第51話 教会を建てる前に肥溜めを混ぜろ

「よし、それじゃあ教会を建てるか」


「やったー!!」


 ブルストの提案に、ヒロイナが大喜びで跳び上がった。

 ついに勇者村にも、宗教的施設ができるのだ。

 これは大変良いことである。


 現代日本だと、そこまで宗教的施設を重要視することはないが、この世界ワールディアにおいては、宗教はとても大事だ。

 その前に、ユイーツ神の話をしよう。


 ユイーツ神は唯一の神様だと言われているが、実際の神様は唯一神ではないので、ユイーツ神教は間違いである。

 ……と言うと、身も蓋もない。


 もともと、人間にわかりやすいように唯一神ということにして、神様が交代交代でユイーツ神を担当していたのだ。

 そのうちの大半の神様が魔王に倒されたので、今はほぼ権能がない地方神とかが、ユイーツ神を代行している。


 教会で祈ると、代行している地方神がもりもり元気になるので、みんな祈ってやって欲しい。

 今度顔を見に行ってやろう。


「教会を建てるとなると設計図が必要ですね。ブルストさん、教会には詳しいですか」


「さっぱり分からん」


 ブレインの問いに、ブルストが首を横に振った。

 ヒロイナが悲しそうな鳴き声を上げる。


「そ、それじゃあ教会が建たないじゃないのよー……! いつまでも隣の部屋でショートとあの女がイチャイチャらぶらぶしてるのを聞かされるのは地獄なのよー」


「だから地獄だと言ったじゃないか」


「ワンチャンあると思って……」


 ない。


 俺はものすごく愛妻家なのだ。

 第一、教会を作るのも、この間ブルストが「はー、カトリナの結婚式が見たいなー」って言ってたから作るんだぞ、これ。絶対そうだ。


「ということで、私が設計図を作ります。この規模の村で、資材も限られていますから簡易なものになりますが、今日中には描けます。明日から取りかかれますよ」


「うーむ、ブレイン有能……。この男を干していたハジメーノ王国無能」


 俺はしみじみと思う。

 こいつは万能の天才というやつで、まずワールディアで一般に知られている魔法はすべて使える。

 学問系の知識は広く浅く押さえていて、乗馬に登攀、持久走や水泳、果ては武器全般も扱えて、さらには絵も描くし彫刻も作るし焼き物もする。


 建築もその一環なんだろうが、多分司書をやってて時間ができたから、勉強したんだろうなあ。


「助かるぜ! じゃあこっちで仕事だ」


「ええ。司祭の居住スペースなども考えないといけないですからね」


 ブルストとブレインの二人が、家の中に入っていった。

 後にヒロイナが続こうとするので、俺は彼女の襟首を掴んだ。


「グエー! 何をするのよ!」


「ヒロイナ……。ブレインが設計に掛かりきりになるということは、勇者村の仕事に欠員が出るということなのだ」


「だ、だからなによ」


「クロロック」


「なるほど、ようやく彼女が肥溜めをかき混ぜるのですね」


 名を呼ぶと、ノータイムでカエル氏がやって来た。

 ヒロイナの顔がひきつる。


「い、いやああああああ!? 肥溜めはいやあああ! 肥溜めのない都会にせっかく出てきたと思ったのに、なんでまた肥溜めをかき混ぜることになるのよおおお!!」


 どうやら彼女の出身は、肥溜めがある田舎だったらしい。


「だったらあの女にやらせなさいよ! なんであたしがー!」


 カトリナを指差すヒロイナだが、何を言っているんだこいつは。

 カトリナはみんなのご飯を担当してくれているじゃないか……!


「ヒロイナがカトリナ並に美味しいご飯を用意できるならそれもいい」


「うっ」


 家事全般だめなヒロイナがショックを受ける。

 こいつは、可愛さだけで世の中を渡ってきた系の女子である。

 自活能力は大変低い。


「ではクロロック、ヒロイナを頼むぞ」


「頼まれました」


 クロロックは喉をクロクローと鳴らした。

 嫌がるヒロイナだが、勇者村の仕事で、嫌だからやらないという選択肢はない。


 しばらくすると、肥料作成所の方でヒロイナの悲痛な鳴き声が聞こえてきた。

 くさいくさいと言ってるな。


 気持ちは分かる。


「さて、ブルストが建築に掛かりきりになるなら、俺はフックと一緒に畑仕事だな。よろしく!」


「よろしくだぜショートさん!」


 フックと二人で、綿花の畑の雑草抜きをしたり、新しい畑の土を掘り返して柔らかくしたりする。

 新しい畑には野菜を植えるのだ。


 作業に熱中すること数時間。


「ホロホロホロ!」


「どうしたトリマル」


 トリマルが呼びに来た。

 鳥舎で何かあったようだ。


「行って来なよショートさん! 後は俺がやっとくからさ」


「ありがとう!」


 フックの厚意に甘えて、トリマルに連れられていく。

 鳥舎は、いつもとは違う雰囲気である。


 俺が入ってくと、トリマルのお嫁さんたちが誇らしげな顔をして俺を見上げていた。


「ま……まさか……!!」


 お嫁さんたちがスッと道を開ける。

 そこには……ツヤツヤと輝く卵が三つ並んでいた。


「卵だっ!! ついに、ついに卵が採れた!!」


 俺は飛び上がる。

 これは大変なことだぞ。


 ついに……勇者村で卵の生産が開始された。

 ただまあ、まだ食べるわけには行くまい。


 この卵から新しいヒヨコを孵して、ホロロッホー鳥を増やす。

 ある程度卵が安定供給されるようになったら食べよう。


「頑張ってくれ、トリマル。トリミ、トリヨ、トリナ」


「ホロホロホロー!」


 ホロロッホー鳥たちは元気に答えるのだった。




 そして昼飯時のこと。

 久々に地方神の事を思い出したので、連絡を取ってみることにした。

 ユイーツ神に祈る動作をすると、あいつとのチャンネルが開く。


「いよう」


 俺が声を掛けると、そいつが気付いた。

 見た目は、眩しい後光ではっきりと姿が見えない、人形のシルエットである。


『祈りが届いたと思ったら、こりゃあどうもショートさん』


 地方神、腰が低い。

 信仰する民を魔王に滅ぼされ、名前も忘れ去られて消えかかっていた神様である。

 ちょうど他の神々が倒されていたので、俺がこいつをユイーツ神の後釜に据えた。


「最近どう? がんばってる?」


『ええ、そりゃあもちろん! 祈りのパワーで権能も増してきて、ちょっとずつ世界に奇跡のおすそ分けができるようになりましたよ。ただ、なんか最近、祈りのパワーが他に流れてるんですよね』


「なんだって?」


『いや、悪い意味じゃないんですけど』


 地方神……いや、ユイーツ神は頭をポリポリ掻いた。


『ショートさん、ハジメーノ王国の南の辺境にいますよね? そっちに祈りのパワーが流れてて……。なんか、そっちで新しい神様が誕生したりしてません? 動物なのに凄いパワーを持ってるとか』


「いや、心当たりが」


「ホロホロー」


 トリマルがトコトコと目の前を歩いていく。


「あるなあ」


 心当たりは、あった……!!





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