第96話 砂漠の王には十人の奥さんがいる
程なくして、アブカリフの使いがやって来た。
俺たちが到着してから一時間足らずとは、かなりのスピードだ。
砂漠の国の命令系統は柔軟にできているのかもしれない。
使いは、腰に剣を佩いた妙齢のお嬢さんである。
「あれっ? ミーファさん?」
「当たりでーす」
使いのお嬢さんとカトリナが、二人でキャッキャしている!
「し、知っているのかカトリナ」
俺の知らないうちに、いつのまに砂漠の王国にお友達が……?
「ショート分かんないかー。えっとね、この間のトラッピアさんの結婚式に来てた、アブカリフさんの奥さん。その第九夫人だよー」
「ミーファです。よろしくお願いしますね、偉大なる勇者ショート様」
ミーファという彼女は、ウェーブが掛かった黒髪の美女である。
カトリナよりもちょっと年上で、もう少しだけ若ければ美少女でも通ったであろう。
「身のこなしとかとてもプロっぽいんだけど」
「私はもともと、魔王軍と戦う戦士だったのです。砂漠の王国に与さぬ、岩の部族の娘です。アブカリフ様が、我が部族も守ると仰ってくださり、その約定として私を娶ったのです」
「ほうほう」
人にドラマありである。
「ちなみに、全てが戦士である岩の部族の間でも、勇者ショート様は神のように崇められているんですよ。あなたが、怒れるサボテンガーを単身で打ち倒す姿を、砂漠の民は皆見ているのです。勇者にして、伝説。生ける神ショート様」
ミーファさんの目がキラキラ輝いている。
カトリナがそれを見て、ぷくっと頬を膨らませた。
そして、俺の腕をムギュッと抱き寄せる。
「ショートは私のだからね?」
「ええ、分かってますカトリナさん。偉大なる勇者に選ばれた女性。あなたも特別ですよー」
「え、そ、そお?」
一瞬でカトリナの機嫌が直ったな。
ちょろい子である。
俺たちはミーファさんに案内され、砂漠の宮殿へ。
ここに滞在していた間、宮殿で寝泊まりしていたからなあ。
懐かしい。
と思ったら、結構あちこち改築されている。
前は戦のための城だったが、今はもっと優美な姿になっているではないか。
涼しい風が吹き抜ける、壁の少ない宮殿だ。
あちこちに、人工のオアシスが設けられている。
この地方には、サソリや蛇がいるが、蚊がいない。
お陰でこんな開放的な作りにできるというわけだな。
宮殿の奥まった部分は、思いの外明るかった。
太陽の日差しを取り込む工夫がされているらしい。
そこに、砂漠の王アブカリフが座していた。
俺が来ると立ち上がる。
「ようこそ! 勇者ショート! 新婚旅行だって? 我が国を選んでくれて光栄だな。宮殿を我が家と思ってのびのび過ごして欲しい」
「ありがとう。しかしまあ、リゾート地みたいな作りになったなあ、宮殿。前はもっと堅固だったが」
「モンスターと戦う必要もなくなったからな。壁は打ち壊し、使用人たちも自由に行き来できるようにした。手前のオアシスは民にも開放しているぞ」
どうやら、砂漠の王国は色々な意味で風通しのいい国になったようである。
カトリナは、アブカリフの奥さんたち十人に誘われて、オアシスに涼みに行った。
そこで冷たい果汁や、甘いお菓子を食べるらしい。
俺はアブカリフとだべる。
「無論、砂漠が暮らすには厳しい環境であることに変わりはない。それでも、人々には希望が生まれたのだ。あの魔王だって倒された。サボテンガーも味方になった。ならば、どんな厳しい環境だって生き延びて行くことはできる、とな。全て、あなたのお陰だ勇者ショート」
「いやいや」
「あなたは世界で唯一、謙遜してはいけない男だと思っているぞ」
凄いことを言ってくるな。
しばらくすると、アブカリフの奥さん五人くらいに連れられて、ちびっこたちがワイワイやって来た。
最年長でも三歳になるかならないかくらいだ。
「私の子どもだ」
「たくさんいるなあ」
「王族も、これまでの戦で多く死んだ。増やしていかねばな」
跡継ぎを決める時に揉めそうな気もするな。
「そこでだショート。あなたに頼みがある。私の子どもから、見込みがありそうな子を教えて欲しい……」
「世継ぎを決めておく方針?」
「ああ」
新婚旅行に来た新郎に、国の未来がかかってるような選択をさせるんじゃない。
だが、お土産をたくさんくれるそうなので、俺は仕方なく頼みを聞くことにした。
「誰かが特別になったら、そいつの命を狙って宮廷で陰謀が渦巻いたりしない?」
「するかも知れないな。だが、それを生き延びてこその王」
「厳しいなー! 俺も責任重大じゃんか」
俺は子どもたちをざっと見回した。
そして確信する。
「みんな普通」
「普通か……!!」
あからさまに、アブカリフはガッカリした。
彼は人間としては傑物だが、別に神の血を引いているわけでもなければ、奥さんの血筋に凄い存在がいるわけでもない。
そりゃあ、生まれてくるのは普通の子どもだ。
「気を落とすなよ。普通の人が生きていける世の中になってきてるんだから。それにアブカリフだって、優秀だが普通だろ。英雄じゃないだろうが」
「確かに。私はグンジツヨイ皇帝の真似はできないな」
「暗殺に来た魔族を絞め殺すようなおっさんの真似はしなくていいからな」
かくして俺たちは砂漠の国に滞在。
異国情緒あふれる国を堪能することになった。
翌日から観光を始める。
朝の涼しいうちに外に出て、青空の下で砂漠の王国の町並みを歩く。
基本的には日干し煉瓦でできた町で、日差しの加減で金色に見える。
アブカリフの方針なのか、町のあちこちには椰子の木が植えられており、井戸回りには緑も生い茂っている。
国全体に、小さなオアシスが点在しているかのようだ。
「豊かになったなあ」
「うん、私、この国好きだなあ」
カトリナが好きだと思えるくらいには、砂漠の王国はきれいになった。
戦時中はまさしく地獄のような風景だったからな。
ちなみに、国に男の数が少ないのは、魔王軍と戦い続けてきた国特有の姿である。
あちこちを走り回る子どもたちが成長すれば、また砂漠の国は往年の姿を取り戻すのだろう。
「ショート、ここにはいつまでいるの?」
「明日までかな? それで、次は海の方に行く」
「海!!」
カトリナの目がキラキラした。
「実は私、海に行ったことなくて」
「あー。ハジメーノ王国は大陸の半ばにあるからな。海を見ないで一生過ごすのはざらだよな」
地球に照らし合わせると、ハジメーノ王国の位置は大体、イタリアくらいのところになる。
地中海に当たる部分が全部岩山で、そして砂漠の王国。
つまり海を見ようと思ったら、思いっきり西まで行かないと見られないわけだ。
「楽しみだねえ、海! ……でも、泳ぐのは赤ちゃん生まれてからにしようかな」
「だなー。でも、海には温泉もあるからいいぞ。温泉は妊婦さんの体にもとてもいいらしい……」
「ほんと!? 楽しみー!」
かくして、次なる目的地を定めた俺たちなのである。
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