スローライフ二年目

第101話 君の名は えーと何にしよう

「ほぎゃー」


 おっ、うちの子のお腹が減ったようだ。

 元気な泣き声が響く。

 カトリナがうちの子に、おっぱいをあげ始めた。


「カトリナの母乳の出はどうなんだい」


「んー。多分いっぱい出る方だと思う? でも、この子って出るだけ飲んじゃう」


「俺とカトリナに似て食い意地が張っているのだ」


「あはは、そうだねー!」


 ぐびぐび飲んでいるな。

 うーむ、そう言えば産まれて二日目だが、まだうちの子の名前が思いつかない。

 どうしたもんか。


「あかちゃ!」


「ホロロー」


 おっ!

 村の年少組がやってきた。

 兄貴分のトリマルと、絶賛すくすく成長中のビンだ。


「なんだなんだお前たち、この間まで赤ちゃんだったくせにー」


「ちょーと! あかちゃ!」


「ホロホロ」


「はいはい」


 ビンとトリマルを抱っこして、うちの子と同じ目線に合わせてやる。

 すると、ビンがもちもちした腕を伸ばして、ぷりぷりと振り回した。


「まだ赤ちゃんちっちゃいからな。触れないぞ」


「だうー?」


「そうだぞ」


「ホロホロ」


「うー」


 俺とトリマルの説得を受けて、納得するビン。

 物分りのいい一歳児である。


 下にビンとトリマルを下ろすと、一人と一羽はキャッキャと走り回った。


「もがー」


「新しい来客が……! お前は、あの時のコアリクイ!」


 コアリクイも家の中に入ってきて、一人と一羽と一匹がキャッキャと動き回る。

 大変元気である。


 うちの子はこれを見て、ぷすーっと鼻息を吹いた。

 生後二日目にして、大物の風格を漂わせている。


「……しかし、いつまでもうちの子だと良くないよな。名前……名前……。カトリナ、何かアイデアない?」


「あー、私、名前つけるの苦手なんだよね。そのー、あんまり知識とかないから、言葉がすぐに出てこないっていうか……」


「なるほどなあ。だが俺のネーミングセンスは分かるだろう」


「うん。ショートのはかっこいいけど、可愛い名前にはできないよねえ」


 そこなのだ。

 大変悩ましい。

 俺とカトリナが向かい合い、難しい顔で唸っていた時である。


『ちょっといいですか、ショートさん』


 おっと、ユイーツ神からのコルセンター経由の連絡だ。


「どうしたんだユイーツ神。俺は大変忙しいのだが……」


 娘の名前を考えるので忙しいのだ。

 ミルクをたっぷり飲んで満腹なうちの子は、けぷっとげっぷをした後で、すぐにぐうぐう寝てしまった。

 大物である。


『ああ、ではまた後にしましょう。ご家族と連絡が取れたのですが、お暇になったら詳細を伝えますよ』


「おいちょっと待て今なんて言った」


 俺はコルセンターに腕を突っ込み、ユイーツ神を掴まえる。


『はあ。ショートさんの、向こうの世界にいるご家族と繋がりまして。ショートさんがユーガッタメールという世界移動メッセージ魔法をちょこちょこ使っておられたでしょう。これで世界と世界を隔てる壁に穴が空いているんですよ。そこから、接触できました』


「なんてことだ」


「ショート、お知り合いの人? どうもー。うちの人がいつもお世話になっております……って、あ、あなたはあの時の助産師さん!」


『どうもどうも、お久しぶりです』


「あばうばー!」


 カトリナに続いて、ビンも元気に挨拶した。

 そうだぞ、お前を取り上げた助産師さんであり、この世界最大の宗教の神様だ。


「ショート、どうしたの?」


「異世界にいる俺の家族と連絡が取れたそうだ」


「まあ!」


 パッとカトリナの表情が明るくなった。


「それじゃあ、この子のおじいちゃんとおばあちゃんになるんだね」


「ブルストと合わせてダブルおじいちゃんだな。もっとも、うちの両親はもう還暦近いがな」


 還暦と言う言葉を口にして、俺の脳裏に電撃が走った。

 還暦。

 そして繋がる世界。


 あっちことこっちで、まるで環のように繋がっているのである。


「よし!! 円……まどか! この子の名前は、マドカにしよう!」


「マドカ!? うん、いいと思う! いい名前じゃない? どういう意味なの?」


「円、つまり丸って意味。線の端と端が繋がると丸になるだろ。この世界と、向こうの世界が繋がってて、あっちから来た俺とこっちの世界のカトリナが出会ってこの子が生まれたから、マドカだ」


「いいねえ……!!」


『いい名前ですね。そして彼女が纏う溢れんばかりの神気。生まれながらにして神となる運命を背負っているような子ですね』


「やめろユイーツ神、やばい運命みたいなのを背負わせるな……!!」


「まおか!」


「ホロホロ!」


「もがー」


 足元で、ビンとトリマルとコアリクイがバンザイした。

 ハッとする俺。


 今、俺の家の中に、神の子みたいなのが三人揃ってないか?

 そしてユイーツ神も顔を出している。

 間違いなく、今、世界の中心はこの部屋であった。


 こんな状況下で、すやすやと眠るマドカ。

 堂々たるものだ。


「マドカ、大変だねえ。みんなあなたに期待してるみたいだし、あっちのおじいちゃんとおばあちゃんも、マドカに会いたいって。これから色々大変だねえ」


 カトリナは、実に嬉しそうに我が娘の顎をこちょこちょしている。

 全く目覚めないマドカ。

 泰然自若としたものである。


「くそう……。娘に降りかかるすげえ運命みたいなのは、お父さんが振り払ってやるからな……!!」


 魔王を倒し、スローライフ生活に入り、開拓も終え、戦後のゴタゴタも次々に解決し、ようやく幸せに家族と生活できるかと思われたが……。

 まだまだ俺の戦いは続きそうなのである……!!


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