トムの牧場

洗脳済み捕虜

トムの牧場


これは、ある牧場の話


経営者の名前はトム、

誰より働き者であり

とても優しい心を持っていると評判の男です

そして、3人の優秀な息子たちが

彼を助けており

まさに順風満帆といったところ。


この牧場が取り扱っているものは主に豚です

ここで育つ豚は、

おいしい餌に駆け回れる遊び場

快適な温度で保たれた清潔な豚舎、

常に新鮮な水が与えられ

ストレスの無い幸せな環境で育ち、

最後は場内にある施設でソーセージになり

今度は人間の食卓へ幸せを運ぶのです


しかしながら、トムは悩んでいました

幸せに過ごさせた豚も

豚舎から連れ出され

辿り着いた屠殺場にこびりついた

仲間の無念の匂いで

自分の死の運命を悟った途端

激しく暴れ、呪いの籠った目で

こちらを睨みつけ叫び声をあげます

「騙したな」

「ひどい、信頼していたのに」

「悪魔め」

豚達の断末魔は、トムにはそう聞こえます


なんとかならぬものか、とトムが考えを巡らせておりますと

ふと、村はずれの占い婆のことを思い出し、

この悩みを相談してみることにしました。


トムが占い婆を訪ねると

彼を見るなり占い婆は言いました。

「お前の悩みはお前の息子達が解決してくれるじゃろう…

だが、誰を跡継ぎにするかで未来は大きく変わる……。」


トムは目を輝かせて占い婆に聞き返しました

「息子のうちの誰を選べばいいでしょうか?」


占い婆は無表情のまま何やらごにょごにょと

足元に置いてある汚い壺の中に話しかけてからトムに言いました


「どれ…今夜から三晩それぞれの未来を夢で見せてやろう…

あとは、お前さん次第というわけじゃ…。」







一晩目


その晩、トムは夢を見ます。

すでに自分が死んだ後の世界であり

豚舎もその他の施設も今よりさらに立派で綺麗になっています

長男が自分の仕事を引き継いだ世界がそこにはありました。


長男は経営学に長けておりました

そして、父の悩みもどうにかしてやろうという気概も柔軟さも持っている

とても頭の良い男でした


「親父!」


何やら夢の中で長男が話しかけてきます

「俺、親父が死んだ後、すごく頑張ったんだ、

親父が悩んでいた、豚の苦しみの問題は解決したんだ!」


長男はトムの腕を引き、豚舎まで来ると

豚達を見せつけてきます


しかし豚達の様子がおかしい

子豚は走り回ろうとしますが速度は出ず、

すぐにヨレヨレと崩れ

大きくなった豚はほとんど眠ったまま動きません


「これはどういうことだ?豚たちが弱っているように見える」

トムはわけがわからず長男に疑問をぶつけました


長男は言いました

「俺は屠殺という工程を省くのが一番だと考えたんだ

豚を殺さないというのなら、自然死してもらうしかない

しかし、豚を普通に寿命まで飼っていたら採算が取れないだろ?そこでだ」


長男は、少し走っただけで

息切れを起こしていた子豚を拾い上げて

こう続けます

「学者の先生といろいろ研究を重ねて、ついについにだ、

豚の寿命を三か月にすることに成功したんだ

産まれた時から老いているってことさ、

三か月の命の期限で次を産ませるのはなかなか大変だけど

売上も伸びてる、すごいだろ?」


トムは驚いて言いました

「たった90日の命だって??産まれた時から老体??

短すぎる、こんなことは間違っている!

かわいそうに、豚達は自分が何をされたかわかってすらいないというのに…」


長男は不思議そうな顔をして聞き返します

「わかっていないからこそだよ、豚達はこの生き方が当然だと感じているはずだ、

それに、寿命が3か月程度の生き物なんて

たくさんいるじゃないか、何が問題なんだ?」


ここでトムは目を覚まし、長男を後継に選ばないことを決めました







二晩目


次の日の晩、トムは夢を見ます

やはりここでは自分は死んだ後であり

前回同様、施設はとても立派になっています

今度は次男が後継ぎとなった世界です


次男はとても信心深く、

殺されゆく豚の声にトム以上に心を痛めていた優しい男でした


「お父様!会いたかった!」


次男が話しかけてきます

「ついに、豚達に最期の瞬間まで幸せを与えることができるようになったんです」


次男はトムを豚舎まで案内します

次男が満面の笑顔で豚舎の扉を開くと

なんと豚達が口々に明るい声で挨拶をしてきました


豚「こんにちは経営者様!」 

豚「今日は良い天気ですね」

豚「まぁお客様ですね、いらっしゃいませ」

子豚「たくさんご飯食べたよ!」


トムが絶句していると次男が誇らしげに言いました

「どうです、素晴らしいでしょう、学者の先生方と研究を重ね、

豚達に人間と同程度の知能を与えたんです。」


トムは

「どうしてこんなことを?」と混乱した様子


次男はフフンと鼻を鳴らしながら言います

「信仰を持たせたんですよ、人に食べられることが唯一の天国への道であり

この上ない幸せであると、そう信じさせているわけです」


トムは激怒しました

「人が神であると学ばせたというのか?!豚達を死ぬまで騙しているというのか!

何てことをしてくれた!」


次男は不思議そうに聞き返します

「民を操る為に都合よく信仰心を利用するなんてことは、

普段から人間だってしているし、されていることじゃないですか、

豚は幸せそうな笑顔で天国へ旅立ち、

私たちにソーセージという恩恵をもたらすわけです。何が問題なんですか?」


ここでトムは目を覚まし、次男も後継に選ばないことを決めました







三晩目


トムはまた夢を見ます

例のごとく、立派になった建物達

今度は三男が後を継いだ世界です


三男は感情に敏感で、潔癖気味でしたが

とても真面目で繊細な気質の男でした


「パパ!パパだ!」


三男が話しかけてきます

「僕の育てた自慢の豚を見てよ、もうパパの悩みは全て過去のものだよ」


三男がトムを豚舎へ案内すると、

中は異様なほど静まり返っていました


口と肛門から管の出た豚達が、

行儀よく地面に並んでおり、眠りこけています

よく見ると並んでいる豚の頭頂部はベッコリと凹んでおり

更に異様さが際立って見えます

様変わりした豚舎の光景に、トムは涙を流しました。


三男は言いました

「パパ、どうして泣くの?

学者の先生達と遺伝子改良してね、作ったんだ

ここの豚達は生まれつき思考する部分が無いんだよ

産まれてから成長して収穫まで、果物と同じさ、

何が問題なの?」



トムは目を覚まし、夢中で豚舎まで駆けていくと、

豚達に問いました


「君たちはどうなりたい?」

「君たちの幸せとは何だ?」

「君たちは今本当に幸せか?」


豚達は元気にプギー!と鳴いて答えましたが

トムには何と言っているのか全くわかりませんでした。

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