第105話 ヒロイナの攻勢と、買い付けへの旅立ち
米……すなわち、稲の買い付けのために、一週間ほど勇者村を空ける予定である。
その間の雑務全般は、気心の知れたパワースに頼むことになっている。
ということで、二人で今後の予定を話しつつ、トコトコと教会の裏手を歩いていた。
何やらガサガサ音がして、くぐもったうめき声が聞こえる。
「なんだ?」
「なんだなんだ」
パワースと二人で覗いてみる。
そこには──!
ヒロイナにブチューっとされているフォスがいて、目を白黒させているではないか!
「ウワーッ」
俺とパワースは飛び上がって驚いた。
ちょっとずつフォスを攻略していたかと思ったら、強硬策に出たか!
「チッ、邪魔が入ったわね」
ヒロイナ、興が削がれたのかフォスを開放した。
へなへなと崩れ落ちるフォス。
「ヒロイナ、手加減してやれよ。相手は純情な坊やだぞ」
「あんたとは真逆のタイプだもんね。ちょっと周りがくっついてるのばっかりで、あたしも焦りが生まれたのよ……」
パワースに向かって肩をすくめるヒロイナ。
気持ちは分かる。やっと手に入れかけているご褒美だもんな。
それより、パワースと普通に会話してるな。
「仲直りしたのか?」
「狭い村でずっと毛嫌いしてるんじゃ、日常に差し障りあるでしょ。そこはお互いおとなになって歩み寄るもんよ」
「だな。ま、パーティにいた頃みたいなもんだ」
「ドライだなあ」
「一番ドライに魔族殺戮マシーンになってた奴が何言ってんのよ」
「そうだそうだ! 一番変わったのはお前だぞ、ショート」
三人でわっはっは、と笑い合う。
うーん、懐かしい。
魔王を討伐して、もう一年以上過ぎたのか。
「とにかく、フォスは俺の弟子でもあるんだ」
パワースが、フォスの手を引いて立たせてやる。
まだ目を回している彼と肩を組んだ。
「お手柔らかに、な」
「はいはい。じゃあね、フォスくん。続きは帰ってきたらしてあげる」
「は、はいっ!?」
去っていくヒロイナ。
いちいち嵐を呼ぶ女である。
これはフォスには刺激的すぎるイベントになってしまったな!
元々、彼を連れてきたのはヒロイナの彼氏候補としてでもあるのだが。
ブラックな環境で働いていたフォスにとっても、勇者村への勧誘は、救いの手であったようだ。
「ショートさん、パワースさん、僕は大変なことをしてしまいました……!」
「大変なことをされたんだろ」
「もっと大変なことをされるが、村公認だぞ。胸を張ってやれ」
俺とパワースから、よく分からないフォローをされて、とにかくあれはあれで全然オーケーだと理解したようだ。
フォスは何やら決意に満ちた表情で頷いた。
「せ、責任は取ります」
「面白い男だなあ……」
パワースがしみじみ呟いた。
生真面目なフォスは、おもちゃにされやすくはあるよな。
幸い、勇者村は根っこが善人なやつしかいない。悪いことにはならない。
後はヒロイナをいかにセーブするかだな。
奴め、内心はかなり焦ってるぞ。
「よし、その辺りは旅先で俺が教えてやろう」
俺はフォスに向かって約束した。
「とは言っても、俺が知ってる異性はカトリナ一人だけどな……」
「僕は知りません……」
「俺はたくさん知ってる……が、そこまで深い関係にはならないように調整してるな」
パワースは歴戦の勇士である。
だが、色々失敗して、地位と名誉を失ったら全ての女性が離れていってしまったらしい。
今は完全に懲りて、そっち方面はやらなくなったようだな。
「真面目な方はショートに聞け。俺はダメな例な。こいつはそのたった一人をしっかり射止めたやつだからよ」
「はい!」
フォスがキラキラした尊敬の目で俺を見てくる。
そもそも、君は新婚旅行の帰りにスカウトしたわけだもんな!
「よし、フォス、黙って俺についてこい!」
「はい!」
「ってことで、買い付けに行くぞ。ブレインも準備終わってるそうだ」
俺たちは三人で図書館にやって来た。
旅の荷物は、着替えくらいしかない。
「やあ、待っていましたよ。すぐに旅立ちましょう」
ブレインがにこやかに笑いながら、何やら板のようなものにまたがっている。
背もたれとベルトがついてるな。
「それはなんだブレイン」
「私とフォスが乗る板です。これをショートが運べば、三人で同時に空を移動できるでしょう」
「なるほど。でも、二人をアイテムボクースに入れればいいのでは?」
「風情が無いでしょう。私もたまには、空の旅をしてみたいんです。ちなみにこのベルトで、落ちないように私とフォスを固定します」
「なるほどー」
気持ちは大変良くわかる。
板を浮かせながら、重心の位置を考えていると、見送りにみんなやって来た。
「お米たのしみです!!」
ちびっこ侍祭のピアが鼻息も荒く、お米を期待してくる。
「買ってくるのは苗だけどな。美味い米を作ろうな!」
「はい!」
食い意地が張っているのはいいことだ。
そして、カトリナがマドカを抱っこして手を振る。
「早く帰ってきてねー。ほら、マドカも、お父さんがいないと寂しいって。ねえマドカ?」
「ウー」
マドカがムスッとした顔のまま唸ってるぞ。
ほんとにぶれないな、うちの娘は。
「ちょーとー!」
ビンがフックに肩車されながら、両手をぶんぶん振っている。
「おう、ちょっと行ってくるぞ、ビン!」
かくして、板がフワリと浮かび上がる。
前にブレイン、後ろにフォス。
ちょうどいいところを俺が持って飛ぶのだ。
目指すは東の米どころ。
でも、話を聞くに、東アジアというよりは、東南アジアみたいなところみたいだな。
離島でもないらしいし。
まあいいか。
お米を育てるための、大いなる一歩。
今、俺は踏み出したのだ。
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