第79話 嫁の機嫌がここのところずっと良い

「嫁の機嫌がここのところずっと良いんだが」


「あんたね。元恋敵の事をあたしの前で嫁って言いながら、あたしに対して相談してくるのどんだけ鬼畜なのよ」


 教会である。

 俺とヒロイナがいる。


「いや、最近仲いいじゃねえか」


「そりゃそうよ。こんな辺境でいがみ合ってたら地獄になるでしょ……。あたしだって最低限の社会性はあるわけよ。そうやって必死にここに適応しようとね? ほら、ここ追い出されたら、あたしの居場所無いでしょ。え? 勇者パーティの一員だからあるだろうって? あのねえ、ゼロから人間関係作るのしんどいのよ……」


「語るなあ」


 相談に来たつもりが、すっかりヒロイナの愚痴を聞く集まりになってしまった。


「んで、うちの嫁の機嫌がここのところずっと良いんだが」


「最初に戻るんじゃないわよ!? つーか、分かってるでしょ」


「分かるって何がだ?」


「勇者様、お茶です!」


「お、サンキュー」


 リタがお茶を淹れてくれた。

 ずびずびと飲む。

 最近、茶は手前村から仕入れている。


 お陰で、勇者村で飲むお茶のクオリティは高いのだ。


「リタ、お茶の淹れ方はね……こう、こうして、こう」


「ヒロイナが茶の淹れ方に一家言あるのか」


「料理は壊滅的だけど、ごますりのためにお茶だけは淹れまくったのよ」


「せちがらい話をするなあ」


「で、うちの奥さんの話だけどさ」


「あー」


 顔をしかめてながらお茶を飲むヒロイナ。


「あのね、割とカトリナも気にしてたわけよ。近場で、赤ちゃんできてたでしょ? しかもショートとカトリナは種族違うじゃない」


「ほうほう」


「子ども欲しいなーって言ってたの聞いてなかった?」


「おお!!」


 腑に落ちた。


「俺とカトリナの愛の結晶ができたから機嫌が良くなっていたのか」


「オラア! 恋敵と愛の結晶とか言ってるんじゃぁない! ショート! あたしに彼氏を紹介しなさいっ!!」


「また言ってる。パワースとか」


「パワースはもう将来性ないでしょ……。いや、もう勇者村にいたら将来とか全然関係ないけど、あいつ、どの面下げてショートの前に出てこれると思うの……」


「俺は水に流してもいいんだが」


「それでホイホイとパワースが来たら、あたしは軽蔑するわねー。恥知らずか、自己保身至上主義すぎでしょ。それはあれよ。村で共同体を作っていくにはダメだわ」


「いいこと言うねえ。確かに俺が水に流せても、嘘をついたりして他人に不利益やるやつはダメだな。パワース失格!」


「パワース失格! あっはっはっはっは」


 ヒロイナ、酒入ってる?

 あ、シラフ?

 そう。


「やけくそよ。っていうかあんたがここに来た本当の理由もよく分かってるのよ。あれでしょ? 教会使うって言ったら」


「おう。俺とカトリナの式を挙げる」


「あー」


 この世の終わりみたいな声を出すなあ。


「あたしが、立ち会いやるんでしょ?」


「そりゃあ、村の司祭はヒロイナ一人だからな」


「うー」


 また、この世の終わりみたいな声を出したな。


「ヒロイナ司祭、よろしく、オナシャス!」


「頭下げてくるしー。やる、やるわよ。あたしの仕事、それだもんね……! ほら、ちびども! 初めての教会らしいお仕事よ! 村長夫妻の結婚式! オーケー!?」


「は、はいっ!! おーけー?」


 リタが首を傾げた。

 ああ、これはな、俺が勇者パーティで流行らせた地球の用語だ。

 巷の勇者フリークは知ってるんだが、手前村までは伝わってきてないか。


「いいならオーケー!って返すのよ」


「は、はい! おーけーです!!」


「で、ピアは?」


「お肉作りに行ってます」


「そう……」


「あ、そこには文句言わないんだな」


 ヒロイナとリタが深く頷いた。


「あの子のガッツのお陰でしょっちゅうお肉食べられてるでしょ……」


「ピア、すごいから」


 肉を作る力を持つ者は強いのだ。

 今日は、ブルストが狩ってきた猪を加工しているな。

 村の頭数も増えてきて、猪一頭ならば三日くらいで食べきってしまう。


 保存食にする余裕も無いな。

 食肉のために、猪を家畜化してもいいかも知れん。


「じゃ、あたしたちで準備しよっか。飾り作んなきゃだよ!」


「はいっ、司祭様!」


 二人にエンジンが掛かった。

 頼もしいことである。


 俺は爽やかな気持ちで教会を後にした。

 外では、ブルストとフックに手伝ってもらいながら、ピアが雄叫びを上げて猪を解体しているところである。


 頼もしいことである。

 食欲のために、肉を作る技術の習得に余念がない。

 食いしん坊、恐るべし。


「あ、勇者様、こんにちは!」


 振り返ったピアは、猪の血と脂でドロドロなのだが、大変よい笑顔を見せる。


「こんにちは。今日のお肉はどうだい」


「はい、えっと」


 ブルストとフックを見るピア。

 二人は、この小さくも将来性あふれる弟子に、力強く頷いてみせた。

 お肉の具合を自己判断し、俺に伝えていいという許可であろう。


「あの! モツがすっごく太ってる猪で、モツでシチューを作ったらすっごく美味しいとお思います!!」


「モツか!! 俺の得意分野だな」


 何を隠そう、モツの煮込みが俺の唯一のレパートリーだ。


「よし、結婚式の前祝いだ。俺がモツシチューを作ってやろう」


 シチューの大家であるカトリナには手伝ってもらうがな。


「結婚式だと!? ショート、ついにやってくれるか!」


 目をキラキラさせるブルスト。


「村長のシチューですか! うひゃあ、楽しみだなあ!」


 フックは主に食欲だな。

 いろいろな方面で腕が鳴る。

 結婚式も、モツシチューも、どっちも最高にしてやらなくちゃな。


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