第103話 食らえ、今必殺のパエリヤ
勇者村に帰還した俺とフォス。
さあ、早速今夜の夕食はパエリヤで行こうじゃないか。
「パエリヤ?」
カトリナが首を傾げた。抱っこされたマドカは、相変わらず目をつぶったままで微動だにしない。
そうだろうそうだろう。
お米を食べる文化圏にいなかった子だ。
そもそもこの辺り、主食という概念も曖昧で、とりあえず食べられるものがあればいい、くらいに食生活は貧しいものだった。
魔王が倒されて、流通が回復して、それでようやく何を食べようか、という次元まで戻ってきたところなのである。
「魚介類と米で作る料理なんだ。幸い、この辺りには味付けに使えるハーブも多いからな」
「へえー。コメって食べたこと無いんだよね。どんな味なんだろう。楽しみ!」
カトリナが見せる微笑みに、俺のやる気が増す。
未知の食材を口にすることは、一つの冒険だ。
そういう食の冒険を厭わず、楽しみと言ってくれるのは大変うれしいではないか。
ちなみに、食の冒険が嫌いなやつもいる。
「えー。コメぇ……? あんなのメインで食べるものじゃないでしょ。味しないし」
ヒロイナが嫌そうな顔をしている!
「後で吠え面かかせてやるぜヒロイナァ」
「何やる気になってんのよ!? そこまであんたコメに思い入れあんの!?」
必ずやこの女に美味いと言わせねばならん。
魔法などには頼らない。
この俺の、パエリヤで彼女の舌を分からせてやるのだ!
あっ、脱穀は魔法を開発して行いました。
「ウワーッ、凄い! お米を包む殻がどんどん削り落とされていきます! これは凄い魔法ですよショートさん!!」
「いちいちやるのは時間が掛かるからね……!! 今だけ作業は省略!!」
ということで。
大きな鍋に敷き詰めた米を、水に浸して魚介の干物を放り込んでハーブを放り込む……。
こんなんで良かったんだっけ?
魔法で随時、お米の状態をチェックしよう……。
俺の、見よう見まねパエリヤ料理がスタートした。
基本的に鍋の前でじーっと見ているだけである。
他の料理が得意なメンバーに任せればいいのだが、そもそもパエリヤという料理がこの世界には存在しないらしい。
「あー、俺たちの村はギリギリ米を食わないところでしたね」
「うん。コーリャンを食べてたよね。渋み抜きが大変だったけど」
違う穀物の文化圏だった!
後でブレインに聞いたのだが、コーリャンは稲の仲間で、こういう熱帯でよく育つ乾燥に強い作物らしい。
それもうちに導入するか……? いや、そこまでの余裕はないな。
「うままー!」
蓋をされた鍋から、美味しそうな匂いが漂ってきて、ビンが興奮して腕を振り回した。
「そうだぞ、美味いぞ……。多分」
俺はモツ鍋以外のレパートリーが無い。
故に、料理の出来に自信は無いのだ。
フックとミーが仕事に戻ったが、ビンはその場に残った。
じーっと鍋を見上げている。
「味見するか?」
「うま!」
「よしよし。ふーふーしてやるからな」
ちょうどよくふやけたところを、匙ですくって食べさせてやる。
もちろん、しっかりふーふーやって、冷ましてからだ。
ビンはもぐもぐこれを食うと、ニコニコしながら頷いた。
「美味いか!! 干物から旨味が出るからな……! あと、もしかして煮込みすぎている? お米がお粥になっている……?」
ここでやりすぎに気付いた。
パエリヤは、米の芯がちょっと残るくらいがいいらしい。
硬い米を恐れるあまり、俺はきっちりと煮込みすぎたのである。
かくして、村の人数分の、パエリヤっぽいお粥が完成した。
「美味いな!」
「美味しいー!」
ブルストとカトリナには好評である。
魚介の干物の旨味が溶け込んだ汁と、それをたっぷり吸った米。
ハーブを使って、香り付けもしてある。
後は塩だ。
まとめてぶちこんで煮込み追いハーブをするだけという単純明快な料理である。
「これがパエリヤなんだなあ。美味いなあ」
「そうだねー! 美味しい。ビンも美味しい?」
「んー!」
フックとミーとビンにも好評だが……すまんな。これはパエリヤではないのだ……!
俺の技量では再現できなかった。
「くっ、悔しいけど、美味いじゃないこのお粥。麦粥よりも柔らかくなるのね。これなら食べやすいし、病人食にも良さそうね」
ヒロイナにも認められた。
他の仲間たちも、魚介出汁たっぷりのお粥は好評である。
干物もバカみたいに使ったので、それが湯で戻ったものがゴロゴロ入っている。
満足度も高いようである。
「ふむ」
クロロックは皿に手を付けず、じっと見つめていた。
「どうしたんだクロロック。まさか、俺の料理に何か不具合が……?」
「ええ。大変な問題があります」
「なん……だと……」
「熱いのです。冷ましてから飲みます」
「そうかー」
そういえばカエルだったな。
マドカは、薄目を開けてじーっと米を見ていた。
お前がこれを食えるようになるまでは、あと半年以上あるよなあ。
しかし、おしめを替えて欲しい時とお腹がへった時以外、全く泣かない赤ちゃんだ。
ずっとムスッとしている。
生まれて間もないから、仕方ないか。
そのムスッとしたところも可愛いが。
「食べ終わった器はこっちで洗っちゃうね。ショート、マドカを抱っこしてて」
「へいへい」
我が娘を受け取る。
うーむ!
ちっちゃくて軽い。
膝の上に載せてても、マドカは微動だにしない。
ただただ、じんわりホカホカと温かい。
こいつは大物の風格だ。
「あかちゃ!」
「そうだなー、赤ちゃんだなー」
ビンがまた、マドカに触りたそうにしているが、触れるのはもうちょっと先が良かろう。
赤ちゃんはすぐにでかくなるからな。
かくして、勇者村、お米初体験が終わる。
概ね好評のようであった。
傍らで、冷めた粥をザバーっと一気に喉へ流し込むクロロックを見ながら、俺は考えた。
これは、米を本格導入してもいいだろう。
だが同時に、米を食事のレパートリーに組み込む工夫も必要そうだ。
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