第85話 持ち帰れオードブル

 披露宴ではたくさんの食べ物が余る。

 手を付けられないままだった料理は、持ち帰り用として箱に詰めてもらった。

 

 俺の物質作成魔法マテリアル(俺命名)で作り上げた箱である。

 お城の方としても、残った食べ物は捨てるしか無いか、従業員で食べるにしても限度というものがある。

 捨てるよりはと、喜んで箱に詰めてくれた。


 これをアイテムボクースにしまう。

 勇者村で温め直してみんなで食べよう。


 貴族や王族たちが、お持ち帰りをしまい込む俺に胡乱なものを見る目を向けてくる。

 お前らが好き嫌いして食べ残すから、食べ物が無駄になるのだ。

 辺境の村ではごちそうだぞ。


「勇者様はあんなものを持ち帰ってどうしようというのだ?」


「残った料理など捨ててしまえば……」


 やっぱり言ってる!


「飽食の世界に生きてるなあ貴族ども。危うく人間は明日の飯も食えなくなるところだったのに」


「偉い人は魔王がいた時も、食べるのに困らなかったの?」


 カトリナの素朴な疑問に俺がお答えしよう。


「実は王族の食卓も質素になったのだ。それでも平民よりはいいもの食ってたし、こいつらまでまともに飯が食えなくなったら、平民なんぞみんな飢えて死んでるからな。世界のヤバさのバロメーターとしては、俺が召喚された時点では結構ギリギリだった気がする」


「ほえー」


 俺の話を聞いて、貴族たちがバツの悪そうな顔をした。

 過去を思い出したのだろう。

 こいつらはこいつらで、魔王がいる時代をどうにか生き残り、魔王にも与さず生きてきたのだ。


 あまり悪く言うのも良くないな。


「俺は今、諸君が言う平民とともに新しい共同体を作り上げながら暮らしているのだ。あらゆる食事は大地の恵み。貴重なものなのだ。だが、諸君がこれから果たしていく責務の重要さも理解している。君たちは新しい世界を再生させ、治めていってくれ。それは君たちにしかできないとても重要な仕事なのだ」


「おお、勇者様、ありがたいお言葉」


「なるほど……」


「世界を統べる立場にも至れたでしょうに、勇者様は自ら民とともに歩む道を選ばれたのですね……」


「我らは我らのすべき事をせねばな!」


「さすがは勇者様だ!」


 俺がフォローしたら、なんかちょっとイイ話みたいな雰囲気になった。

 会場で貴族や王族たちが、やんややんやと喝采してくる。


 披露宴を悪い雰囲気にするのは良くないからな!


 宴もたけなわ。

 夜も深まり、賓客たちは次々に女王と王配へ祝辞を述べ、帰っていく。


 カトリナは流石にお腹いっぱいになったようで、俺の隣で眠そうだ。


「トラッピア女王、ハナメデル、結婚おめでとう。じゃあ、俺たちはそろそろ帰る。また用事があったらエンサーツに言ってくれ」


「ええ。来てくれてありがとうショート」


「僕らもまた、勇者村に遊びに行くからね」


 そんなにホイホイと王国の最高権力者が遊びに来ていいものか。

 いや、たまにはいいよな、息抜きに来ても。


 今日一日で、かなり疲れている様子の二人に疲労回復魔法をかけておく。


 そして、グンジツヨイ皇帝夫妻と、アブカリフと十人の奥さんにも別れを告げ、俺とカトリナは帰還するのだった。


 帰ったらすぐにカトリナは爆睡してしまった。

 揺すっても転がしても起きないので、俺は彼女を転がしたままドレスを脱がせた。


 シワを伸ばし……アイテムボクースに格納する。

 下着姿のカトリナが転がっているので、着替えさせて寝間着を着せて、ベッドの中に押し込む。


 よし。


 ……おっと、歯磨きを忘れていたな。

 歯の不具合は命に関わる。

 俺は勇者として、歯の治療を行うための魔法と技術も習得しているが、こんなモノは使わないに越したことはない。

 カトリナを膝枕して、がしがしと歯を磨いた。

 この時、唾液が器官に入らないように頭の角度に注意な。


「よーし! 歯垢すら残っておるまい……」


 彼女の口の中の仕上がり具合に満足し、ようやく寝かせることができた。


「むにゃむにゃ……もう食べられない……。でも明日食べる……」


 寝言を言っている。

 たくさん食べる子だ。


 夜も遅いので、居間ではブルストとパメラが寝ている。

 起こさないように、そーっと裏口から外に出た。


 フックとミー邸につながる裏口である。

 ここから、図書館に向かう。


 そこには明かりがついていて、ブレインが起きていた。

 彼は魔本の読破に燃えており、毎日毎晩、読書に励んでいるのだ。


「やあショート、お帰りなさい。二度目ともなると、礼服も様になってきますね」


「ああ。そろそろこれを着たまま大立ち回りできそうな気がする。でな、披露宴でアホどもと接触してな」


「あなたがそう言うということは、魔王教団の者たちですか。やはり根絶は難しいですね」


「魔王教団はバラバラになって世の中に散らばってるからな。魔王マドレノースは、自分が社会という概念を司る魔王だと言ってた。なので、あいつの侵略は人間の世界に浸透するように行われてたんだな。いやあ、これからの掃討戦、長くなりそうだ」


「私たちでは手出しもできなかった、あの恐ろしい魔王は、まさか倒された後のことも考えていたのでしょうか。力と、頭脳と、用意周到さ。ワールディアが救われたのは奇跡のような話ですよ、全く」


 ブレインが本を閉じた。


「それでショート。対策を考えているんでしょう?」


「おう。俺の読心魔法で、一人見つければ、組織を芋づる式に引きずり出す事ができる。王都が女王の結婚で浮かれているうちに行動を起こそうとしたんだろうが、そこに俺がいたのが奴らの運の尽きだな。手を貸してくれブレイン」


「ええ。私の知識をお貸ししましょう。このところ平和で、体が鈍っていたんです……おっと、平和に越したことはないですよね」


 かくして、俺とブレインは、勇者村の運営の他に新しい仕事をすることになったのである。

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