第100話 こんにちは赤ちゃん、Goodmorning World
カトリナが産気づいたので、勇者村は騒ぎになった。
というか、村ではみんなで朝食を摂るので、村人全員が赤ちゃんが産まれそうという事態を把握したのである。
まず、俺とブルストとパワースで家の中のものを高速で外に押し出した。
ヒロイナがテキパキと指示をして、ちびっこ侍祭たちにお湯を用意させる。
湯冷ましが常備されているのは、カトリナの日頃の働きのお陰なのだ。
布もたくさんある。
準備万端。
「まだ大丈夫だよう」
「今にも産まれそうな人が大丈夫って言わないわよ! あんた一人の体じゃないんだからだめ! こっち来る!」
ヒロイナに引っ張られて、カトリナが行ってしまった。
寝室である。
そこで産むのだな。
俺はスタスタと寝室に入っていった。
ヒロイナが俺を見て、ポカーンとする。
「あんたねえ……。なんで旦那が入ってきてるのよ!?」
「手伝うぞ」
俺は腕まくりして力こぶを作ってみせた。
「あのねえ、歴戦の戦士だって、奥さんが赤ちゃん産むところに立ち会うと真っ青になってブルブル震えちゃうんだから」
「大丈夫だ。ちょっとカトリナに無限に体力付与をし続けるだけだから。あと、子どもに頑張らずにサッと出てこいと交渉する」
「はあ……!? 何を言ってるかよく分からないんだけど」
「いいじゃない、ヒロイナ。ショートにいてもらおうよ。ショート、お願いね。あっ、ちょ、ちょっと出てきそうかも」
「カトリナ、あんたねー!? さっさと横になる! 足開いて! リタ! ピア!着替えさせるよ!」
ヒロイナ、ユイーツ神直伝の助産術である。
なかなか凄い。
俺はカトリナとギュッと手をつないだ。
「頑張るね、ショート……!」
あまり余裕がないのか、カトリナの見せる笑顔もちょっとこわばっている。
「大丈夫だ。俺がついてる」
世の中の旦那さんは、こういう時無力である。
何せ、男は子どもを産めないからな。
祈るくらいしかできない。
だが、俺はちょっとお手伝いができる。
まず、つないだ手を伝って体力付与魔法を流し込む。
これで計算上は、24時間くらい戦える。
次に、カトリナの体を通じて、産まれようとしている赤ちゃんにアクセスした。
『赤ちゃんよ……』
『?』
『つるっと産まれてくるのだ』
『──!』
『何? お腹の中が暖かくて気持ちよくて好きだと? いかん、いかんぞ。外に出て育つのだ』
『――!』
「きゃ、お、お腹の中で!」
ぬう、赤ちゃんが反抗している。
さすがは我が子、生まれる前から我が強い。
『いいか赤ちゃんよ。外の世界にはな、美味いものがたくさんある。美味いって何かだと? いいだろう、俺の記憶を一瞬転送してやろう。空きっ腹に美味い飯をかっこむ快感を一瞬だけ味わわせてやる! うりゃあ!』
『!?』
その時、我が子の脳裏に電流走る────!
赤ちゃんはすぐに協力的になった。
お腹の中にいては味わえぬ、至上の快楽こそが、美味い飯を食うことである。
いでよ我が子よ!
「なに!? 急に赤ちゃんが出てきた! ミーの時と比べ物にならないくらいスムーズなんだけど!?」
「あわわわ」
「頭でてきたー」
どうやら順調に進行しているようだな。
俺の手には、カトリナのフルパワーでは?と思われるくらいの圧が掛かっている。
オーガは安産だと聞いていたが、それでも大変なのだ。
「俺がいるからな、カトリナ。大丈夫だ」
俺も彼女の手を握り返す。
カトリナがかすかに頷いた。
「ふっ……んんんんんんん─────っ!!」
彼女がいきむと、赤ちゃんがみるみる姿を現すようである。
行け、ゆけ赤ちゃん!
こっちの世界にようこそ!!
そして、ついに赤ちゃんの全身が外にスポンと出てきた。
へその緒を縛って、チョキンと切る。
「早かった……。物凄い速さで赤ちゃん出てきた……」
ヒロイナが呆然としている。
呆然としながら、赤ちゃんをお湯で綺麗にしているあたり流石である。
取り上げられた赤ちゃんは、顔をむぎゅーっとしかめて、「ほぎゃー!」と泣いた。
あれはあれだな。
うわっ、眩しっ!! って言ってるんだ。
「女の子ね。はい、カトリナ」
「うん」
俺にスタミナを付与されているので、まだまだ元気いっぱいなカトリナが、赤ちゃんを抱いた。
うーむ、ちっちゃい。
だが、これがカトリナのお腹に入っていたのだなあ……。
そして、食い意地に負けて外に出てきた。
間違いなく俺とカトリナの遺伝子を受け継いでいる。
「カトリナ大丈夫? 痛いところとか無いか? あ、お産は痛いか」
「平気!」
元気いっぱいで応じるカトリナ。
髪が汗で濡れていたので、そっと魔法で乾かして汗を拭き取り、ササッとお顔のてかりも取り除いておいた。
赤ちゃんの泣き声を聞きつけたのか、扉が開いてパメラとミーが駆け込んできた。
「カトリナ、産まれたんだね!」
「おめでとうー!!」
どうやら、準備が終わったのを見計らって、ヒロイナが外から呼んだらしい。
我が子は、ほぎゃあほぎゃあと泣いていたが、泣くのに飽きたらしくて静かになっている。
泰然自若としたものだ。
ミーの腕にはビンが抱っこされており、彼がじーっとうちの子を見ている。
「ちょーと、あかちゃ?」
「そうだぞ」
すっかり、言葉を喋るようになったビンである。
赤ちゃんもしっかりと認識している。
「ビンはお兄ちゃんになるんだからな」
「おにーちゃ」
ビンがまじまじと赤ちゃんを見ると、目をぎゅっと閉じたままのうちの子が、ぷす―っと鼻息を吹いた。
なんだかこいつは大物になりそうだなあ。
おお、そうだそうだ。
「カトリナ、ちょっと頼みがあるんだけど、いいかな」
「なあに?」
「一枚パシャっと写真をな。これをメールで送りたい」
「しゃしんって、結婚式の時にしてたみたいなこと? いいよー。ショートが綺麗にしてくれたし」
「ありがとう。じゃあ、うちの子を中心にして……」
三人で並んで、パシャリと一枚。
これをユーガッタメールでどこか遠くに送る。
自己満足ではあるが、長いこと連絡も取ってないしなあ。
届いててくれるとありがたい。
さて、やるべきことは終わった。
ここで、じわじわと俺の中に実感が湧いてくる。
「子どもかー。俺の子どもかー!」
おくるみから出た、うちの子の手をつまんでみる。
小さい。
ぷにぷにしている。
赤ちゃんがしわくちゃに見えたのは、あれは羊水でふやけてるからだな、きっと。
既に、うちの子には、ぷくぷくした赤ちゃんになりそうな片鱗が見えていた。
これから勇者村は、更に賑やかになりそうだ。
※
「えっ!? 子どもできてる!! ショートくん、やることやってるんだねえ……」
「えー、あたしおばあちゃんじゃない。あー、赤ちゃん可愛いわあ。抱っこしたい! 翔人ったらどこにいるのかしらねえ。周りの風景を見ると、日本じゃないみたいだけど」
「俺もおじいちゃんか! くそー、翔人め、早く孫を抱っこさせろ! お、赤ちゃんにも角があるんだな」
「右の額だけ一本だね」
両親ののんきな感想に、私が返答する。
兄が行方不明になってから、もう五年経っている。
警察が動いてくれたけど、消息不明のまま。
だけど、なぜかうちには、節目節目で不思議なメールが届くんだよね。
兄は向こうの世界で、元気に生きている。
それは表情を見れば分かる。
凄く楽しそうだ。
「これ、なんとか返信できないかなあ……」
私は返信ボタンを押してみる。
だけど、それはいつも通り反応がない。
「うーん……! 正直、私もショートくんの子ども、抱っこしたい! 甘やかしたい……! 女子大生にして叔母さんになってしまったのはフクザツだけど、叔母さんならば甘やかしたい!」
私は唸った。
そして、これはなんとしても、兄と連絡を取らねばならない、と決意するのだった。
しかしこれ、どうしたものだろうか。
取れる手段はあらかた取り尽くして、彼とは連絡が取れないことがはっきり分かっている。
人事は尽くした。
とすると、天命を待つ?
天命……神頼みか!
「よし、じゃあここに……神様、ショートくんにこの返信を伝えて下さい……っと」
家族からのメッセージを書き込み、返信ボタンを押して見る。
反応はない。
うーん、やっぱりダメか。
そうだよねえ。
……すると、画面の端に変な光るアバターが出てきた。
『ショートさんのお知り合いですか?』
「うわっ! 家族だけど」
『私はユイーツ神です。世界の裏側に向かって、不思議な魔力が繋がっているのに気付いてここを見つけました。なるほど、ショートさんは世界の裏側からやって来たのですね』
「ああ、あれ? 流行りの異世界ってやつ? ショートくん、マジで異世界行ってるの?」
『世界を救いました』
「マジかー」
私は天を仰いだ。
だけど、問題はそこじゃない。
私たち家族は、兄の子どもを抱っこしたいのだ。
「じゃあ神様、お願いです! このメール、ショートくんに届けて下さい!」
光るアバターは、コクコクと頷く。
『いいでしょう。ショートさんは十分に働いてくれました。今度は世界が、ショートさんに恩を返す時です。返信ボタンを押して下さい』
返信ボタンの色が変わっていた。
青い。
ポチッと押すと、反応あり。
『メールが送信されました』
「行った……!!」
これってどうやら、兄と連絡が取れそうってこと?
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