第76話 赤ちゃんの気配

「あばうばー」


「赤ちゃんの気配を察してかビンがやって来たぞ」


 フックにあやされていたはずのビンが、はいはいしながら入り口からやって来る。


「どうしたどうした。もしやカトリナのお腹の赤ちゃんの気配を察してやって来たのか?」


 俺が抱き上げると、ビンが何やら、あぶあぶあばばと語りかけている。

 赤ちゃんができていたということで、ちょうど気が動転していた俺。

 ビンのいつも通り意味のわからない語りかけを見て、落ち着いてきた。


「……とりあえず、ドレスがゆったりタイプで良かったな」


「うん、そうだねー」


「あぶぶー」


 まだ呆然から醒めないカトリナに、ビンが手を伸ばしてぶんぶん振った。


「どうしたの、ビン~」


 ビンを受け取るミー。

 むぎゅむぎゅ抱きしめられて、ビンがごきげんになった。


「ぶぶぶ~」


「あら、この子ったらカトリナのお腹見てる。自分の仲間がいるって分かるのかな」


「ビンは不思議なパワーを持っているから分かるだろうな」


 ビンがホロホロ鳥を従えてはいはいしたり、念動力的なもので石ころをどかせたり、はいはいする先にあった草むらが真っ二つに割れて道ができたりするのは、勇者村の日常茶飯事である。


 まあまあ神の子だな。


「ひょっとしてビン……。お前、真っ先に祝福に駆けつけた……!?」


 ハッとする俺。

 普通の赤ちゃんならばありえない挙動である。

 だが、ビンはこの世界の現最高神が取り上げた赤ちゃん。


 普通に前代未聞の生まれ方をしている。

 俺のせいだけどな。


「ありがとう、ビン」


「そうなんだ!? ありがとうね、ビンちゃん」


「あぶばー!」


 どうやら本当にそうらしい。

 えっ、もしかして俺の子どもも神の子チックな凄いのになるんじゃないだろうな。

 おっと、今はそんなこと考えている場合ではなかった。


「カトリナ!! ありがとうっ!!」


 遅くなってしまったが、カトリナに全身全霊を込めてお礼を言う。

 大地が鳴動し、天が裂け、周囲の森から鳥たちが飛び立ち、獣が皆で咆哮を上げる。


「ありがとうはこっちこそだよ、ショート!」


 抱きついてきたカトリナを抱きとめる。

 彼女の中に、二人の愛の結晶が……!

 まさか俺が父親になれるとは思ってもいなかった。


 うん?

 赤ちゃんは生まれてからが勝負だと?

 この俺の、魔王を倒すほどの全能力を使って、安産させて見せるに決まっているだろう……!!


 俺が父としての決心をし、カトリナが俺に寄りかかってなんとなく楽をしている感じでいたところ。


「俺に何でも聞けよ……!」


 ブルストが満面の笑みで、俺とカトリナの肩を叩く。

 こ、これは、一人娘を一人前になるまで育て上げた先輩……!!


「ブルストはスローライフのみならず、父親においても俺の師匠になるのか……! よろしくお願いします師匠!」


「うむ!! だが、でかしたぞカトリナ! でかしたぞショート! 母さんもあの世で喜んでるだろうなあ。俺も頑張らなきゃな」


 その頑張るのは何を頑張るんだ。

 後ろでパメラがもじもじしてるから、カトリナの兄弟を作る方向性で頑張るのか……!?


 村人はまだまだどんどん増えそうだな……。


「なにーっ、ショートさんについに子どもが!?」


「あっ、フックまでやって来たぞ」


 スコールがすっかり止んでおり、ミーがビンを連れて、村中に俺の子どもが!というニュースを触れ回っていた。

 どんどん集まってくる。


「おめでとうございます!」


「おめでとー!」


 リタとピアが駆け寄って、カトリナのお腹をペタペタする。

 だが、まだ膨らんでないぞ。

 そこはカトリナの鍛え上げられた腹筋だ。


「ショートが一児の親ですか。感慨深いですね……」


「ブレイン!」


 ブレインは嬉しそうにうんうん、とうなずいている。

 人の吉事を自分のことのように喜べる男である。


「はいはい、おめでとう。あー、これで完全に望みが無くなったわ」


 げっそりしているヒロイナ。

 最初から望みは無いぞ……。


「卵はいつ生まれるんですか?」


「クロロック、人間は卵産まないからな?」


「そうでしたね。ハッハッハ、ワタシとしたことが」


 カエルジョークか!


「ホロホロー」


「トリマル! お前も俺に祝福を……!?」


 トリマルを抱き上げると、彼は翼を広げて見せた。

 これは多分、ホロホロ鳥の祝福のポーズ!!


 かくして、魔本を持ち帰ってきた騒ぎがどこへやら、俺とカトリナの赤ちゃんに関する話で、村はもちきりになったのだった。


 スコールが止んだところで、作業再開となった。

 赤ちゃんは大事だが、緊急事態ではない。

 しかし図書館は緊急度が高い。


 ブレインのねぐら確保のためである。

 作業は急ピッチで進められた。

 切り出してきた木材の皮をはぎ、ちょうどいい大きさに切断してガッツンガッツン組み合わせる。


 乾季になったら乾いて隙間が空き、いい感じで風が吹き込む。

 雨季になると膨らんで隙間がなくなり、水が入ってこなくなる。

 この村の建物はそういう構造だ。


 あとは仮の本棚を幾つか設置して……。


 暇だと、ずっとカトリナと赤ちゃんの話ばかりしてしまいそうになるので、没頭できる作業があるのはありがたい。

 勇者村の村長ショートは、自分の幸福だけを追求してはならないのだ。

 村人全員で幸せにならねばならん。


 まあ、手が届くような範囲に全ての建物がある勇者村だ。

 一番遠いクロロックの家だって、歩いて5分だしな。


 図書館の入り口からは、我が家が望める。

 よし、カトリナは今日も元気だ。

 お腹の中の赤ちゃんよ。すくすく育てよ……!

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