第83話 異種族のドレス着付けについて
「オーガは角があるでしょ。真っ直ぐちょっと斜め前に生えてるからまだマシなんだけど」
俺が、カトリナへのドレス着付けをしている最中である。
ドレスが上から被るのではなく、前から纏って後ろで結ぶタイプだったので、疑問を覚えたのだ。
そうしたらカトリナが説明してくれた。
「上から被るとね、ドレスを破いちゃうの」
「ほおお、大変だなあ。じゃあ、村で着てる普段の服も、横に結び目があったのは……」
「そうそう! オーガの服はね、前か後ろか横から着るの。人間の服と作りが違うから、人間の町で暮らしてると自分で作るしかないんだよね」
それで、カトリナはお裁縫が得意になったのだとか。
なるほどー。
ちなみにオーガも、子どもの頃は角が小さく、皮で覆われている。
赤ちゃんとして生まれる時は、母親の胎内に引っかかるわけでもなく、つるりと生まれてくるらしい。
オーガの女性はガッチリしているから、安産が多いのだとか。
「ガッチリ……ほうほう」
「なんでお腹周り見てるのショートー!」
カトリナにペチペチされた。
いやいや、なるほど。
腰回りはほどよく締まっているが、お尻周りとか大きいなーと思っていたが、そういうことだったか。
ブルストも、逆三角形の筋肉質体型でウエストが細いしな。
「ミノタウロスはもっと大変でねえ」
パメラが笑った。
彼女が、俺に着付けを教えてくれている。
俺とカトリナで王都の、女王の婚礼に参加するわけで、何かあった時に俺がリカバーできねばならないのだ。
「ほら、こうやって牛みたいにでかい角が生えてるだろ? 実はね、子どものうちは、あたいたちには角が無いんだ。成長すると生えてきて、こんな風に大きくなるの。だからもう、帽子の類が被れなくてね。牛の頭蓋骨を被るのは、帽子の意味もあるのさ」
「なるほど、種族に歴史あり」
勉強になった。
そして着付けはマスターした。
背中側から結ぶタイプだから、介助が必要なんだな。
ドレスの構造がシンメトリーなので、横に結び目を持ってきたくなかったんだろう。
そして背中の結び目も、大きなリボンみたいなアタッチメントで隠されている。
うーん、よくできている。
「大丈夫そう! ショート、すっかり覚えたね!」
「任せろ」
これで王都へ行く準備は万端だ。
かくして、スローな日々はあっという間に過ぎ……女王の婚礼の日になるのだ。
俺はカトリナをエスコートし、シュンッで王城の上空に出現する。
足元には、足場魔法オボーン(俺命名)で足場のお盆を作ってある。
これで下から覗かれる心配もなし。
ふわふわと、俺たちは降りていった。
下の方では、各国の王族とか貴族が到着しているようである。
彼らは皆、俺たちの登場を見てどよめいた。
「あ、あれはなんだー!」
「丸い物が降りてくる……上に人が!?」
「ま、まさかあれが勇者ショート夫妻か!」
「勇者がオーガを娶るなど、人間の恥さら」
「エターナルナイトメア! 死ねえ!!」
「ウグワーッ!!」
「アーッ!! 公爵が白目を剥いて泡を吹きながら揚げたてのエビのような姿勢でのたうち回っている!!」
失礼なやつには軽いお仕置きだぞ。
その後、何か悪口を言うやつを十人ばかり悪夢の世界に幽閉してから、俺たちは降り立った。
もう文句を言うやつはいないな。
全く、マナーがなっていない。
「おお、ショート! ショートではないか!」
「おう、グンジツヨイ皇帝! 久しぶりだな」
いかついおっさんのグンジツヨイ皇帝がやって来て、俺と固い握手を交わした。
「そなたに挨拶をしたいという、余の友人がいてな。こちらは砂漠の国の王、アブカリフだ」
「アブカリフと申します、勇者ショート殿」
褐色の肌で、白いスーツに白い頭から被る布……クーフィーヤをつけたヒゲの美男子が現れた。
ちょっとお肉がついているが、砂漠の国では太めの方がモテる。
「勇者村村長のショートだ」
「おお、世界を救った英雄! 実は私の父があなたとお会いしていました。サボテンガーの危機から国を救った英雄と。父は砂漠の魔王軍と戦って敗死し、私が留学から戻って後を継ぎました。ですがその時には、あなたがサボテンガーを正気に戻し、人の味方に変えていた。あなたは砂漠の国の恩人だ」
「そんな繋がりが! 世界は狭いなあ」
わっはっは、とグンジツヨイ皇帝、砂漠王アブカリフと笑い合う。
状況がよく分かっていないカトリナは、隣でニコニコしている。
「ショート殿、奥様はなかなか魅力的ですな」
砂漠王の目に止まったか。
砂漠はふくよかな女性が魅力的とされているからな。
必要なぶんだけしっかりお肉がついているカトリナは、向こうでも余裕で美女の部類に入るだろう。
「だろう、自慢の嫁だ」
「ショートも隅におけぬ男だなあ」
また三人でわっはっは、と笑った。
どうやらこの二人が、ハジメーノ王国と同盟を結ぶ関係のようだ。
砂漠の国はサボテンガーの油の輸出を始めており、資源の力で世界にその存在感を示し始めている。
グンジツヨイ帝国はその軍事力を回復させてきており、軍を持たない国々に軍隊をレンタルしているとか。
そして、女傑トラッピアが支配するハジメーノ王国は、魔王後の世界において徐々にその発言力を強めて行っている。
周囲の王族や貴族が、ちょっと恐れを含んだ目で見てくるのが分かるな。
「では参りましょうか」
アブカリフが歩き出した。
彼に続いて、きらびやかな砂漠の国風ドレスの美女たちが続く。
十人くらいいる。
「アブカリフ、なんか女子がたくさんいるけど」
「皆、私の愛しい妻です」
「あ、ハーレムでしたか」
砂漠の国は厳しい気候なので、財力を持つ男が女たちを囲って養うという風習がある。
その風習を体現する意味でも、王族はたくさんの妻を持つことが推奨されるのだ。
ちなみに貧しい男は兵士か砂漠で働く労働者になるぞ。
致死率はかなり高いが、死んだら酒池肉林の天国に行けると教えられているそうだ。
厳しい世界なのだ。
「余にも側室がおるが、子孫を残さねばならぬからな。幸い、ハナメデルの他にも皇子がいる。ショート、そなたは一人でいいのか?」
「当然だ。というか、俺は平民だぞ? 平民は一番愛する妻が一人いればいいのだ」
「そうか、王族の義務はないのだったな! そなたほどの男ならば、国の一つも興せたであろうに」
「お前らみたいに義務があるじゃないか。そんなん、せっかく魔王を倒して自由になったのに、なんで背負いこまなくちゃいかんのだ」
「わっはっは、全くだ!」
機嫌よく皇帝が笑う。
そして、俺の脇腹をカトリナがつんつんした。
「ふひゃっ。何かねカトリナさん」
「一番愛するって。むふふー」
「フフフ……!」
ちょっと見せびらかすように、カトリナとしっかり腕を組み、王城の門をくぐる俺たちなのだった。
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