第75話 魔本と子どもたちの話

 アイテムボクースから何冊か魔本を取り出すと、ブレインが目をきらきらさせた。

 なぜか、隣にいるリタも目をきらきらさせている。


「こ……これが魔本なんだねー! ブレインさんにいっつも聞いてたの。自分からお話してくれる本なんだって」


「ほうほう、知的好奇心が豊かなのはいいことだ」


 俺はふんふん頷く。

 ブレインが微笑みながら、魔本を受け取る。


「彼女たちにも文字を教えているのですが、まだまだ難しい表記は読めませんからね。私の持っている本を読むというわけにはいかない。ですが、自ら語ってくれる魔本ならば別です」


「なるほどな。念のために、気性が穏やかな魔本を取り出しておいたが正解だったな」


 一冊は、千年前の薬草学に関する本。

 もう一冊は、とある大魔道士の旅行記の本だ。


「薬草学が勉強には役立つでしょうね。旅行記は娯楽かな」


『うむ、任せよ』


『我らもまた読まれる日が来たのだなあ』


 魔本たちがわいわいぺちゃくちゃと喋りだす。


「わあー、喋ったああ」


 リタがめちゃくちゃびっくりしている。

 ブレインから聞いていたんじゃないのか。


「魔本には疑似人格ってのが宿っていてな。魔法の術式を文章とともに書き込むから、結果的にこの本一冊が一つのゴーレムや魔法結界みたいになる。そして年を経ると人格を得ていくわけだ」


「ほええ」


 いかん、リタが理解してないぞ。


「ブレイン、頼む」


「はい、承知しました。いいですか、リタ。魔本は以前教えた通り、魔法がかかっている本です。そういうものは長く時間が経つと心が生まれるんです。彼らは、心を持った本なんですよ」


「へえー!! じゃあ、お話できるんだね。よろしくね、魔本さん!」


『おう、リタちゃんか! わしは薬草学大全!』


『わしは魔道士リディア旅行記! よろしくな!』


 ちなみに魔道士リディア旅行記については、異世界から流れ着いた魔本の疑いがあるが、人格も穏やかだしまあいいだろ。

 途中で、ハムを作る作業をしてたらしいピアが合流。

 なぜかまだ言葉も話せないビンまでやって来て、魔本朗読会が始まった。


 教会で朗読会!

 実にらしいじゃないか。


 ブレインはこれを微笑みながら見つめている。

 幸せそうである。


「ありがとうございます、ショート。私の理想の世界がここに広がっています」


「そうか、そりゃあ良かった。まだまだ本はあるから、声を掛けてくれよ。こいつら、読まれるのを待ってるからな」


「ええ、もちろんです」


 何冊かブレインに手渡した後、家に戻る。

 ちょうど、ブルストが休憩に来ていたところである。


「ブルスト、魔本をたくさん手に入れてきたんだがな。本の置き場というか図書館を作りたい」


「図書館か! 大きく出たな。だがこの環境じゃ、本はすぐ腐っちまうだろうに」


 高温多湿の勇者村である。

 腹を出して寝ていても風邪を引かないのは素晴らしいが、食べ物も服もすぐに痛む。

 なので、着るものは高温多湿がマシな地下収納庫に収めておくことになる。


「地下に作るか? 大規模は無理だぞ」


「いや、魔本自体が自己保存するから気を使わなくていい。多くの本を収めれば、勝手に図書館が高温多湿を弾くようになるだろう。どうだ、作れそうか? ちょっとでかめのログハウスがいいんだが」


「やってやれんことはない。それは、ブレインの家も兼ねるんだろう?」


「そうだ」


「なら、取り掛かるぜ。雨季だから作業はまともに進まねえけどな」


 そうだった。

 雨季の間は雨がひどいので、建築はなかなか難しい。

 建材も湿るし、雨季と乾季で家の寸法が変わってミシミシ言うんだ。


「じゃあひとまず、問題なさそうなところから作っていくか? ちょうど祭りで使った雨宿り所があるだろ」


 ブルストが指差すのは、丸太を組み合わせて作られた、壁のない東屋である。

 あれの屋根と柱を拡張していくのだな。


「よし、やるか。カトリナのドレスが完成するまで一週間あるんだ。その間に目鼻をつけてしまおう!」


「よし!」


 ということで、俺とブルストの共同作業である。

 家の方では、カトリナがいかにドレスの採寸を取られたかという話で、村の女子連中が盛り上がっている。

 うんうん、早くカトリナのドレスを見せてやりたいものだ。


 青と白のオーダーメイドドレス。

 実に楽しみだ。


 あ、俺も何か適当な礼服を着ればいいんだが、そんなものより勇者の服の方が格上なので、着慣れたあれでパーティには出るつもりだ。


 来週のことを考えながら、柱を何本か立て、屋根に板を並べ……。

 ここでスコールが来た。


「うわー」


「うおー」


 ブルストと二人、家に駆け込む。

 雨宿り所はちょうど、図書館への建て替えで屋根がスカスカになっていたのだ。


 びしょ濡れになって飛び込んできた俺たちに、女性陣が目を丸くしていた。

 そしてすぐに、乾いた布が差し出されてくるあたり流石である。


「やあありがとうありがとう」


 水気を拭っていると、俺の目の前でカトリナが妙な表情をしている。

 首を傾げつつ、心ここにあらず、といった様子。


「どうしたんだ?」


「うん、あのね。今朝からだったんだけど、なんだかお腹の調子がね?」


「お腹を壊した?」


「ううん、ご飯はいっぱい食べれたよ。ええとね、そうじゃなくて、お腹がむずむずするっていうか、うーん」


「ちょっとした体調不良なら、俺が回復魔法で治癒をだな……。いや、ここに本職がいるじゃん。おーい、ヒロイナ」


「何よ。あ、カトリナの調子が悪いってこと? え? 二人ともまだ気付いてないの? はー。ありえないわー」


 ヒロイナがわざとらしく肩をすくめ、ため息をついた。


「なんだなんだ」


「あのねえ……。カトリナね、妊娠してるわよこれ。おめでとうショート、お父さんね」


「な、なななななな」


「わわわわわわわ」


 俺とカトリナで大変な衝撃を受ける。

 そしてブルストもポカーンとして、ミーとパメラは満面の笑顔に。


「おめでとう!」


 祝福の言葉を受けながら、俺もカトリナも、頭が真っ白になったのだった。

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