第21話 渦巻く陰謀と、元勇者は見た

 目覚めると、朝日が黒かった。


「あ、これは新しい魔王が近くに来てるな」


 俺は水汲み前に、ひと仕事することにした。

 フワリとバビュンを同時に使って窓から飛び上がり、サッと成層圏を抜けて宇宙に出た。

 呼吸を空気呼吸からエーテル呼吸に切り替える。


 この世界の宇宙はエーテルに満ちてるんだよな。

 そして目の前に、今まさに惑星に降り立とうとする魔王の、星間移動形態。

 俺はこいつを、卵形態と呼んでいる。生まれたての魔王だな。


『何だ貴様は……』


「朝飯前に死ぬがいい! 右手にデッドエンドインフェルノ、左手にワールド・エンドコキュートス。合わせて……ふんっ! ビッグバン・インパクト!」


『何っ、き、貴様何を、ウ、ウグワーッ!! こんなところでわしがーっ!』


 よし、魔王を倒した。

 育ち切る前は楽勝だな。

 マドレノースは成熟した魔王だったから、ヤバいくらい強かった。


 卵だと割とサクッといける。

 さて、思ったより早く片付いたから、水汲み前にちょっと寄り道して行こうかな。


 俺は成層圏に突入した。


 そしてここは……ハジメーノ王国は王都。

 俺は透明魔法スーッ(俺命名)を使い、完全に透明になった。


 本当に透明になると光も透過するから何も見えなくなるじゃないかという話があるが、これはなんか視覚情報だけは魔力変換したりして云々かんぬんでどうにかいい感じになっているのだ。


 ここに来たのは他でもない。

 この間、トラッピア王女の話をエンサーツから聞いたからな。

 何か恐ろしいことでも企んでいるのではないかと、確認に来たのだ。


 ふわりと降り立つ、王城の窓際。

 屋内に入り込むと、そこはもう王族や上級騎士たちのいる場所だ。


 ちょうどそこへ、見覚えのある顔が何人か歩いてきた。

 こいつらは確か、王女直属の近衛騎士たちだな。

 実力はなかなか高くて、人間としての上限に近いレベルだ。


 そしてその中に、俺がとても親しみ深いやつがいた。

 戦士パワースだ。

 そう、ヒロイナとちゃっかり付き合っちゃったあいつ!


 まあ、モーション掛けなかった俺が悪いというのもある。

 自省していたら会話が始まったぞ。


「なるほどな。ショートのやつを王女殿下がな」


「ああ。トラッピア殿下はあいつを絶対手に入れてやると息巻いておられるんだ。居所もだんだん掴んできたらしくてな」


「ははあ。まあ、あいつは肝心なところでいなくなったりするやつだからな」


 パワースが得意げに言っている。

 何をう?


 俺と魔将や魔王が戦うと、まともなやり方だと周辺が焦土になったり数百年の間不毛の大地になったりするだろうが。

 なので、この世界とは隔てた結界を作り出す結界魔法ベツセカーイ(俺命名)を使用し、戦闘専用のフィールドを作って戦っていたのだ。

 そこは周囲からは視認できないからな。


「任せておけ。俺がショートを捕まえてやるよ。あいつも仕方のないやつだ」


 何をう?


「我々も、あの男は許せぬと思っていたのだ。トラッピア殿下を、よりにもよって異世界から来たどこの馬の骨とも知れぬ男が袖にするなど……! 万死に値する!」


「わはは、手加減してやってくれよ」


 何をう?


 まさか彼らは、俺をとっちめに来る?

 この俺を?

 しかもパワースとか何にも分かってない顔してるし。


 これは朝から何やらめんどくさい事を知ってしまった。

 元勇者は見てしまったのだ。

 さあて、どうしてくれよう。


 まあいい。

 余計なことを考えていたら、もうすぐ水汲みの時間だ。

 彼らに関わっている場合ではない。


 俺は帰還すべく、窓から外に飛び出した。

 フワリ、バビュンと。

 おっと、ちょっと強く踏みすぎて、窓を崩してしまった。


「な、なんだ!?」


「いきなり窓が崩れた!」


「あれ? 何か空から降って来て……お、お、おおお……? 我、どうにかギリギリ消滅寸前で受肉せり……』


 わいわい騒ぐ声を後に、俺は家まで速攻で帰還したのである。

 目的地が分かっていればものの十分ほどで到着できる。

 俺一人なら空気抵抗を気にしなくていいからな。


 帰宅すると、ちょうどブルストが桶を持ち上げたところだった。


「おお! ショート! どこ行ってたんだ」


「ちょっと朝の運動をして来たんだ。さすがに腹が減った……!」


「わっはっは! あれだろ。若いパワーを抑えきれなくて、山を走ってきたとかだろ?」


「そんなもんだ」


 久々に使ったが、ビッグバン・インパクトはそこそこ魔力を消費するからな。

 魔力消費はすなわち、カロリー消費と直結する。

 すなわち空腹となるのだ。


「腹を減らすと、カトリナの朝飯は美味いぞー」


「うん、めちゃくちゃ楽しみだ……!」


 そんな俺の足元に、トリマルがピョーと駆け寄ってきた。


「よーしよし、お母さんの肩に載せてやろうなー」


「ピョピョー」


「すっかり様になったなあ。ホロロッホー鳥はすぐでかくなるからな。そうやって肩に載せてやれるのも今のうちだぞ」


「なにっ、そうなのか……。本当に鶏みたいな生き物なんだなあお前……」


「ピョー」


 王都で見聞きした陰謀めいたことや、朝一でぶっ倒した魔王のことなどすっかり忘れてしまった。

 そんな些事よりも、スローライフにはやることがたっぷりなのだ。

 水汲み、トリマルの餌やり、そして朝飯。


 今日も忙しくなるぞ!

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