第73話 古い屋敷の蔵書の話

 カトリナの寸法を測り終えた後、せっかくなので王都をぶらついて帰ることにした。

 野良着ではよろしくないので、さっきの仕立て屋でカトリナ用のよそ行きの服を買った。

 ゆったりしているので、ワガママボディのカトリナでもバッチリだぞ。


「この服いいねえ。動いても突っ張らない!」


「今後は多種族のお客様も増えると考えると、様々な種族に合う服を作るのも大事になってきそうですね……」


 仕立て屋の店主が、唸っていた。

 先見の明がある。


 俺がカトリナを妻にした以上、世の中の異種族への見方は大きく変わるぞ。

 こういうの、時代のリーダーとか有名人が行動することで、大衆の価値観とか変わってくものだからな。


 街を歩くと、大変俺が注目される。

 それはつまりカトリナも注目されるのだ。


「ひええええ、見られてるんだけど。この服、似合ってないかなあ」


「似合ってるに決まってるだろ。カトリナが着て服のほうが似合わないなんてことがある訳ない」


「そ、そお……? そうかなー、うふふ」


 二人で並んで、ウインドウショッピングなどしたりする。

 店で買物をしてもいいんだが、これはあれだ。

 南国に持っていくと大体が腐ってなくなるからな。


 悲しいが見てるだけで済ませねばならん。

 そう言えば、ブレインも本がもっと欲しいと言っていたな。 


 ただの本でも、ブレインの保存魔法をエンチャントすれば長持ちする。

 だが、数があるとその分だけ、維持が大変になるのだ。

 エンチャントは何ヶ月かごとに掛け直しだからな。


 本自体に保存の魔法が掛かっているような魔本があれば……。

 レアだよな、やっぱり。


 街歩きを楽しんだ後、適当な店に入って飯を食うことにした。

 雨季なんて存在しない王都は、快晴である。

 秋に差し掛かっているようで、風が少しずつ冷たくなってきている。


 せっかくなので、テラス席を選んだ。

 冬になればここを使ったりしなくなるからな。


「お客様、その、テラスは封鎖してまして」


「えっ、なんで?」


「実は、その、テラスに出るんですよ」


 店員が恐る恐る、と言う感じで言う。

 ほう、出る。


 だが、アンデッド程度は怖くもなんともないぞ。

 俺、伊達に不死王とか倒してないからな。


「大丈夫だ。俺は勇者ショートなので」


「おお……! 退治して下さいますか!」


「ああ、相手が悪いやつだったらな」


 ということで、安請け合いした俺。

 テラス席に出てみると、なるほど……いる。


 ぼんやりとした、老人の輪郭だけがそこにあるように見える。


「ショート、なんだか私、あそこに透けてるおじいちゃんが見えるんだけど」


「そうそう。どれどれ、霊視魔法オワカリイタダケタダロウカ(俺命名)!!」


 俺が魔法を使うと、老人の姿がクッキリした。


『おお、なんかわしの姿がはっきりしてる!! しかも魔力が漲っているぞ!』


「今にもあんたが消えそうだったのでな。ちょっと魔力を足して、意識をはっきりさせてやった。どうだ、ちゃんと物を考えられるか?」


 俺が問うと、老人は振り返った。


『おお……分かりますぞ。この魔道士ヨーゼフには、あなた様が魔道の神にも等しいお方であることが分かります』


「ヨーゼフと言うと……聞いたことがあるな。もしや、ハジメーノ王国の魔法技術に多大なる貢献をしたという?」


『昔の話です。わしは一生を魔道に捧げ、道半ばで死にました。その道は、わしの教えを受け継ぐ者たちがまさに、探求しているさなかです。あなた様は、恐らくたった一人で、魔道の究極まで至られたお方……。教えてくだされ。あなた様が道を極めるために、わしの研究は役立ちましたかな』


「全部独学だ」


『ウグワーッ!』


 老人の幽霊がぶっ倒れて、のたうち回った。


「ショート、なんか大変なことになってるんだけど!?」


「自分が歩いてきた道のりと全く関係ないところで、魔法を極めた奴がいるのでめっちゃショックを受けてるんだ」


 幽霊は精神状態がそのまんま存在する力に関係するからな。

 ヨーゼフ、大ダメージだ。


『はあ、はあ……! で、では、わしがやって来たことは全くの無駄……!?』


「落ち着けヨーゼフ。俺は独自に道を極めた。結果、全く、どこも、これっぽっちもお前が推し進めた魔法の技術には関係してない。世間はちゃんとお前に感謝しながら前に進んでいる」


『おお……ありがたいことです……。それが知りたかった……。そして、わしはもう一つ心残りがあって、屋敷の跡にこうしておるのです。今までは誰もわしに気付かなかったのですが、先日死者を活性化させる魔法の気配がフシナル公国でしまして』


「あー、フシナル公爵のあれね。あれの余波でパワーアップしたんだな」


『はあ、世間ではそんなことが? それよりも、わしは、わしの蔵書が心配なのです。その全てが魔本であり、わしが人生を賭けて集めたコレクションの数々……。しかし、わしが死んだ今、あれらの本は誰にも読まれずに悠久の時を過ごすかと思うと……』


「ほう、魔本か! ヨーゼフ、それらは、南国の湿気でもダメにならないのか?」


『もちろんです。魔本ですから』


「では、俺がその蔵書を受け継ぐというのはどうだ」


『なんと!! わしの魔本を!? あれは中途半端な能力しか持たぬものが読めば、取り込まれてしまうという本で……あ、あなた様には余裕ですな。そもそも魔本すらいらないのでは、と思いますが、いいでしょう』


「あっさり決まったねえ」


 カトリナが拍子抜けした。

 ヨーゼフからすると、俺は遺産の蔵書を預けるに足る絶好の相手なのだろう。

 何せ、魔本を管理して誰にも渡さないし、悪用するまでもなく、俺のほうが魔本に刻まれた全ての魔法や禁呪よりもずっと強い。


 この魔本は、ブレインの無聊を慰める読み物として、そしてそのうち教育して、一般人にも読めるようにするために俺が引き取るのだ。


『ではあなた様に託しましょう、名も知らぬお方よ』


「俺はショート。勇者村の村長ショートだ」


『ショート! 魔道を極めしもの、魔法の道の最果てに立つ者ショートよ』


「今までで一番かっこいい呼び名が来たな!!」


 俺はびっくりした。


『全ての魔本を、あなた様に託しましょう。おお……これでわしの心残りも晴れた……。これで再び、わしの命は星の流れる命の流れライフストリームの中に……』


 そう呟きながら、ヨーゼフは消えていった。

 その後に、コロリと金色に光るものが転がっている。


 鍵だ。

 これが、ヨーゼフの蔵書へ至る鍵なのだろう。


 お前の魔本は、俺がちゃんと引き取ろうじゃないか。


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