第49話 女王の縁談の話

 王都の市場は大変賑わっている。

 そこに女王が現れたので、誰もが騒然となった。


 エンサーツが、トラッピアを入口あたりで押し止める。


「陛下、民が怯えますのでこの辺りのベンチにいてください」


「失敬ねえ」


「城内クーデターを起こして前王を幽閉し、彼に従う派閥を粛清した苛烈な女王は普通に怖いものだと思いますがな」


「そりゃ怖い」


 初めて詳しい事情を聞いて、俺はドン引きした。

 そんなとんでもないことやってたのか。

 いや、お陰でハジメーノ王国は滅亡を免れたわけだが。


「それじゃあ、顔から布でもかぶればいいでしょ。ちょっとお前、この布を買うわ。はい、金貨」


「うひぃぃぃありがとうございますぅ」


 店主が腰を抜かした。

 1万ゴールド金貨!?

 一枚あれば店の布がほとんど買えるじゃん。


 トラッピアは適当な布を頭から被って、スカーフにした。


「これで問題ないでしょ」


「そこまでしてショートのお買い物についてきたいの?」


 カトリナの素朴な疑問に、トラッピアは当然、と応じる。


「ストレス解消なのよ。私の隣に彼がいれば一番なのだけど」


「それはだーめ」


 鉄壁のカトリナが許さない。

 ヒロイナはさっきから、俺に近づくチャンスを伺ってチョロチョロしている。

 だが、カトリナガードがそれを通さないのだ。


 かくして、俺たちは赤ちゃん用品を売っているお店へ。


「うおっ、赤ちゃん用品だけで何店舗もある!!」


「王都は今、ベビーブームなの。魔王が倒されて平和な時代が来たでしょ。安心して子どもを産んで育てられるってね」


「乗るしか無いわ、このビッグウェーブに! だからショート!」


「だめー! ふんっ!」


 飛びかかろうとするヒロイナを、空中で受け止めるカトリナ。

 そして、堂に入った動きでヒロイナをボディスラムした。


「ウグワー!」


 うーむ!

 プラチナブロンドの美少女があげてはならぬ悲鳴だな!


「正直、わたしもいつまでもショートに関わっていられなくなりそうなのよね。女王にならなければ国がなくなるというところだったから、勢いで女王になったけれど……。王配は間違いなく必要になるわ」


「ほう……それで俺を」


 ヒロイナを倒したカトリナは、安心して赤ちゃん用品を選んでいる。

 おむつ用の布はたっぷり買い込み、ベビーベッド用の大きなカゴや、おしゃぶりなどを吟味しているようだ。

 その目は真剣そのもの。将来的に俺たちも必要になるしな。


 カトリナをチラチラ見ていた俺。

 彼女が振り返り、


「ちょっとこっちで色々選んでいくから、ショートはゆっくりしてていいよ」


 自由行動の許しをもらった。

 市場のフードコートみたいなところでまったりすることにする。


 そこで、エンサーツとトラッピアとテーブルを囲む。

 横のベンチでは、白目を剥いたヒロイナを転がしてある。


「王配というのが、女王の夫であることは知ってるわね?」


「今初めて知りました」


 トラッピアが頭を抱えた。

 代わって、エンサーツが説明を始めた。


「いいかショート。陛下はな、一人でも別に問題はねえ。だが、何らかの力やコネを持った夫を迎えることで、国家運営が楽になるんだ。例えば、魔王を倒した英雄を夫に迎えれば、その代の間はハジメーノ王国を攻めようっていうバカは出てこない」


「ほうほう」


「つまりお前だよ」


「俺か!!」


「お前が王配になると、その武力で周囲の国は一切手出しができなくなる。力で黙らせるわけだ。今回の戦争みたいにな」


「あ、そうだそうだ。戦争はもう大丈夫そうなのか?」


 俺の問いに、トラッピアが顔を上げた。


「各国にスパイを放ってるのだけど、あの怪しい新聞はまだ出続けているみたいね。ただ同時に、勇者がハジメーノ王国を守るために立ち塞がったという情報も出回っている……というか、わたしが広めさせたわ。あなた、本当に世界中でたくさんの人を救ったのね。お陰で、あの勇者様が味方をするなら、ハジメーノ王国を攻めるべきではない、という声が大きくなってきているわ」


「ははあ、俺も捨てたもんじゃないな」


 全然実感はないが。


「そうよ。だから、わたしがあなたを求めるのは、わたしの好みが半分、実利が半分。それなりに理由はあるの。それをさっさと身を固めちゃって……。勇者じゃなければ無理やり引き剥がしたりもできるけど、勇者にそれをやったら世界ごと滅ぼされてしまうわ」


「世界を滅ぼすとか人聞きが悪いな、ハハハ」


 俺は笑った。

 だが、トラッピアとエンサーツは引きつり笑いを返すだけだ。

 そ、そんな目で俺を見ていたのか!


 俺は危なくないぞー。


「まあ、ショートを王配にするのもいいところ半分、悪いところ半分だな。ショートが寿命で死んだ後、力で押さえつけられていた各国が暴れだすかも知れない。お前という個人に安全保障を任せると、そういう危機があるんだな。だから、陛下の選択肢がもう一つある」


「ほうー」


「ここからはわたしが説明するわ。わたしにね、縁談が来ているの」


「ほう!」


「グンジツヨイ帝国からよ」


「グンジツヨイ帝国!」


 グンジツヨイ帝国とは、人間の国家でありながら、魔王と真っ向から戦い続けた大変あっぱれな帝国だ。

 そりゃあ凄まじい被害を出しはしたが、お陰で戦後の今も、各国から相応のリスペクトを受けている。

 国力はガクンと落ちたはずだが、魔王軍との戦いで磨き上げられた軍隊の強さは世界最強だろう。


 そこがトラッピアに縁談を持ってくるとは。


「正直、気乗りしないのよね。そこの第二皇子、ハナメデルがわたしの相手なのだけど」


「あーあー、知ってる。会った。めっちゃくちゃ優しそうで線の細いやつだったな」


「ショート、お前ほんとに世界中に知り合いがいるのな」


 エンサーツが感心する。


「この国と、グンジツヨイ帝国が同盟を結べれば安全になるわね。わたしが子どもを産めば、それが二国をつなぐ存在になるわ。長く平和を保つならこれなのだけれど」


 そこまで言って、トラッピアがぐたーっとテーブルに伸びた。


「やる気にならないのよねえー」


 なるほど、これは大問題である。

 国を守り、俺の身の安全を保証するためには、グンジツヨイ帝国のハナメデル皇子にトラッピアと結婚してもらわねばならん。


 これは、俺が一肌脱ぐ時が来たようだな!

 この縁談、成立させてみせる!


「ショートー! 荷物持つから手伝ってー!」


「はーい!」


 おっと、カトリナがお呼びである。

 詳しいことは後で考えるとしよう。



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