第108話 ホホエミ王国の夜

 あちこちの村を巡って種籾を集めていると、あっという間に夜になってしまった。

 七日くらいは掛けるつもりだったので、これはこれで一向に構わない。


「キャンプする? 現地で宿を取る?」


「キャンプ……!?」


 フォスが目をきらきらさせた。

 期待感に満ちている。

 だが、これをブレインが無情に打ち砕く。


「ホホエミ王国近辺でキャンプはやめましょう。気候的に、虫が多いですから。それに、せっかく町や村があって人間の生活圏が確保されているなら、これを利用する方が安全でしょう。私たちは米の買い付けに来たのであって、冒険に来たのではないのですからね」


「正しい」


「はい……」


 俺はうなずき、フォスがしゅんとなった。


「フォス、今回はキャンプがメインじゃないってだけだ。気を落とすな。キャンプは今度、一緒に勇者村の奥地でやろうな! 野宿やら自然の生態系に詳しいっぽいクロロックもいるからな」


「は、はい!」


 元気になったな。

 かわいいやつめ。


 かくして、男三人で宿を取った。

 ホホエミ王国のこの季節は、どの建物も風通しがいい。


 緩めだけど、春夏秋冬のある地方なのだ。

 どんな建物も、夏を基本として作られている。

 ちょっと涼しい季節になったら、目張りして暖かくするらしい。


 とは言っても、冬になっても日本の秋くらいの気温だけどな!

 その代わり、夏場は四十度を超えるぞ。

 今も、昼間はなかなかヤバい暑さだ。


 風通しのいい部屋に通された。

 テーブルや椅子があるが、どれもこれも草を編んで作られている。

 米を並べてチェックしようとしたが、これでは編み目に米が挟まってしまう。


 板を載せて、その上に米を並べることにした。


「どうだ、ブレイン」


「いいですね。状態がいいです。苗にしていくなら、クロロックさんも詳しいでしょうね。私と彼とで、苗作りに専念するべきでしょう」


「ほうほう……」


「ショートもやるんですよ」


「やっぱり俺もか!」


 そりゃあそうだった。

 肥溜め、畑作り、開拓と常に最前線で戦ってきたもんなあ。

 今回も苗作りという戦いに挑むわけだな。


 いいだろう、来い。

 俺は逃げも隠れもしない……!


 その後、三人で宿の食堂で飯を食った。

 魚介系のスープに肉団子が入ったやつである。

 ここに、なんと米で作られた麺が入っている。


「こ、これは……!」


「もちもちしてて美味しいです!」


「ビーフンというやつか……!?」


 俺たち三人に電撃走る……!!

 食事を平らげた後、コックに頼んでビーフンを見せてもらい、調理方法を聞いた。

 米で麺を作るって選択肢があったんだな!


「新たなレパートリーを覚えてショートの料理の腕が上がっていきますね」


「ああ。モツ鍋しか作れなかった男が大変な進歩だぜ。スローライフは、俺を昔のままでいさせてはくれないのだ」


 飯を食って、ライチっぽいフルーツを食って、満足したところで……。


 連絡せねばならない。

 俺は毎度お馴染み、コルセンターを起動した。


「あら! そろそろショートから連絡が来ると思ってたんだ!」


 パッとカトリナの顔が映し出される。

 おお、癒やされるー。


「そっちはどう? お米は手に入った?」


「ああ、結構手に入れた。料理方法もいろいろ教えてもらったぞ。そっちはどう? 何も変わりはないか?」


「ショートたちが出てってまだ一日だよ? 何もないよー」


「そうだよなあ。……では、マドカはどうだ」


「今日もたっくさんおっぱい飲んで寝てたよー。ほら、マドカ。お父さんだよー」


 おお、ちょうどマドカを抱っこしていたらしい。

 我が娘の、ムスーッとした顔がアップになる。

 うほー、宇宙一かわいい。


「ショートがとても緩んだ顔をしていますねえ。環境は人を変えるんですねえ」


「ショートさんって、いつも優しい印象があるんですけど、もともとは厳しい人だったんですか?」


「ええ、それはそうです。ワールディアを襲っていた魔王、マドレノースは絶対に油断ならぬ相手でしたからね。彼は常に張り詰めていましたよ。だからこそ、驚くべき速度で強くなり、そしてあの恐ろしい魔王を打ち倒すことができたのでしょう」


「そうなんですか……! 僕はその時、まだ成人していなかったんで、戦うことも許されなかったんです。伝聞ですけど、勇者一行は本当に、神のような強さだったと……」


 外で二人がこそこそ話をしているな。

 確かに、目の前で夫婦と娘の団らんを繰り広げられても、対応に困るだろう。

 今日はこの辺にしておこう……。


「名残惜しいが、今夜はこの辺で……」


 俺が言うと、マドカがほわほわと欠伸をした。

 かわいい……。


「あら、マドカったらまたおねむなのね。じゃあね、ショート、がんばって! 応援してる!」


 元気が百倍とか一万倍になりそうな言葉を受けて、俺の中にみるみるやる気が漲るのだった。

 うおおおおおやるぞおおおおお!!


「じゃあ、我々もやることが終わったら寝ましょうか。夜の灯りもただではありませんし」


「あ、うん」


 そういうことになった。

 このやる気は封じ込めて、寝るのである……!!


 翌朝。

 ホホエミ王国の西部、東部で、微妙に育ててる米のタイプが違うという話を耳にした。

 それら全部を集めることにするのだ。


 七日間の予定を組んでいて良かった。

 ホホエミ王国は海沿いに、東西に長く伸びている。

 移動しながら米をチェックしていくとなると、なかなか手間がかかるのである。


「ショートさん! ブレインさん! 東部の方では、短くて粘りのあるお米も少し入ってきてるそうです!」


「なん……だと……!?」


 これは一大事である。

 長粒種と同時に、短粒種も育てられるようになるのか!?


 期待を胸に、俺はホホエミ王国の空に飛び立つのだった。


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