第3話 記憶
『番組の途中ですが、ニュース速報をお伝えします』
ブラウン管にアナウンサーが映る。
私は何気に時計に目をやった。時刻は既に20時になっている。
妻には大阪に着いたら電話をするようにと伝えてはいたが、その連絡は未だにない。
『今夜、羽田発大阪行きの日本パシフィックオーシャン航空105便が消息を絶ち、墜落した可能性が高まっています』
その時電話が鳴った。
私は妻であってくれと願いながら受話器を耳にあて。
「涼子か!」
と叫んだが電話の向こう側からは、泣きじゃくる姉の声しか聞こえなかった。
私の妻と娘の身を案じてくれている。しかも何度も謝っていた。
あたしのせいだと自分を責めていた。
『日本パシフィックオーシャン航空から入った情報によりますと、この飛行機は今日夕方羽田を発った、乗員乗客438人を乗せたボーイング747型機105便で』
私にはアナウンサーの声しか聞こえはていなかったが、姉にはこう伝えた。
「まだ分からないから。分からないからさ。また連絡する」
これが精一杯だった。
アナウンサーの声は続いていた。
「長野県警から入った情報によりますと、長野県南佐久郡ー』
再び電話が鳴り響く。
私は深呼吸をして電話の受話器を取った。
日本パシフィックオーシャン航空からの連絡だった。
『事故現場に近い小学校の体育館』にたどり着いたのは3日後の事だった。
夏の日差しと校庭の土けむり。けたたましく辺りに響き渡る蝉の羽音。
上空には自衛隊と報道関係のヘリが飛び交っている。
雑多な音は陽炎のように ー 私の耳には届かなかった。
額から流れ出る汗をハンカチで拭って、私は体育館の中に足を踏み入れた。
案内されるがままに、棺の前に歩を進める。
体育館の熱気も、私の側で泣き崩れる夫婦の声も、遠くに聞こえるヘリの音も、匂いや動悸や汗や床の感触も、断片的な記憶ーでしか私には残らなかった。
両隣の棺に眠る妻と娘の顔は、大事故にも関わらず損傷は少なかった。
捜索開始後すぐに発見された事と、墜落の衝撃で座席ごと飛ばされていた事実が2人を炎から守ってくれたのだろう。
妻が身につけている洋服は、旅行前に新調したひまわり柄のワンピース。
私に幾度も似合うかどうかを尋ねていた。可愛らしく恥じらいながら、何度も何度も聞いてきた。
娘の片方だけのスニーカーは、アニメの魔法使いのキャラクターが描かれてある。
クリスマスプレゼントに、妻と2人で枕元にそっと忍ばせた記憶が甦る。
娘の声と妻の声が私の心に木霊していた。
私は震える声で言った。
「間違いありません」
2人の身体は機体から200メートル離れた場所で発見された。
妻の手と、娘のちいさな手は固く握られていたのだという。
最期までしっかりと離れなかった2人の手に私は触れた。
「ごめんね」
その言葉を口にした瞬間、私は泣いた。
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