしている。

 なんという、反応がいちいちかわいい男であろうか。

 ハナメデルとは別の意味で好きなタイプだな。


「ショートは素直な男の子が好きですからね」


「おい人聞きが悪いぞブレイン」


「あの、それで、どうして商人が来ていたら短いお米があるかも知れないんですか?」


「うむ。そいつらが米商人であった場合、長粒種の村に長粒種を取りに来ないだろ。短粒種を売りに来ていると考えるのが正しい……。あ、ホホエミ王国では短粒種の米食わないんだっけ?」


「そうですね。麦やとうもろこしを食べている場合も多いですね」


「なんだって」


 ブレインの無慈悲な指摘に、俺はショックを受けた。

 それでは、ホホエミ王国の上を飛び回っていても、短粒種の米は手に入らない……かも知れないではないか。


「待て、あそこに商人がいる! あの馬車の形式はセントラル帝国。降りて尋ねてみようじゃないか……」


「そうですね。もう夕方ですし、この村で一泊しましょう」


 ブレインはニコニコ微笑みながら、しかし希望のある返答をしてくれない。

 勇者パーティの知識の守護者である彼は、徹底したリアリストでもあるのだ!


「あの、質問いいですか」


「はいフォスくん」


「どうも……! ええとですね、なんで東方にある国なのに、セントラル帝国って言うんですか?」


「あいつら、自分が世界の中心だと思ってるんだよ。だからセントラル帝国な。ちなみにしょっちゅう内乱が起こって滅んで、新しい帝国が勃興するそうだ。この何年かは魔王大戦で安定して、今のセントラル帝国のままらしいけどな」


「ひええ」


「まあ、セントラル帝国人はタフだから、第何次帝国が滅亡しても、すぐに野心があるやつが立って新しいセントラル帝国を立てるんだ。民衆は色々迷惑してるみたいだけど、それでも慣れたもんだよな。たくましいぞ」


「そんなところがあるんですね……。ハジメーノ王国は、あんな政治してたのにずーっと安定してましたから、想像もできないです」


「ありゃあ、ザマァサレ一世がここ最近でトップクラスの愚王なんだ。よーし、降りるぞー」


 俺たちが降りていくと、村人がわあわあと騒ぐ。

 セントラル帝国の人も出てきて、「アレマー」と叫んだ。

 カラフルな丸い帽子に、口ひげを生やしたぽっちゃりしたおじさんだ。


「短いお米はありますか!!」


 降り立った俺が、大音声だいおんじょうで問いかける。

 漢服っぽい姿のセントラル帝国商人は、それを聞いてすぐさま理解したようだ。


「あなたお米欲しいか!」


「お米欲しい!」


「残念……お米持ってきてないよ」


「ああー」


 俺も商人も、悲しい顔をした。


「なんで……どうして……」


「ホホエミ王国では短いお米売れないね……。この国の人、お米がネバネバしていると気持ち悪いしお腹壊しそうだから食べないよ」


「あー、サラサラっとした米に慣れてるし、作る時にネバネバを洗い流すもんなあ」


 俺と商人で、完全にわかり合ってしまい、うんうんと頷いた。


「わたしが食べるぶんのお米は持ってきてるね。あなた、一緒に食べるか?」


「食べる!!」


 なんという嬉しい申し出であろうか!!

 異世界ワールディアにて、まさか短い米を食えるようになるなんて、思ってもみなかった。

 魔王大戦の間は、セントラル帝国の土地は荒らされ、米を育てるどころではなかった。


 荒れ地でも育ちやすい芋ばかり育てて、みんなで食っていたのだ。

 俺はすっかり、この世界には米は無いのだとばかり思ってしまっていた。


 米があるらしいと聞いたのは、クロロックからである。

 セントラル王国で短粒種を求めると、一週間どころか一ヶ月がかりになってしまうな。

 ここは涙を飲んで諦めるか……。


 この場で、商人さんとともに米を食うだけで満足しておこう。


「お粥にするか?」


「せっかくの米なのでふっくらしたまま食いたい……!」


「分かったよ! あなた、かなりお米好きねー!」


「ああ、米が好きだ!」


「あなたがお米買ってくれるなら、わたし、お米を売りに行ってもいいね」


「なにっ」


「求める人があるところ、商品を届けるのが商人の役割よ……!! わたし、こんなにお米好きな人、ホホエミ王国にいると思わなかったね……!!」


「商人!!」


「わたし、ハオティエン言いますね」


「ハオさんか。俺はショートだ」


 がっちりと握手を交わし合う、俺とハオさん。

 だが、流石にハジメーノ王国は遠いということで、ここはコルセンターを使って俺と彼とで専属契約みたいなことをすることになった。


「でも、わたしが国に戻るのはしばらく先ねー。お米が手に入ったら連絡するよ」


「頼むぞハオさん!!」


「任せてよショートさん!」


 ということで、その後、俺とハオさんの二人で、保存食を戻して作った麻婆豆腐もどきを食った。

 米が進むこと進むこと。

 米は美味いなあ……!!


「絶対に、絶対に米を手に入れてみせるぞ……!! だが、今はうちの娘と嫁に会うために帰らねばならん……」


 個人的な食の探求よりも、今は家族!!

 長粒種の米も手に入れたことだし、帰還することになるのであった。



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