(前)宇納間工多は小説家になりたい。
第01話「無くは無い。有り得る話。」
とある偉い人がこういう言葉を残した。
【あり得ない、ということが一番あり得ない。】
何に対しても否定的になるな。微塵であれ、そこには可能性が存在するという事。
“そんなことは絶対に起きない”
“そんな偉業は絶対に成しえない”
“そんな生き物は絶対に存在しない”
この世界。百と零が一番あり得ないというのだろう。
返答する。
非現実的な事だろうと、起きる可能性は確かにゼロではない。
___ならば、一つ質問しよう。
人間の大半が突然異能力に目覚め、SF映画ばりの異能力バトルが日本で繰り広げられる。そんな未来は存在するのかと。
答えよう。あり得ない話ではない。
突然、発火能力を得るかもしれないし、透明人間になる能力を得るかもしれない。他にも相手の心を読めるようになるかもしれない。
神にも等しい力を得た者達。選ばれた人類による頂上決戦が始まる未来がもしかしたら、あるかもしれない。
では、次の質問だ。
最近はやりの異世界転生や異世界転移。人間が死んだら、別の世界に飛ばされることなんてあり得るのだろうかと。
答えよう。あり得ない話ではない。
我々が決めつけているだけで……もしかしたら、見知らぬ世界があるかもしれない。
何かの拍子で次元干渉が発生し、知らない世界へ連れていかれてしまう未来があるやもしれない。
呑気に葬式でも行われている間に……その人物は見知らぬ世界ですげぇ力を振るい、沢山のヒロインに慕われ、結果次第では一つの大国を作り上げるに至っている可能性がなくもない。
そうだ、何事も可能性は存在するのだ。
そういった未来が実在するかもしれない……あり得る話なのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……とまあ、こんな感じで、世の中何が起きるか分からないわけですよ」
その目元は前髪でほとんど見えていない。ちょこっとだけ穴の開いたジーパンに安物のパーカー。根暗そうなイメージの青年が語り続ける。
「うん、そうだね」
その青年の横。緑茶の入った湯呑を手にしながら頷く人影。
レディース用のジーパンにモコモコのセーター。後ろの髪をうなじの部分にて二つに結っている女性が笑顔を崩さぬまま、その話を聞き続けている。
「僕はライトノベル作家になるために東京へ一人、親の反対を押し切って上京しました。都会でアルバイトをしながら、着々と執筆の練習をして……ネットでちょっと作品を上げたりとか勉強を続け、出版社に出向くとかも繰り返して、」
青年は自身の旅路の思い出に耽っている。
「そして気が付いたら何故か……“アダルトゲームのシナリオライター”として、ここにいました」
何食わぬ顔。しかし、何か言いたげな雰囲気で青年は女性を見つめる。
「……まぁ、一転して思いもよらない職を身に着く事はよくあります。演歌歌手からアニソン歌手になった人もいたし、スタジオの小道具係から俳優になった人もいます。思いがけない転職なんてよくあるものです」
「うん、そうだね~」
実際、よくある話である。
こうして一転二転、三転を繰り返して、気が付いたら……違う形で夢をかなえる者もいれば、自身の望まぬ仕事に就いている者もいる。よく聞く話だ。
「僕自身、エロゲのライターになるのは良かった。僕が書いていた作品は、“超能力を手に入れた人間同士の戦い”だったり、“異世界に転移して無双を続けるファンタジー”だったり、“ヒロインたちが主人公をとり合うラブコメ”だったり……まぁ、ライトノベルの王道です。成長する主人公に可愛らしいヒロイン勢。男の夢を描きたいって発言した僕にはピッタリかもしれません」
この企業に入社してすぐ、青年はそう語ったという。
王道を描きたい。あくまで“テンプレ”ではなく王道。沢山の人達が、熱い展開と個性豊かなキャラクター達に惹かれる……そんな作品を描きたいと、彼は当時語ったという。
「ですが、気が付いたら僕は“催眠モノの学園凌辱系サイコホラー”を書いてました」
彼の手元には、数枚の資料。
それは、青年がとある日に徹夜で書いたという一つの作品だ。
「まぁ、それもあると思いますよ。気が付いたら、思ったものと違っていたのを書いていた、なんて」
「うんうん、よくあるねぇ~」
セーターの女性はお茶を啜って、何度もうなずいた。
「あり得ない話はない。何が起こるか分かりません。否定することは良くない事だと、偉い人は仰っています……ですが、少しだけ言わせてください」
資料を片手、クマの目立つ真っ黒い目つき。ぐらりと曲がる首を傾け、セーターの女性へと問いかける。
「僕、なんでここにいるんですか?」
「しらないよ」
___拝啓、母上様。父上様。
___都会へ旅立ってから僕は今……数百人以上の女子を、筆で犯しています。
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