第03話「何故、彼が狂っちまったのかという話。」


『学園のメサイア』のヒットから数か月。


 “あんな作品”を愛してくれた数多いコアファンの期待に応えるべく、次の作品作りへと取り組み始めていた。


 宇納間工多も、この一か月で既に新作を完成させていた。学園のメサイアとは別にプランを作っていたらしく、それを再構成し、執筆したものを提出した。


「ふむふむ」


 小さな会議室。パイプに腰掛ける女性が一人。

 オフィスにはぴったりのレディーススーツ。スカートとストッキングが眩しい足を組み、手渡された新作の一部を黙々と読み続けていく。


 黒い長髪。青ブチの眼鏡。見た目だけみれば、ちょっと嫌味を吐くのが上手そうな硬派のOLといったところだろうか。

 

 彼女の名は【姫城レイカ】。ここイージスプラントでも、かなりの行動派なキャリアウーマンだ。


「……読んだ」


「どうでした?」


「率直な感想を告げるわね」


 一つ咳を入れてから、姫城は読み終えた感想を告げる。




「バカかテメェ?」


 六文字のきっちりとした感想であった。


 作り上げた企画書を押し返す上司の様。姫城はゴミを見るような目で、資料を細長の業務用テーブルに叩きつける。


「……バカって、なんすか。バカって」


「念のためテーマとコンセプトを聞こうかしら」


 ペン回しを行いながら、姫城は彼に問う。


「今回の舞台は学園じゃなく“芸能界”。これを選んだ理由を答えて」


 舞台は学園から芸能界へ。


「だって、芸能界って。ブラックもブラックじゃないですか。超絶ブラック。ブラック・ザ・ワールドなんですよ」

「なる〇ど・ザ何たらみたいに言うな」


 ドス黒いドラマを作る最高の舞台として、芸能界ほど適した舞台はないだろう。失礼な話。


 そう、今回も学園のメサイア同様、ドス黒いストーリーがメインとなっている。


 ヒットした作品が作品なだけに、新作を求めている人物は同じような作品を求めているであろうという考察の元。リーダーが同じような路線で行くようにと宇納間に伝えたようだ。


 宇納間はそれに従い、再びブラックなストーリーをくみ上げたようである。


「ここ最近、ネットが普及するようになってから、知りたくもない裏話が次々と露出するようになりました。面白半分なのか、注目を集めたいのかどうか分かりませんが……芸能界特有の黒い話が、これでもかとお茶の間に届くのです」


 スマートフォンや動画サイト、そしてSNSなどのブログやコミュニティサイトの展開などにより……情報の仕入れや交換も容易い時代になった。


「中には変な噂もありますね。百合百合しいアイドルユニットが実は仲悪いだとか、大人気のアイドル俳優とかアイドル声優さんが枕営業してるだとか、テレビでは愛想のよいアイドルが実は性格悪いとか……ドロッドロなんですよ、ドロッドロ」


「お前、アイドル絡みで絶対何かあっただろ」


 情報交換が便利になったそんな中、業者の裏話なんかも容易く漏洩するようになってしまった。嘘が真か分からないが、そういった情報は常に流れてくる。


「情報漏洩もそうですが、同時にマスコミの動きも過激になってしまった時代です。芸能界の裏は語られるばかりであり……次第に崩壊を迎えつつあります」


 今作のタイトルは……【週刊連災】。

 芸能界の裏をこれでもかと詰め込んだ、ドロドロの愛憎劇である。


「事務所の圧力に枕営業、新人アイドルの潰し合いだったり……芸能界の裏をこれでもかと詰め込んだ作品だと思うわ。主人公のプロデューサーがとにかく振り回される……そんな作品ね」


「それに何か問題が?」


「いえ、ストーリーには今のとこ問題はないわ。ただね……」


 問題点は別の場所にあった。





「“有名事務所や芸能人の名前を一文字変えただけ”で出すのは不味いでしょ!? これ、ほとんど伏せる気ゼロじゃない! これ!?」


 リアルさを追求するために、より生々しい話にするためにとこだわった結果。そのような問題が生じてしまっていた。


 ___追及以前、明らかに宇納間の憎しみが込められているような気がするが。


「この物語はフィクションですよ。実在する人名・企業名・団体名は関係ありませんってしっかり描いてるじゃないですか。それなのに横から口出しするのは自意識過剰・被害妄想ですよ。こっちの名誉の侵害だって訴え返せばいいんです。裁判です、裁判」


「勝てるかァッ! ウチなんか一瞬でこの世から干されるわ!!」


 宇納間の反論。姫城の反対。


「あははは……」

 心配になって同席していた槙峰は、その光景に苦笑いをするしかなかった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 打ち合わせの結果、やはり書き直すことが決定した。


 内容は今のところ変える必要はない。ただ、明らかに危険な企業や事務所の名前だけを削除するようにとの注文が入った。

 こういうデリケートな部分は、幾らフィクションで片付けても、裁判沙汰になることはある。芸能界は怖いのだ。


「ダメか」


 宇納間は机に伏せ、舌打ちをする。

 とはいえ、確かに攻め過ぎだったかと反省もしている。民事裁判でこの会社の損害を出す結果となってしまえば、責任を取れる自信がない。


「くそっ、あのエロ同人の被害者顔め……」


 彼女に対しての憎悪はともかく。


「いい感じに書けたのになぁ」


「ねぇ、工多君。ちょっといい?」


 キャスター付きの椅子に座り、作業テーブルにうつ伏せで項垂れている彼の元へ、槙峰が近寄ってくる。


「どうしました……?」


「工多君って、普通のファンタジーとかハーレムものを書きたかったんだよね? それなのに、どうして、あんな作品を書いたの?」


 学園のメサイア。どうして、あのような作品を生み出してしまったのか。


「……まぁ、この際だから、言っときますか」

 机から頭を離さないまま、宇納間は正直に答える事にした。


「アレ、逃げ出すために適当に描いた作品なんですよ。エロゲのシナリオライターなんて聞いてなかったし、『こんなところで働く気はないんだよ、ふざけんな!』って感じで……普段書かない作品を滅茶苦茶に書いたんです。日頃のストレスだけを詰め込んだ作品。憎悪です、憎悪」


 どうやら、ワザとクビになるために書いた作品だったようだ。今、ここで理由を聞いてみると、ものすごい子供っぽい理由だったと思う。


 だが、ここから逃げ出す方法としては賢い選択だったかもしれない。腕のないシナリオライターともなれば雇う理由がなくなる。散々な結果を出して、理不尽に追い返されるシナリオを組み立てていたようだが___


「だけど、思いのほか、筆が乗っちゃって……まぁ、大丈夫だろうと思って提出したら、OK通っちゃって。気が付いたらヒットとしてて……ワケわかんないっす」


「もしかして、今回の企業名の一件も」


「最悪の場合、この会社ごと道連れにしてしまおうかなって」


「私たちまで地獄に引きずり込むのやめてくれないかな」


 とんだ身投げに付き合わされるところだったようだ。これには姫城レイカの奮闘に感謝せざるを得ない。


「はぁ……なんで、ヒットしちゃったかなぁ……ていうか、なんで筆も進んだんだろう……」


 考えるだけで頭痛が止まらない。宇納間は溜息を続けるばかりだった。


「気のせいだと思うけど、楽しかったからじゃないかな? つまらないって思ったら書く気は起きないだろうし……きっと、心の何処かで、この仕事を楽しんでるんだと思うよ?」


 洗脳教育、というわけではない。槙峰はあくまでそう思ったから口にした。

 彼が筆を進めている時、姫城に作品を見せ、結果を待ってソワソワしていた時。そこには紛れもなく、ドキドキがあったように見えた。


 少なくとも、その執筆に嫌悪感があるようには思えなかった。



「……確かに、楽しかったかもしれないですね」



 前髪から、ちょっと鋭めの瞳が現れる。

 そこには、入社の際に見せていたあの嫌悪感丸出しのオーラは微塵も出ていなかった。キラキラしていた。




「でしょう? だから、」






「ムカついたと思った人達を作品内で殺す作業。すっごく楽しかったっす」



 槙峰は思った。




『中身が整うまで、この子は絶対、イージスプラントの外に出したらダメだ』と。

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