第61話 皇子の仕上がり具合をご覧いただこう

「せっかく魔王を倒して、世界でだんだん失ってた体力みたいなのを回復させようって時にな。わざわざ悪者見つけて叩いて、世界的な戦争なんざ起こさせようとするのはアホの所業だ。もうちょっと世界に体力が戻ったらやればいいんだ」


 昼飯が終わって俺が奮然と言ったので、ハナメデル皇子が目をぱちくりとさせた。


「ああ、昼食前にショートが行ってきたっていう、新聞退治だね? そうだね、実際には戦わない人間が戦う人間を焚きつけるんだよね。帝国では、そういうものは全て排除して、国家直轄にしたよ」


「行動が早い」


「ハジメーノ王国でも、今は情報に制限を掛けているわね。中途半端で断片的な情報なんか毒にしかならないものね」


「確かになあ。ただ、俺が知る限りの真実を転送したら奴らはとても悶え苦しんでたなあ」


 俺がうんうん頷く。

 俺とトラッピアとハナメデルの三人で、政治的な話をしているので、カトリナが口をもごもごさせながら入ってこれないでいる。


「はい、難しい話は終わりです……! おおーカトリナ、マイハニー。なんだい」


「ショートにお疲れ様って言いたかったの。お疲れ様、ショート!」


「ありがとう!! うーん、やっぱりカトリナは最高だな……」


「うふふ、うふふふふ」


 俺と彼女のやり取りを見て、トラッピアがげんなりした。


「ほんっと目の毒だわ……。それでハナメデル殿下。どうなの?」


 どう、とは、ハナメデル皇子の仕上がり具合について聞かれているのだ。

 皇子はにこやかな笑顔を見せた。

 彼の肌は、驚くべきことに小麦色に焼けている。


 つまり、外での作業を継続的にできるくらい体力がついたのだ。


「僕はね、一人でも肥溜めをかき混ぜられるようになったんだ」


「な、なんですって!?」


 トラッピアがめちゃくちゃ驚いた。

 こいつがここまで驚くのは初めて見た気がする。

 ……いや、よく見るな。


「あの病弱だったハナメデルが、肥溜めを……?」


「見に来てみるかい? とは言っても、乾季の終わりだからもうカチコチになってるけど」


「へえ、見せてもらおうじゃない」


「肥溜めを見に行くのですね。ワタシも行きましょう」


「クロロック!」


 ということでクロロックもやって来た。

 そもそも、肥溜め、肥料と言えばクロロックなのだ。

 この男抜きにして肥溜めは語れない。


 さまざまな素材を放り込み、ゆっくりと発酵させていた肥溜めからは、もう臭いが漂ってこない。

 雨季の間に、少しずつ畑に撒いて土を作っていくのだそうだ。


 そして半分は、苗などを植えてから足していく。

 その間に、新しい肥溜めを作り、そこで肥料をじっくり育てていくと。


「南国では、一年中が肥料を作る期間です。素晴らしい実りが期待できるでしょう。全て我々の活躍に掛かっているのです」


「とってもやりがいがあるんだ!」


 ハナメデルが誇らしげに胸を張る。

 彼は手にした棒で、カチカチの肥溜めの表面を叩いた。

 パリッと割れると、よく発酵した中身が見える。


 これを柄杓で掬うのだ。


「うん、よく仕上がってる。見てみてよ」


「近づけないで!?」


 すごい勢いで跳び下がったトラッピア。

 機敏だ。


「でも、ハナメデルが見違えるほど健康になったのは分かったわ。これならわたしの職務をサポートできるでしょうね」


「ということは、僕を迎えに……?」


「ええ」


 トラッピアが手を差し出し、ハナメデルがその手を取る。


 美男美女が演じるこの光景は、実に絵になる。

 場所が肥溜めの前でなければ。


「肥溜めが繋いだ絆ですね」


「違うわよ!?」


 クロロックの言葉を、むきになって否定するトラッピアなのだった。




 短い期間だったが、ハナメデルが旅立つことになった。

 彼はこれから、ハジメーノ王国の王配となり、トラッピアの仕事を補佐していくことになる。

 女王、王配ともに優秀だからな。これからのハジメーノ王国は強くなる。


「誰かさんが素直にわたしの横にいてくれれば、回り道をしないで済んだのだけど」


「もう政治とかに関わるの嫌なのでな。今回みたいに力で解決するほうが楽でいい……」


 俺のバーバリアン思考に、ハナメデルが笑った。


「ショートらしい。じゃあ、皆さんお世話になりました。今度、王都にも遊びに来て下さい。歓迎します」


「おう! 良い若者だなあ」


 ブルストが感心している。

 今度、ブルストを連れて王都に行くのもいいな。

 このおっさんは勇者村に籠もって働き詰めだからな。


「あーん皇子様かえっちゃう」


「またねえー」


 リタとピアが、去りゆく馬車に向かってぶんぶんと手をふる。

 すっかりハナメデルに懐いたな。

 あの皇子、見た目も中身もイケメンだからな。


 後ろで、ヒロイナが大変に難しい顔をしていた。


「正直、殿下がうちの洗濯物を畳んでるのを見た時はどうしようかと思ったけど……いなくなるといなくなったで寂しいのよねえ……」


「ヒロイナはいい加減、家事を覚えるべきではないか」


「失礼ね! あたしだって洗濯がちょっとできるようになったんだから!」


「そうそう、司祭様ちょっぴりずつやれるようになってるよね!」


「まだ力入れすぎて服を破いちゃうけどねえ」


 ああ、それでヒロイナの今の服、肩のあたりに継ぎ接ぎを当ててるのか。

 だが、ちょっとずつ成長しているようで何より。


「よーし、それじゃあみんな、雨季の準備に入ろう。雨が凄いらしいからな! あと、虫が出るぞ! 虫対策もする!」


 俺の宣言に、おーっと村のみんなが応える。

 新たな季節の到来に、また忙しくなってくるのだ。

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