第74話 勇者村に魔本来たる!

 許可をもらい、食堂のテラス部分をごっそり外した。

 留め具の部分と接着部分を、次元切断魔法スパーン(俺命名)で断ち切り、念動魔法で持ち上げたのである。


 なるほど、埋められてはいるが、濃厚な魔力の残滓を感じる。


「ショート? 何かあるの?」


「うむ。地下の入口だな。さっきの幽霊……魔道士ヨーゼフの工房だろう」


「工房? なにか作るところなの?」


「魔道士が個人個人で持っている研究所みたいなものだ。ちなみに俺たち勇者パーティも魔道士を仲間にしようとしたんだが、初期の頃は魔道士を雇える金が無くてな。有志でついてきたブレインが、気付いたら魔道士よりも優秀な賢者になってたので、魔道士を仲間にせずじまいだった」


「色々あったんだねえ……」


「そりゃあもう、な」


 念動魔法で土をどけると、そこには扉がある。

 固く施錠しているのだが、解錠魔法で簡単に開くぞ。

 魔法の罠も仕掛けられていたが、それは念動魔法で無理やり捻り潰す。


 気がつくと、俺の作業を、店にいた客や店員がこぞって野次馬していた。

 見ても何の参考にならないぞ。


 罠として仕掛けられていた、フロアイミテーターを丸めながら外に放り出して……。


『ウグワーッ』


「あ、まだ生きてやがる。えいっ」


『ウグワーッ!』


 よし、片付いた。

 何故か、野次馬が増えており、みんなでやんややんやと喝采してくる。

 ええい、見世物ではないぞ。


 カトリナを連れて、俺は地下扉をくぐっていった。

 魔法で光を生み出して灯す。


 これは、自動的に俺の頭上を旋回しながら周囲を索敵もする、スグレモノの光源魔法コバンザーメ(俺命名)だ。

 光らせるだけならライトの魔法でいいんだが、それじゃあ勿体ないと思って改造したんだよな。

 簡単な魔法だったから片手間でできた。


 さてさて、辺りは案外広いな。

 うん、店の地下からスタートし、この辺りの商業地区は、全て魔道士ヨーゼフの工房の上に建っているようなものだ。


 恐らく空間を歪めているから、あの扉を通じなければ工房まではやって来れない。

 

「ほ……ほええええええ」


 カトリナがふにゃふにゃな声を上げる。

 うんうん、気持ちは分かるぞ。


 この空間、見渡す限り本棚だもんな。

 さすが、魔道士ヨーゼフが人生を賭けて集めただけある。


 多分これ、1万冊近くあるぞ。

 この世界に存在する魔本の……恐らく半分がここにある。


「じゃあ、回収していこうか。おーい、魔本の諸君」


 俺は魔本に呼びかけた。

 魔本には、意思がある。

 中には高度な知性すら持っているものもあるのだ。


「諸君を回収していくぞ」


『なんだ貴様は』


『小童風情が』


『ヨーゼフは来んのか』


「ヨーゼフは随分前に寿命で死んだ」


 俺が伝えると、魔本たちがガッカリした空気が伝わってきた。

 なんだかんだで、魔道士ヨーゼフは魔本に好かれてたようだな。


「だが安心しろ。俺が諸君を新しい場所に連れて行ってやる。だが、諸君はそこで、もうちょっといろいろな人に読まれやすいようにする必要がある」


 俺の言葉を聞いて、魔本たちが怒り出した。


『なんだと!! 素養もない人間に何故読まれねばならん!!』


『何様だ小僧!! わしを第七魔神経典と知っての……』


『身の程を分からせてやろう!! 呪いで永遠に無限の書庫を彷徨うがいい!!』


「ショート、なんだか怒ってるみたいだけど」


「昔はこのノリで良かったんだろうけどな。時代が違う、時代が。ほい、エクスラグナロクカリバー、抜刀」


『ウグワーッ!!』


 魔本たちが全員悲鳴をあげた。

 エクスラグナロクカリバーは、鍛冶神がその肉体を変えた聖剣である。

 つまり、神そのものと言える。


 いかに魔本が強くても、神様の前じゃそんな大したものではないのだ。


「分かったかね……。そして俺自身の魔力も1%だけ展開してやろう。はあーっ」


『ウ、ウグワーッ!? なんという超絶魔力!! こ、これはまさか、異界から来るという魔王のそれ……!』


「その魔王を倒したのが俺だ……」


『えっ、倒した……!?』


 魔本たちから、俺にリスペクトの視線が注がれる。

 魔本は嘘を見抜く。

 彼らは俺が、何一つ嘘を言っていない事をすぐに理解した。


『ごめんなさい』


『いう事を聞くので剣でバッサリはやめてください死んでしまいます』


『神剣を自在に振り回す人が来るとか、たまげたなあ……』


 わいわい言いながら、魔本は次々に、俺のアイテムボクースに飛び込んでいった。

 話が早い。


「何か凄いことをしてる気がするんだけど、ショートといると感覚が麻痺するなあ」


「考えなくていいぞ。こっちは俺の専門分野というだけだ。魔道の世界と、世界を賭けて外宇宙から来る魔王たちと戦うのは俺の仕事。だが、俺一人じゃスローライフできないだろ」


「あー。そう言えば、最初は生水飲んでお腹こわしてたもんね」


「そういうことだ。若い魔王よりも、生水の方がよっぽど怖い」


 俺はカトリナと笑い合うと、魔本を全て回収し終えた。

 すると、ヨーゼフの工房が少しずつ崩れ出すではないか。


 役割を終えて、風化し始めているのだ。

 この工房は、主であるヨーゼフがいなくなった後も、魔本の魔力によって支えられていたのだろう。


「よし、外に出るぞカトリナ。この本をブレインに届けてやらないとな」


「うん! でも、これだけたくさんの本を収められる建物なんて……作れるかなあ……」


「最初は数十冊収めるくらいでいいだろ。ブレイン喜ぶぞ」


 崩れ落ち、消滅していく工房を後にして、俺とカトリナは勇者村に帰還した。

 もちろん。

 ブレインは大喜びだった。あいつが文字通り跳び上がって喜ぶの初めて見たなあ……。

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