第7話 ケンプ村
何かが顔に近づき、唇に柔らかいものが触れた。眼を覚ますとセシリアの顔のアップが。えっ、今の、何、ひょとして、まさか、あれれ、・・・。ビックリして思考が停止している。
「おはようございます、ご主人様」
このフレーズを聴いて、喜ばない男はいないだろう、思わず顔の締まりが無くなる。
「おっ、おはよう」
「「おはようございます」」
アルトとカーラからも声が掛かる、なぜかカーラは満面の笑みだ。
「ひょっ、ひょっとしてキスした」
「お嫌でしたか、カーラが男の人はそうやって起こすべきだっていうもんですから、嫌なら今後はやめますが」
「嫌じゃない、いやじゃないけろ『あっ、噛んじゃった』、嫌じゃないけど、初めてだったんでビックリしただけ。この起こし方は凄くいい」
「私も、凄く恥ずかしかったんですけど、カーラが・・・」
カーラは、向こうを向いて肩が震えている。アルトも笑いを必死でこらえている、服の間からお腹がピクピク動いているのが分かる。
「セシリアはだ・・・」、だまされやすいとか言えないよな、昨夜の話もあるし。言葉を途中でやめたので、聞き入るようにセシリアが見つめている、きまずい。もう一回、キスして欲しいけど、カーラになんて言われるか分からないのでやめておく。と、いうより、お願いする勇気もないけど。
「起きたよ」、と言うとセシリアも体を離す。立ち上がり、川で顔を洗い、ガチガチになった体をほぐす、やっと落ち着いた、いろいろな意味で。
朝食用に取っていたポフリの実を割って、みんなで食べながら、今日の予定を相談する。
「僕は、ここら辺のことをよく知らないので分からないんだけど、今日はどこへ行く?」
「冒険者ギルドがあるガビー村が良いと思います。私のギルドカードも再発行してもらわないといけないし、ご主人様も登録しないといけないし、身分証明書ないんですよね」、とセシリア。
「お金は持ってるの?」、カーラが聞いてきた。
僕は思わずポケットの中の千円札を押さえた、まあ何の役にも立たないだろうな。
セシリアが説明する。
「ご主人様がゴブリンロードを倒したので、その分の魔素が蓄積されているはずです。それを売れば登録料にはなります。私の再発行料も大丈夫だと思います」
声がだんだん小さくなってくる、再発行料は高いんだろうなと想像がつく。
「私は、ケンプ村に・・・、もう一度あの村を見ておきたい」、アルトが言うと、「私も」とカーラが賛同する。
「村は焼きつくされたって言ってたよね。それでも行きたい?」
「「はい」」。
「じゃあ、ケンプ村に行って、ガビー村に行こう。道順に何か問題ある?」
「この森は、トリニダ、通称ゴブリンの森です。メルカーディア王国の西の端にあります。
王国側の出口が2つあり、北がケンプ村、東がガビー村です。
ここからだとケンプ村まで下り坂ですから1時間、ケンプ村からガビー村までは森を通らなければ半日くらいかかります。
ここからガビー村に直接行けば4時間くらいです」
時間の単位も変換されているらしい、ありがたい。
「今から行けば、夜にはガビー村まで行けるよね。お金は魔素ってのがあるらしいから宿代くらいでるよね」
「泊まるくらいなら、何とかなると思います」
「じゃあ決定、ケンプ村経由でガビー村だ、出発しよう」
セシリアが作った竹カゴにコップ代わりのポフリの殻を入れアルトが持つ。アルトも『ウォーター』が使えるらしいので水の心配はいらない。武器は、鉄の短槍が2本、僕とセシリアが持つ。少し錆びているがセシリアが石で磨いだようで尖と刃の先だけは光っているところが多い。
売れるかもしれない赤い宝石みたいなのが付いた杖は、カーラが持っている、もちろん使えないが。錆びた銅製の武器は売れないみたいなので、ゴブリンが使えないように川の中に捨てた。せめてベルトがあればナイフを1本持って行くのに、そう思ってセシリアを見ると、木の蔓を腰に巻いてナイフを1本さしている。さすが冒険者、初心者の僕とは違う。
並びは、セシリアとアルトが前、僕とカーラが後ろとなった。索敵が使えるセシリアが前を譲らなかった、後ろから敵が来るかもしれないので槍を持っている2人が前に並ぶのも不安なので、こういう並びになった。
僕はジャージにスニーカー、3人はボロい布で胸と腰はしっかり隠れているものの、体の線は『はっきり・くっきり』状態、ともに汚れているが、アルトとカーラは短靴、セシリアはサンダルを履いている。靴があって良かった、裸足なら歩くスピードも遅くなっただろう。
問題は僕だ、歩きにくい。
目の前に、若い薄着の2人の後ろ姿が見える。ビキニ姿のグラビアアイドルが2人、前を歩いていることを想像すれば、歩きにくいことが分かると思う。上り坂だったら大変なことになったはずだ、下着をつけていないのだから。
反応するとカーラに何を言われるか想像がつく。といってカーラの方を見ると当然ノーブラで、2人より小さいといっても・・・、いかん、どこにも焦点を合わせないようにして、これからのことを考えよう。
1時間くらいで、森の出口というより、まだ森の中って感じがするところだが、焼けた家々が見えてきた。50軒くらいの集落だった。ほとんどの家は焼けているが、北の方に数件の家が残っている。
カーラが走り出した。セシリアが追いかけた、まだゴブリンが残っているかもしれないのだ。
「お姉ちゃん、家が残ってる。あたしたちの家が残ってる」
思わずアルトも走り出した。1人取り残されたので、仕方なく僕も走った。
残っているのは4軒だけ、焼けたところと、この4軒の間に流れている小川が火を防いでくれたらしい。
アルトの家に入る。家の中には誰もいなかった。壁や家具がめちゃめちゃに叩き壊されていた、がれきの山だ。アルトとカーラは必死で何か探している。再び、お父さんやお母さんのことを思い出したのか目は真っ赤になり涙が止まらないようだ。
それでも探している手を止めようとはしない。僕もがれきを外に放り出すのを手伝った。セシリアは探索や索敵を使い、外回りを見張っている。探索と索敵の違いは分からない、いつか聞いてみよう、僕は使えないけど・・・。
2人が探し当てたものは服だ。やはり気になっていたのか、数枚の服を確保したようだ、下着も。ブラは無いようだが、この世界には無いのかもしれない。どうやらセシリアの分もあるようだ、良かった。これで目のやり場に困ることはなくなったが、なんか寂しい。
僕にも服を渡してくる。父親の物のようだ。作務衣みたいなものだった、どうみても若者向けではない。
「そんな服着てると目立つよ」、とカーラに言われ納得する。
セシリアを呼び、着替えることに。僕は外で着替えろと言われた、昨日は裸で一緒に夕食を食べたのに・・・。
2人が探し当てた物は、2人の身分証明書、包丁、プライパン、鍋、食器、袋類だった。お金も、銀貨3枚と、銅貨数十枚を見つけた。
RPGの勇者みたいに他の家も探そうと思っているとセシリアが、
「ゴブリンらしき魔物の集団が近づいて来ています」
と言ってきたので、あきらめて村を離れることにする。
セシリアが調べた結果では、生存者はなく、死体も焼き尽くされたのか、魔物に食われたのか骨1つ落ちていなかったらしい。
森を抜け、街道に出て、ガビー村に向かう。
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