第50話 なんかついて来た

 荷物を買い込み、ブレイン用に読みごたえのありそうな旅行記や文学書を3冊ばかり買い込み(これが一番高かった)、いよいよ帰ることになった。


「ハナメデル皇子をショートが鍛えてくれるなら悪くないわね」


「それは遠回しに俺に婿を強化しろと言っている?」


「ショート、多分トラッピアさん、直接言ってるよ」


 カトリナの言葉に、トラッピアが頷いた。ちょっと仲良くなった?

 近々、ハナメデル皇子をスローライフ人ショートのブートキャンプにご案内せねばならんようだ。


「勇者を引退したってのに、ほんとお前はいつまでも忙しいな」


「エンサーツだって忙しいだろ。お互い様だよ。俺はこっちの世界に来て悟ったんだが、仕事は仕事があるやつのところにしか来ない……。不公平にできてるのだ」


「全くだ」


 俺とエンサーツで、ワハハ、とやけくそになって笑う。

 これでは本格的に引退できるのはいつになることか。


 俺は辛うじて、勇者村という辺鄙なところに引きこもっているから比較的自由でいられるだけである。

 それでも、国が戦争に巻き込まれそうになったら出てこなきゃならなくなるしな。


「ショート」


 後ろから声がかかった。

 ヒロイナである。


「な、なんだね」


 俺はスッと距離を取る。


「連れて行って」


「はい?」


「あたしを! 勇者村に! 連れてって!!」


「な、な、なにぃぃぃ!」


 何を考えているんだこの女はーっ!!

 俺は戦慄した。


 俺とパワースと言う二人の人生を大きく狂わせたのみならず、自分の人生まで狂わせる怪しいパワーを持つやつである。

 こんなものを勇者村に連れて行っては……!


「ふーん」


 カトリナが目を細めている。


「向こうなら、私からショートを取れると思ってたりする?」


「うっ」


 カトリナ強い。

 トラッピアが初めて勇者村に来た時よりも、遥かに余裕があるぞ。

 まだ式は挙げていないが、名実ともに俺の奥さんになったという自信から来る余裕であろう。


 それに俺はカトリナが超絶大好きなので、絶対浮気しないぞ。


「むっ、村ができたなら、教会くらいあったほうがいいでしょ! あたし、一応司祭なんだからね」


「おお、そう言えば」


 ヒロイナは、ハジメーノ王国で広く信じられている、ユイーツ神教の司祭なのだった。

 世界のあちこちにいろいろな教えがあるが、ハジメーノ王国やトナリノ王国などはこのユイーツ神教だな。

 神様が一人しかいないので分かりやすい宗教だ。


 表向きは一人なんだよ、表向きはな。


「確かに村が大きくなれば教会はあったほうがいいし、教会ができるまでは一部屋空いてるから泊めてやれるな」


「そう言えばそうだねえ。ショートは私と一緒の部屋だもんね」


 カトリナの何気ない言葉で、トラッピアとヒロイナがまたダメージを受けたようだ。

 だって事実だもんな……!


「このように、君にダメージを与える状況がすぐ近くにあるが、本当に来るかね……」


 俺はカトリナという後ろ盾を得たので、ブッダの如き余裕を持ってヒロイナに相対した。


「い、行くに決まってるでしょ!! 王都にいたって、ここ年功序列の権威主義だから、あたしの仕事は見た目を活かした若い男の信者を動員するようなのしかないの!」


「元勇者パーティだというのに大変だなあ」


 俺はちょっと同情した。

 うちのパーティ、全員ろくな目に遭ってないじゃん。


 ヒロイナ的には、好きでもない男たちにわあわあ持ち上げられても、空虚な気持ちらしい。

 だが、勇者村に行ってもある意味地獄では無いかと思うんだがなあ。


「カトリナ、どう?」


「いいと思うよ」


 さらりと許可が降りてきた。


「ではヒロイナも連れていくことにする。だが気をつけろ。洒落にならんくらい辺境だぞ。何せ貨幣経済が無いからな」


「えっ!?」


 ヒロイナが考えていた以上の辺境だったようだ。

 彼女が一瞬硬直する。

 そんなヒロイナをアイテムボクースに放り込む。


「ウグワー!」


 これで持ち帰り準備完了だ。


「ヒロイナに対しては、雑に扱うわね……」


 トラッピアに言われて、俺は肩をすくめた。


「カトリナ以外の女性をお姫様抱っこするわけには行かないだろ」


「ぬぐぐ、絆が強い……」


「まあ、カトリナちゃんはショートをいろんな意味で助けてくれたからな。分かるぜ、俺は分かる」


「分かってくれるかエンサーツ!!」


 俺とスキンヘッドなおっさんの二人で、ワハハハ、と笑いながら互いの肩をばしばし叩く。


「じゃあな、エンサーツ! たまにはまた遊びに来いよ! トラッピア、皇子はそのうち迎えに行って鍛え直す。ハナメデルとの縁談は進める方向で?」


「選択肢がそれだけになりそうだもの」


 盛大にため息をつくトラッピア。

 この辺り、こいつは大人だ。

 早急に俺を諦めていただきたい。


 かくして、王都を後にする。

 カトリナを抱っこして、バビュンと飛ぶのだ。


 夕方頃には、勇者村に到着した。


「ホロホロー!」


 また外に出てきていたトリマルがお出迎えしてくれる。


「ホロロ」


「なんだトリマル。俺のアイテムボクースから変なにおいでもするか。正解だ。出てこいー」


 ポイッとヒロイナを、アイテムボクースから取り出す。


「ワー!」


 ウグワーを言い掛けてたのか。

 スタッと勇者村の地面に降り立ったヒロイナ。


「……ここは?」


「勇者村だ」


「建物が二つしか無いんだけど……!」


「俺たちの家と新婚夫婦の家だな。ちょっと離れて川べりにカエルの家がある」


「カエルって何!! 明かりとか全然無いんだけど!!」


「山奥の出来たての村に明かりがあるわけ無いだろう」


「そっ、想像を遥かに超える辺境!!」


 ちょっと森の奥に入ると、ジャバウォックとか出てくるからな。

 凄い辺境であることに違いはないぞ!


 俺たちの到着に気付いて、村人たちも集まってきた。


 司祭の登場に、ブルストは村が充実していくと満足げに頷き、フックとミー夫妻は礼拝ができると喜んでいた。

 最後に来たのは、クロロックとブレインである。


「ブレイン、あんたこんなところに……くっさ! くさーいっ!!」


 鼻をつまんで叫ぶヒロイナ。

 これに対して、クロロックがクロクローと喉を鳴らした。


「我々は肥料を作るという崇高な仕事をしているのです。これは誇りの匂いです」


 におい、のニュアンスが明らかにいい方の匂いだったな。

 決して臭いにおい、ではないのだ。


「肥料って、あんた、こんな臭いの……」


「クロロック。ヒロイナも明日から肥料を作らせましょう」


「いいですね。ともに肥溜めをかき混ぜましょう」


「な、な、なに言ってんのよあんたたち!? ちょっとショート!」


 ヒロイナが必死の形相で振り返ったので、俺は笑顔でサムズ・アップした。


「い、いやああああああ! 肥溜めはいやあああ!!」


 日暮れの勇者村に、新たな仲間、司祭の悲鳴が響き渡るのだった。



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