第78話 紳士三人(四人、あるいは五人)の茶会

「肥料の仕上がり具合がなかなかでしてな」


「クロロックさんのこだわりが、雨季でついに結実しますか」


「ほほう、農学大全の記述を超える肥料のようですね。これはなかなか……」


 カエルの学者と、賢者と、シルクハットの人型魔本。

 変なのが三人揃ってしまったなあ……。


 普通、こういうのはもっとバラエティ豊かなメンバーが集まるものではないのか?

 俺は彼らの後ろ姿を眺めながらそんな事を思った。


 ここは肥溜めである。

 三人の紳士が、肥溜めをかき混ぜながら何やら肥料の講評を行っている。


 うん。

 これはこれでめちゃくちゃにバリエーション豊かだよな。

 変な紳士という方向が一緒なだけで、そこだけ被ったキャラが三人揃ってしまった。


「たった十二人程度の村だぞ!? なぜそのうちの三人がへんてこな紳士なのだ……!!」


 いや、あと半年ほどで十三人になるか。

 俺とカトリナの子は絶対に安産にしてみせるからな。


「ショートさんも肥溜めをつついてみませんか。なかなかの仕上がりですよ」


「ショート、ぜひつつくべきです」


「うむ、ワタクシ、これほどの仕上がりの肥料は初めてです」


「うわあ、変な紳士が三人で俺に肥溜めをかき混ぜる棒を握らせてくるぞ」


 だが、それはそれで、肥料の仕上がりをチェックするのは大事な仕事だ。

 おお、このまったりとしたかき回し心地。

 そして臭いがほとんどしなくなっている。


「これは……。完全に仕上がっている。今すぐにでも使えそうだ」


 俺の品評に、紳士三人が「おおおー」と沸いた。


「やはりショートさんはよく分かっている。この半年以上、ワタシとともに肥溜めをかき混ぜてきただけのことはありますね」


「ああ。クロロックは肥料に関して、俺の師匠だからな」


 クロロックと固い握手を交わす。

 これほどの肥料があるなら、もうすぐ始める新しい作付けも上手くいくことだろう。

 来期の収穫量は倍増するぞ……!!


 俺とクロロックとブレインとカタローグで、うほうほと喜び合う。


「ショート、あとクロロックさんにブレインさんにカタローグさん、お茶が入ったよ!」


 我が愛妻カトリナがお茶を運んできてくれた。

 ありがたい。

 肥料の仕上がりを愛でながら、四人で茶を飲む。


 おやつは抜きである。

 流石に手を洗わないとな。


「そうやって並んでいると、本当に仲良しだねえ」


「なにぃっ」


 俺は衝撃を受けた。

 傍から見ていて、三人の変な紳士がいると思っていたが、さらに外部からは、四人の変な紳士に見えていたのか!!


 俺は彼らと同じか……!

 言われてみればそんな気がしてきた。


「では、女王の婚礼が終わったら新しい作付けを」


「やりましょう」


「やりましょう」


「やりましょう」


 そう言う事になったのだった。

 だが、その前に。


「ショート、ここはやるべきことがありますよ」


 ブレインが何かいいことを思いついたようである。


「どうしたんだブレイン」


「ブルストさんに聞きましたが、そもそも教会を建てた理由は、ヒロイナの家にするためだけではないでしょう」


 俺はハッとした。

 完全に忘れていた。


「そうか……カトリナにドレスを着せて結婚式をするためだった!!」


「あの儀式をやるのですね」


 人間世界の風習を知識では理解しているが、それを行う理由が全く分かっていないクロロック。


「人間は繁殖するために手間がかかりますよね」


「全くです」


 おっと、クロロックの物言いにカタローグが同意しているぞ!

 こいつも魔本だから、書き写せば増えるのか。


 かくも、異種族との相互理解は難しい。


「大丈夫、問題ありません。ワタシも人間社会で暮らして長い。この風習も見事にこなしてみせましょう」


「別にクロロックがするんじゃないからな?」


「それは当然です。ワタシがカトリナさんとケッコンシキ、とやらをしてしまうことは、他人の卵に子種を与えるようなものでしょう。ちなみにそういった略奪愛は両棲人では頻発しまして、しばしば決闘に結びつきます」


「なかなかカオスだな両棲人!」


「そのために、二人の愛の巣を築いてそこで行うのですよ。そういう意味では人間と変わりません」


「かなり違うと思うなあ」


 どうやら俺とクロロックのやり取りがツボに入ったらしく、ブレインがくすくす笑って止まらなくなった。

 カタローグは、俺たちのやり取りを魔本に送っているらしい。

 無言だが真剣な顔で話を聞いている。


 こいつがいると、魔本の内容が勝手に充実していくのか。

 さすがは目録。


 感心していたら、俺の頭の脇でピコピコと音がした。

 これは……もしや、コルセンターからの呼び出しか。


 ピコーン!と横の空間が光る。

 タッチすると、遠く離れた王都と繋がった。


「おう、ショート! 初めて使ってみたが、面白いもんだな!」


「おっ、エンサーツ。どうしたどうした?」


「あのよ、陛下の婚礼までそろそろ半月ほどになったが、どうだ? ……って、すげえ濃いメンツで集まってるんだな」


「エンサーツが顔を出したからお前で五人目だぞ。五人の変な紳士が集まった」


「やめろ、同類にするな……!」


「カトリナのドレスはオーダーしたから、あと何日かで仕上がる。ついでに、婚礼の前か後に俺とカトリナで式を挙げちまおうかと考えててな」


「おいおい、そういうのは国の国威発揚イベントとしてだな……」


「勇者のプライベートは国とは関係ないのだ。あと、魔道士ヨーゼフの工房を発見してな、あいつの幽霊から魔本を数千冊譲り受けた」


「おい……おい……! 国の一大財産じゃねえか!」


「数千冊のアクが強いインテリジェンスブックだぞ? そんなもん、ハジメーノ王国の手に負えるわけ無いだろう。あ、こっちのシルクハットにモノクルの男が魔本の代表。目録のカタローグね」


「どうも、お初にお目にかかります」


「うおおおお、勇者村にまた濃いのが増えてるなあ!」


「エンサーツさんも濃いですよね」


「エンサーツさんも濃いですねえ」


「ショート様、ここはエンサーツ様も招いてお茶をしましょう」


「いいなそれ。よしエンサーツこっちに来い。コルセンターは俺が招けば一人ずつなら引き寄せられるんだ。ちなみにお前が引き寄せようとしても魔力不足で無理だからな」


「そんな機能が!? や、やめろ! 俺はまだ仕事が……」


「ハハハ、五人の変な紳士で茶会をやったらすぐ帰すから」


「うおおーっ!」


 かくして、俺たち五人で肥料を眺めながら茶を飲むという展開になったのだった。



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