第97話 海辺の温泉にて、海神と一杯やる

 国民一同から見送られながら、砂漠の王国を飛び立つ。

 しばらく飛ぶと、気候が変わってきた。

 海風を感じるようになってきたな。


「ショート、あれ! おっきい湖がある! 何あれ、果てが見えない……!」


「うむ、あれが海だよ」


「海!? すごーい! 大きいー!!」


 カトリナが子どもみたいにはしゃいでいる。

 そう言えば年齢的には、まだ日本だと未成年だもんなあ。

 いつもの方がしっかりし過ぎているのかも知れない。


 キャッキャと喜ぶカトリナを抱っこしたまま、海の上をぐるぐる飛ぶ。

 すると、水平線の方から何かやって来るではないか。

 身の丈3mくらいの青い色をした男だ。


「お! 二代目海神じゃないか」


『ショート殿がいらっしゃったと使いの者から聞きましてな! 挨拶に参りましたぞ!』


「ショート、知り合いの人?」


「ああ。初代の海神は海を守ろうとして、魔王マドレノースに滅ぼされた。ここには強力な魔将が配置されてたんだが、俺がそいつをぶっ倒して、地方神だった彼を次の海神に推したんだ。海を取り戻す時、活躍してくれたからな」


『いやいや、あれは何もかもショート殿のお陰です』


 積もる話は色々あるが、今は新婚旅行の途中である。


「じゃあ、ちょっと俺らは用事があるから、話は夜にでも、な」


『そうですな。奥方と旅行の最中なのでしょう。奥方のお腹から、凄まじき神気のほとばしりを感じます。新たな伝説がワールディアに誕生しそうですなあ』


「俺の子どもとして一体何が生まれてくると言うんだ」


 ということで、海神と一旦別れて、海辺の王国へ。

 ここでも顔が利くので、国の偉い奴に頼んで宿の部屋を取ってもらった。


 海辺に続く部屋である。

 そこから直接砂浜まで行けて、すぐ近くからは温泉が湧き出している。


「温泉はお腹の子どもにもいいのだ」


「へえー!」


 俺たち二人で、露天風呂と洒落込むのである。

 温泉、貸し切りだなあ。


「んー!! 広いお風呂ー! 砂漠の王国は、お風呂じゃなくて蒸し風呂だったでしょ?」


「ああ。水が貴重だしな。人工オアシスだって循環式だった。それにあっちは風呂から出るとすぐに乾くからなあ」


「うんうん。あれも楽しかったし、あかすりも良かったんだけどー。やっぱり、ひろーい湯船で足を伸ばしたいなって」


「分かる」


 カトリナがまったりと、胸元まで湯に浸かって鼻歌を歌っている。

 妊娠してから胸も大きくなっているので、水に浮かんでいるのがしみじみと凄いボリュームである。


「おっぱいに母乳が詰まっていそう」


「そうだよー。生まれる赤ちゃんには、たっくさん飲んでもらわないといけないんだから……あ、お腹の中で動いた!」


「なにっ」


 カトリナのお腹に触ると、中にいる赤ちゃんが、ぼいんっと蹴ったようである。

 振動が伝わってくる。


「かなり元気だな……」


「だねえ。ショートに似てすっごく元気だよ?」


「カトリナに似てたくさんおっぱい飲む子かも知れない」


「あー、それって私が食いしん坊だってこと? んもー!」


 他愛もないやり取りをして、二人で顔を見合わせて笑った。

 海水浴は子どもが生まれてからにして、今は海を見ながら温泉でまったりだな。


 潮騒を聞きながら、夕食は海鮮づくし。

 刺し身とかは無いんだよな。

 前にここに滞在してた時、大体何もかも火を通したメニューだったのでがっかりした記憶がある。


 だがしかし。

 俺の前に、魚の切り身が並べられたのである。


「こ……これは……!?」


「前に勇者様が、生魚をどうにか食べたいと仰っておられましたからな。我ら海の王国が全力で開発した生魚料理です……! このソースに漬ければ、魔法的な効果と酢の力で、魔素と寄生虫が倒されます」


「なるほど……!!」


 醤油じゃないのはちょっと残念だが、どうやら俺のために海の王国の知識と技術の粋を結集して作り出したソースらしい。

 ペタッと付けて、食べてみた。


 おおっ、新鮮な魚介の歯ごたえがぷりぷりと……!

 ソースの味が強いから、まあ魚介の味はしないよね。

 だが、刺し身っぽいものを食って、俺は満足である。


「ええ……生魚……? それは私は無理ぃ」


 カトリナの反応がごく自然なものだ。

 この世界だと、衛生的に生物を食べることは困難だからね。

 野菜や果物でない限りは、火を通す。

 これが鉄則。


 お刺身は俺だけで食べてしまうとしよう。

 王国側から、楽団を遣わして生演奏しましょうかという申し出があったが、丁重にお断りする。

 潮騒だけでも十分なBGMである。


 楽しい時間が過ぎ、カトリナがすっかり寝てしまった頃合いで、俺は夜風呂と洒落込むことにした。

 温泉に浸かりながら、海を見る。


 真っ黒になった海は水鏡となって、満天の星空を映し出していた。

 うーむ、見渡す限り、何もかも全てが星空になっている。


 壮観だ。

 ……と思ったら、光景の一角からニュッとでかいのが出てきて、こっちにノシノシやって来た。


 海神である。


『ショート殿、わしもいいですかな』


「おう、いいぞ」


『どーれ』


 海神が温泉に、ざぶりと浸かった。


『これ、海の酒ですぞ』


「お、これはこれは……」


 二人で、星空を肴にしながら飲むことにする。


『ショート殿がこの世界に来られるまで、これほど平和な時間を過ごせるようになるとは思ってもおりませんでしたわい。世界は終わってしまうものだとばかり、わしは考えておりました』


「海もやばかったもんなあ」


『ええ。ですが、今は海も建て直しの最中です。邪悪な魔力は徐々に薄れていっておりますし、点在していた魔域も縮小傾向にあります。やがて海は、わしらの手に取り戻せることでしょう』


「そりゃあ良かった。俺の子どもが大きくなるまでに、きちんとなった海を見せてやりたいもんな」


『わしもです。美しい海をお見せしたいもんです。成長なさったショート殿のお子は、どのようになられるでしょうなあ』


「さあなあ。子どもを持つのは俺、初めてだからなあ。全くどうなるか見当もつかん」


『それは楽しみですな。ひょっとすると、魔王と戦うくらいの大変な毎日になるかも知れませんな』


 冗談めかして海神が言う。


「スローライフでも大変なのに、もっと大変になるのか。あー、だけどそいつは、希望がある大変さだな。幸い、俺たち二人きりでもないし、みんなに手伝ってもらって育てていくつもりだよ」


『それがいいでしょう。お子は皆で育てるものです』


 勇者村では、ビンがまさにそのように育っている。

 村は共同体と言うか、一つの大きな家族みたいなもんだな。


 海神との話は、思い出話からこれからの話と、いつまでも続いていくのだった。



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