第99話 帰還の勇者村、そして赤ちゃんの気配

 新婚旅行から帰ってきた俺たち。

 村人にお土産を配って回るのである。


 砂漠のお菓子とか、海産物の干物はとても珍しいのでみんな大喜びだ。


「ふん、新婚旅行が楽しくてようござんしたねえ。あたしは日々ユイーツ神様に祈りながら畑仕事ですよーだ」


 ヒロイナがぶすーっとしている。

 なので、彼女のお土産をアイテムボクースから取り出した。


「ヒロイナくん、お待たせしたな。君へのお土産なのだが……」


「おおっ、ここが勇者村ですか。ああ……豊かな自然と、生活可能なだけ開発された雰囲気……。貨幣経済は無いんでしたっけ? いえ、いえ! 僕はもう、あのブラックな労働から開放されるだけで十分ですから!」


 魔法使いの少年、フォスが興奮で頬を紅潮させ、メガネをクイクイやっている。

 ヒロイナがこれを見て、ハッとした。

 ちらりと俺を見る。


「考えたわねショート。あたしがウェイ系の男のやらかしでこんな目に遭ったりしたので、逆のタイプを用意してきたのね」


「うむ。知的だが、気質はそこそこ陽キャだ。可愛い系男子だが、魔法を使えるのでパートナーを守れる実力もあるというやつだぞ」


「ふふ……ふふふふふ……。このお土産、ありがたくいただこうじゃない。分かってるわねえショート! ふっふっふー! カトリナも新婚旅行楽しかった? そう? 良かったわねえー」


 ヒロイナが上機嫌になったぞ。

 フォス、一体いつまで持つことか。


 道中で俺が聞いてみたところ、フォス少年は女性と付き合ったことは一度も無いらしいぞ。

 こりゃ即陥落するのではないか。


「へえ、君、フォスって言うの? あたしは勇者村の司祭ヒロイナよ」


「ヒロイナ!? 勇者パーティの紅一点、司祭ヒロイナさんですか!? 凄い、本物だ……!!」


「あたしが村を案内してあげるわ。さあ、いらっしゃいフォス」


「あ、はい! 光栄です!」


 ヒロイナに腕を組まれて、連行されていくフォスなのだった。

 まあ、あれはあれで幸せそうだからいいか。


「ヒロイナが久しぶりに嬉しそうだったねえ」


 こちらも嬉しそうなカトリナ。

 なんだかんだ言って、ヒロイナとは仲がいいらしい。

 友人がハッピーになって、うちの嫁さんもハッピーなのだ。


「さて! それじゃあ、お土産を使って御飯作ってみようかな! 旅行中ねえ、ずーっとこれで何か作れるよねって考えてたんだ」


「おお、職人気質!!」


 かつて、男らしい豪快な料理の使い手だったカトリナだが、ミーやパメラからの教えを受けて、今では様々な料理レパートリーを使いこなすようになっている。

 今夜のメニューは、海鮮の干物を戻して使う、シーフード尽くしだ。

 楽しみである。


 かくして夜はシーフード料理のオンパレードとなり、珍しい料理でみんな大盛りあがりし、酒も進み、酒の勢いでフォスは初日でヒロイナの毒牙にかかりそうになった。

 危ないところだった。


「ほう、図書館預かりに?」


「はい。あの賢者ブレインと戦士パワースの手伝いができるなんて光栄です! 今は三人で寝袋で並んで寝てます」


「しまった、図書館の居住スペースがまだ存在しなかった」


 フォスと話をしてたら、まだやっていない作業に気付いたのである。

 最近では、ブルストが用水路の仕上げにかかりきりだ。

 大工の手が回らないので、図書館は居住スペースが無いままである。


 だが、ここに務めるメンバーは特に気にしていないらしく、床に寝袋を敷いて寝ている。

 ブレインとパワースは野宿慣れしているからいいが、フォスが心配だな。


「辛そうならうち来なさいよって、ヒロイナさんが仰ってくださいます!」


「狙われているな」


 ヒロイナの焦りを感じる。

 フォスは逃げないんだし、もっとじっくり攻めてもよかろうに。


 とりあえず、俺もブルストからは木工の技を学んでいる。

 パワースとブレインの手を借りて、三人分のベッドを作ることになった。


「この三人で仕事するの久しぶりだなあ」


「そうですね。普段から仕事の種類が違いますからね」


「俺こそ、お前らと一緒に作業をすることになるとは思ってもいなかったよ……」


 猛烈な勢いでベッドが三つでき、これを収められる程度の最小限の大きさの、居住スペースが完成した。

 掘っ立て小屋である。

 だが、この小屋の本棚に魔本を設置することで、作りが強固になる。


 ずっと居住スペースにいると魔本が文句を言うので、彼らもローテーションさせることにする。

 後々ブルストに補強してもらおう。


 そしてまた月日が過ぎて、とうとう雨季が終わった。

 乾季が来たのだ。


 雲ひとつ無い青空がある。

 強い日差しが降り注ぎ、木々が青々とした葉っぱを茂らせている。


 村のサボテンガーが嬉しそうだ。

 砂漠の生き物なので、乾季のほうが体に合うのだろう。


「さて、いよいよ用水路に水を流すぞ。勇者村の畑作計画は第二フェイズに移行する……!」


「なんだ、第二フェイズって」


 食卓でブルストが不思議そうな顔をした。


「麦を作るまでが第一だったんだ。最初、俺が麦を作ってパンを焼くって言っただろ」


「言ってたなあ! 見事に実現したもんな。んじゃあ、第二は何をするんだ?」


「米だ」


「米……。ショートが言ってた、白い穀物ってやつか。なるほど、そいつは面白そうだな」


 俺もブルストも、やる気は十分。

 もちろん、仲間たちも一緒だ。


 だがその時。

 もりもりと朝飯を食っていたカトリナの動きが、ピタッと止まったのである。


 彼女はじっと自分のお腹を見下ろす。

 もう、いつ生まれてもおかしくない大きさである。

 うちの子はかなり育ったなあ。


「あ、なんか……産まれそう」


「な、なにぃーっ!?」


 俺は叫んだ。

 これは、用水路どころではなくなってしまったぞ!


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