第87話 潜入調査中に腹を割って話す
パワースを潜入調査に向かわせた。
あいつに、コルセンターを掛けてある。
これで、報告が来るはずだ。
「ショート、また新しいお仕事してるの?」
カトリナがとても鋭い。
俺は朝から彼女と一緒にいて、やって来る乾季に向けて、畑作り作業をしているというのに。
「そ、それは一体どうしてそう思うのかな」
「んー。なんとなく?」
「なんとなく!?」
うちの奥さんはエスパーかな?
「ほら、例えばショートが普段は見ない、空のこの辺をチラッと見たりとか」
「おうふ」
「たまーに物陰にサッと行って戻ってきたりとか」
「ふおお」
「あと、普段よりもヒロイナを避けてるような」
「ウグワーッ」
一つ一つは些細な状況証拠だと言うのに、それらを合わせて的確な推理をしてくる!
何より凄いのは、そういうちょっとした仕草がいつもと違うと認識している彼女の観察力だな。
「カトリナは俺のことよく見てるんだなあ」
「そりゃそうだよー。好きな人のことって、ちょっとした仕草も全部覚えちゃうくらい見るでしょ。ショートだってそうでしょ」
「確かに」
うーん、愛を感じる。
二人でニコニコしていたら、
「はいはーい、邪魔でーす。もう、このバカ夫婦は畑のど真ん中で立ち止まってー。雨降らないうちに畑を起こさなきゃでしょー」
俺たちの間を、ぎゅぎゅっと入り込んで力づくで抜けていく者がいた。
もちろんヒロイナである。
フンッと鼻息を荒げて、こっちを一瞥した後、猛烈な勢いで作業をしている。
体力ついたなあー。
村に来たばかりの頃は、ちょっとした作業ですぐ音を上げていたのに。
今では、畑を耕す作業も男たちと肩を並べて遜色ないくらいやれる。
いやーな顔をしつつも、肥料だって土に混ぜ込んでいく。
彼女が頑張るようになっていっていて大変うれしい。
「よっしゃ、じゃあ一つ、みんなで歌いながら作業でもするかあ」
「は? なんで歌なんか歌うのよ!」
「いいねー!」
ヒロイナがぶうぶう言い、カトリナは全面的に賛成した。
ブルストやフック、ミーも賛成だ。
ということで、何の歌を歌おうかという話になった。
「あのよ、そこは元旅芸人の、俺とミーにまかせてほしいわけよ」
「あたしら、元プロだからね!」
「そう言えばそうだったな!」
どうやら、旅芸人をしていた関係で、この夫婦はあちこちの村の歌をマスターしているらしい。
その中で、節が簡単で、みんなで歌えるのをチョイスしてもらった。
ちょうどいいことに、これも畑作業をしながら歌うものらしい。
「本当はね、畑仕事はきついから、やってると不平ばっかり口にしちまう。だけど、歌ってりゃ不平を口にすることもないだろ? そういうもんなんだって」
「ほうほう」
確かに畑仕事は大変だが、人間の仕事である。
魔王と七日七晩戦い続けるのに比べたらマシというものだ。
それを、楽しく歌いながらできてしまうなら大歓迎。
「よっしゃ、じゃあみんなで歌うかー」
そして、みんなで歌いながら作業をすることになった。
“実れ実れや我が畑、石取り草抜き虫殺し、水やり土やり肥料をやって、たんと育って黄金色、麦穂の実る我が畑、見ろや自慢の我が畑……”。
リズミカルで簡単で、しかし希望に満ち溢れた歌だな。
こいつはいい。
ふんふんと調子よく歌いながら作業をしていたら、コルセンターに連絡が来た。
「ちょっと失敬」
俺はちょろっと席を外す。
カトリナが当たり前みたいな顔してついてきた。
「あ、カトリナー」
「もう、ショートが別の仕事もしてるって分かってるんだからいいじゃない。それに、もののついでで、みんなのためのお茶も淹れるんだから。私が準備している間に、お話ししちゃいなよ。相手はだあれ? エンサーツさん?」
「いや、昔の仲間。パワースっつってな」
「へえー! ショートの言ってた、最後のお仲間さんだねえ」
ニコニコしながら、カトリナがちゃっちゃとお茶の準備をする。
このお茶は、簡単に水出しできる茶葉なので助かる。
お茶と言うか、色と香りがついた水だな。
水はあらかじめ、朝のうちに沸かして消毒してある。
おっと、彼女の手際に見とれてる場合じゃないな。
「どうだ、パワース」
「おう、潜入は順調だ。報告をするぞ。こいつらは、普段は市場で店をやってる。流通にも入り込んでる。だからすぐには分からないようになっていた。国の兵士にも手勢が紛れ込んでいるな」
「おお、かなり情報があつまったなあ。どうだ、一掃いけそうか?」
「問題ないだろう。黒幕の話も聞いたぞ。俺の考えを読め。これで、構成員の顔までバッチリだろ」
「おうよ」
読心魔法でパワースの記憶を探り、これを記録する。
「ほえー、いいコンビネーションだねえ」
「!? おいショート! そっち、誰かいるのか!?」
「あ、うん。俺の奥さん。俺がパワースと組んでなんかやってるって気付かれてしまってな」
「なんだと……。ショート、お前、弛んでるんじゃねえのか? ま、弛んだくらいでお前の能力は少しも陰らねえってこと、俺はよく知ってるがな」
気に入らない風に、鼻を鳴らしながら俺を持ち上げるパワース。
「褒め殺しか?」
「てめえは全部やりきるだろうが。ほれ、てめえの嫁さんを見せろ。ヒロイナを振って選んだ女だ。いい女じゃなかったらぶっ飛ばすからな」
「物騒なやつだなあ。というか俺がカトリナと出会った時、ヒロイナはまだお前の彼女だったじゃん」
「それって、ショートが王国を飛び出した時の話か。一年近く前じゃねえか! そんな頃から仲良かったのかよ……」
「カトリナ、パワースが挨拶したいってさ」
「はーい」
お茶のたくさん入った瓶を持って、カトリナが俺の横からひょこっと顔を出した。
「はじめまして、ショートの妻のカトリナです。夫がいつもお世話に……お世話に? お世話してる? うーん、ま、いいか。よろしくお願いしますね」
「お、おう、はじめまして……パワースだ……です」
ハハハ、びっくりしたか。
めちゃめちゃ可愛いだろう。
「おい、ショート」
「なんだなんだ。ひそひそ話なんかして」
「美人さで言えばヒロイナが上だろうが、なんつうか、こう……相手を安心させる空気を纏った子だな。声がやばい。聞いてるだけで気持ちが落ち着く……」
声からα波が出てるってやつだな。
カトリナは、美人系というよりは愛嬌がある感じだもんな。
見ててホッとして、声を聞いてホッとして、一緒にいてホッとする。
うーん、癒やし系。
「彼女を選んだお前の気持ちはよくわかった……。お前の見る目確かだわ」
「だろう」
こと、女の趣味に関しては、俺とパワースは割と合うのだ。
「じゃあ、仕事に戻る。俺は基本的に、人間には負けん。だから、俺がお前を呼ぶとしたら、魔将レベルのやつが関わってた時だけだ。黒幕の情報は見ただろ。頼むぜ」
「オッケーオッケー」
「またオッケーか。まだ使ってんのか。連絡終わりだ」
コルセンターが途切れた。
色々ぶつくさ言うやつだが、有能ではあるんだよなパワース。
知識面での援護がブレイン、実働面でパワース、社会的な面でヒロイナ。
で、俺が全体のサポートと、敵の切り札が出てきた時のカウンター。
これが、俺たち勇者パーティの動き方だった。
まあ、いちばんやばいのは俺が引き受けるんだがな。
ちょっと思い出してしまった。
本当に大変な日々だったが、思い出してみると、懐かしく感じたりもするなあ。
思い出は美化されるってやつだな。
「ショート、お茶菓子持って! みんなー! 休憩だよー!!」
カトリナの声に、畑から歓声が上がった。
よし、もうひと頑張りするか!
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