第84話 女王の結婚
最初は、謁見の間を改造した教会っぽい部屋で式を行う。
王族の婚礼ともなると、田舎の結婚式みたいに、やんややんやと囃し立てるわけにはいかない。
じーっと見るのみだ。
おっ、隣でカトリナがどうすればいいか分からなくて、もじもじしているな。
「カトリナ、どーんと構えて立ってればいいのだ」
「そ、そういうものなの? 声とか出さなくていいの?」
「王族とかはその辺めんどうなんだ。口を開くと政治的な発言が飛び出すかも知れないから、基本は静かにしてる」
王族の知恵というやつである。
真っ白で豪奢なドレスに身を包んだトラッピアは、そりゃあもう見栄えがした。
彼女をエスコートするハナメデルは、黒いスーツに身を包んでいる。
あいつもスラリとしてて足が長いので、大変映える。
「我が息子ながら、やはり華奢だな」
皇帝がボソリと感想を漏らした。
「放っておけば遺伝子が仕事して、あんたみたいなマッチョムキムキになるだろ」
「なるかのう……」
まあ、静かとは言ってもなんだかんだ、みんなお喋りしているのだ。
そして、壇上ではユイーツ神教の最高司祭のじいさんが二人の結婚を祝福している。
あのじいさんよりもヒロイナの方が、司祭としての実力がずっと上だったり、田舎の結婚式でしか無い俺のところに、ユイーツ神本人が参列者として駆けつけてたり、勇者村の式はやはりおかしいな。
しみじみそんなことを考えてたら、何やらカトリナがむふーっと鼻息を荒くしている。
「どうしたんだ」
「やっぱり結婚式はいいなーって思ったの。一生に一度だもんね」
「基本的にはな」
諸々事情があるだろうな。
「トラッピア様きれいねえ」
「そうだねえ」
他人事なので、俺としては気楽なものだ。
かくして、儀式の方はつつがなく終わった。
ここからが披露宴である。
勇者村なら肉パーティ。
王族の結婚だと、オードブル方式でサーブされてくるお料理を、みんな侍従なんかに取り分けさせて、わいわいと食べる。
全ての料理が毒味済みなので、温かいものは存在しないぞ。
なにせ、この会場にはVIPしかいないからな。
「美味しいけど、焼き立てじゃないんだねえ」
ちょっと残念そうなカトリナである。
ファッション用手袋をしているご婦人がた用に、食事用トングが配られている。
これで食べる。
見た目はあまりお行儀がよろしくないな。
カトリナは冷製になったローストビーフみたいなのを、もりもり食べ続けている。
おお、どんどん彼女のお腹に入っていく。
冷静に見てると、うちの嫁さんはめっちゃくちゃ食うな。
そう言えば、勇者村で俺とカトリナとブルストの三人で暮らしてた頃、カトリナの分の食事はブルストのものと、あまり変わりない量だった事を思い出した。
すっかり感覚が麻痺していたが、日本の大食いタレントくらいの量を平然と食べていたのではないか。
「ショート殿、楽しんでいるかね?」
奥さんを十人引き連れて、アブカリフがやって来た。
「おう。だが、毒味のためとは言え、冷えた飯しかないなと話してた」
「それは仕方ないさ。ここはいつでも料理を熱せる砂漠の国ではないのだ」
砂漠の国では、熱された砂を使えばいつでも料理を温められる。
むしろ周囲が暑いので、昼間は冷えた料理が珍重されるのである。
「毒味などしなくても、俺が毒を解除してやるのにな」
「ああ、なるほど。それはそれで、ハジメーノ王国に勇者ショートあり、という宣伝になるね」
「なに、宣伝になってしまうのか。ではやめだ」
「ショートは相変わらずひねくれておるな!」
途中からグンジツヨイ皇帝が話に加わってきた。
またこの三人で、ワイワイと最近の世界情勢について話す。
その間、カトリナとアブカリフの妻たちがお喋りしている。
アブカリフ婦人たちの最年少は、どうやらカトリナと同い年らしい。
盛り上がっているな。
そこに、妙齢のご婦人が加わった。
すっごい宝石がついた金色のドレス着てる。
「あれ、誰」
「余の妻だ。普段は奥に引っ込んで家庭菜園をしているから、ショートも見たことはあるまい」
「そうか、ハナメデルのお母さんかあ……」
女性が十二人集まると、かしましいどころではない。
そこにさらに、各国のご婦人がたが集まってきて、国際的女子会みたいになってきた。
こりゃあ大変だ。
「ショート! なんでわたしに会いに来ないの!!」
「うわ、トラッピア! 主催者がこっちまで来ていいのかよ」
お色直しして、白地に眩い赤のドレスになったトラッピアが、奮然とやって来る。
「いいのよ。突然発生した国際的な女子会でわたしは暇になったんだから」
「あれなあ。うちの嫁と皇帝の奥さんとアブカリフの嫁たちが中心になってるようでな」
そう言えば、皇帝の奥さんということは女王の義母である。
なるほど、これは彼女に顔を売らんとする女子たちの集まりでもあるのだな。
政治だ。
カトリナの場合、顔を売っても何の意味もないので、彼女だけは楽しくお喋りしてるだけだろうが。
しかし、この混乱状態。
良からぬことを考える輩にとっては、絶好の機会であろう。
「読心魔法を広い範囲に掛けて備えておこう」
トラッピアの話を聞きながら、俺は片手間で作業をした。
おお、いたいた。
給仕の中に一人だけいる。
本来の給仕を気絶させて入れ替わったスパイだな。
思考を読むと、魔王教団という、魔王を崇拝する人類の裏切り者連中である。
ついでに毒を仕込もうとしていたので、俺はそいつのところまでひとっ走りした。
「ショート!?」
驚いたトラッピアと、皇帝と、アブカリフがついてくる。
その目の前で、俺は給仕に向かい合った。
「お前さん、魔王教団のスパイだな? 神妙にしろ」
「な、何を」
「俺は勇者でお前の心を読んだのだ」
「ひっ、勇者ショート! こ、こうなれば自爆魔法で!」
「対抗魔法ワヤ(俺命名)」
自爆魔法が消えた。
「あっ! で、ではいでよ魔界のモンスター!」
「出てこようとするところを、そいっ!」
一瞬だけエクスラグナロクカリバーを抜いて一振り、すぐに収める。
魔界とやらから召喚されるところだったモンスターを、まとめて昏倒させておいた。
誰も来ないぞ。
「あっ、全ての反応が消えた!」
「全部吐いてもらうぞ。いや、その必要は無いな。全部読み取ったぞ」
「ひいー」
ということで、披露宴はつつがなく終わる。
何の問題も無かったな……!
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