第34話 侵入
何だあれは!!
障壁を突破した魔蝗を遠目に捉える。
目に映るそれは蝗というには異様に大きく、また異形であった。
ゾクリ。
背筋に悪寒が走る。
何だ? あの足は?
太い。まるで熊の足みたいだ……。
それに障壁を破ったということは魔力を使った攻撃が出来るってことだ。
まさかスキルまで有するなんて……。
あいつの他にも同じように成長した奴がいるとしたらヤバい。
何より早く穴を塞がなきゃ!!
その魔蝗の動きは、他の魔蝗とは明らかに一線を画していた。
そして開いた障壁の穴には魔蝗たちが入り込もうとひしめき合っていた。
胸に去来する不安を振り払うべく声を上げる。
「ユピィ、低空でこのまま突っ込む! 合図したら離して!」
「ピィィ」
時間が経てば経つほど魔蝗は入り込んでくるから皆の到着を待っていられない。
リスクはあるけど、一人で魔蝗を排除しつつ障壁の穴を塞ぐしかない。
このまま突っ込めば、侵入してきた魔蝗は全部倒せるはず!
「離して!」
「ピィィ」
——ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウ——
あ、ヤバい。今更ながら凄まじいスピードで突っ込んでる。
ちょっと衝突時の衝撃がヤバそう……でも、飛行体が鎧みたいに守ってくれるから多分大丈夫なはず。
最悪教皇様の魔法があるから何とかなるよね……。
ちょっと後悔している自分がいる。
行け、アイザック男だろ!
「アイザック、逝きま―――す!」
直前までユピィが狙いを定めてコントロールしてくれたお陰で、狙いを外すことはなかった。
——ズドォォォォォォォォォォォォオォン——
「ぐはっ……」
衝突の瞬間凄まじい衝撃に襲われた。
!!
!!
!!
痛みで………………息が出来ない。
しかし直ぐに体は光に包まれ痛みは引いていった。
シャ、シャレになってない。
本当に逝っちゃったかと思った。
本当に今のはヤバかった。
…って、それよりも状況確認だ。
「どうなった?」
ぱっと周囲を見回し、喫緊に身に迫る危険がないことを把握する。
「あっ……」
やっちゃった。でも、結果良し!
どうやら僕は突っ込んだ勢いで魔蝗を弾き飛ばし、勢い余って障壁の外まで出てしまったらしい。
障壁には魔蝗が開けたよりも大きな穴が開いており、僕が今いる地点まで抉れた地面が続いていた。
かえって大きな穴を開けてしまったが、少なくとも障壁内の魔蝗は全て倒したようだ。
倒したというか、押し潰したというか、弾き飛ばしたというか、とにかく障壁内に動く︻魔蝗の姿はなかった。
障壁の外にいた魔蝗も周辺にいたものは吹き飛ばしたようで僕の周りはちょっとした魔蝗の空白地帯となっていた。
その代わりというか、そこかしこに魔蝗の遺骸の欠片が飛び散っている。
「【形成:障壁】」
すぐさま障壁の内側に戻って穴を塞ぐ。
「ほっ……」
一息つく。
何とか無事に(?)対処出来てよかった。
しばらく周囲を見張る。
でも、他に障壁を破ってくるような個体はいなかった。
周囲を囲む魔蝗を足を見ると、巨大化してはいるものの蝗の足そのままだった。
あいつだけ特別だったのかな?
それにしても、さっきは痛かったなぁ。
飛行体で体を守ったつもりだったのにあれほどの衝撃を受けるなんて……。
体を観察すると、血が出た様子もないし、服も無事だ。
ただ、口の中からは血の味がする……。
これって……テオ師匠の【発勁】を受けた時と同じだな。
なるほど。ということは体の外側は守られたけど、体の内部に衝撃を受けたってことね。
これは今後の課題としよう。
そんなことをいろいろ考えていたら、お父さんが駆けつけてくれた。
「はぁ、はぁ、アイザック、無事か?」
お父さんはぶっちぎりの一番で到着した。
父さんは元々足が速いのもあるけどテオ師匠の指導によって【瞬脚】というスキルを修得している。
多分【強化】と併用して【瞬脚】を使い続けて来てくれたんだと思う。
「うん。魔蝗が何匹か入ってきちゃったけど、何とか無事に排除できたよ」
空から突撃して死にかけた……なんて口が裂けても言えないな。
「ガイル、見事な【瞬脚】じゃった。まさか儂より速いとはのう」
「え? テオ師匠、いつの間に後ろに……」
お父さんの後ろからテオ師匠が現れた。
しかもお父さんと違って息も乱れてない。
「無我夢中で駆けてて気づきませんでしたが、まさかテオ師匠に勝ってるとは思いませんでした。俺も成長しましたかね?」
「阿呆、この程度で慢心せず精進せい。ちなみに儂ぁスキルは
えっ? スキル使ってなかったの?
速すぎじゃない?
「さ、さすが師匠です」
「ガイル、魔蝗の大群と戦う可能性もあったのじゃぞ? 急ぐのも大事じゃが、援軍が『疲れて動けんかった』では意味がなかろう。まぁ、親であるおぬしの気持ちは分からんでもないがの。ちったぁ小僧っ子を信頼せい」
「はい、肝に命じておきます」
「あと、小僧っ子。見たところおぬしは無闇に突っ込んだようじゃな」
あ、バレてる。
「ごめんなさい。障壁内に入れちゃダメだと思って焦っちゃいました」
「まぁ、おぬし自身は多少の無茶をしても滅多に死にはせんじゃろうが、周りは別じゃ。力を振るう時はしっかり状況を把握することが……ん?」
「師匠?」
テオ師匠の目は魔蝗を鋭く見据えている。
「僧っ子よ、気づかんか? なんぞ気配が変わりよった」
!!
「確かに周囲の魔蝗の魔力が膨れ上がりましたね」
僕が倒した魔蝗の死骸を食べてる奴らの魔力が上がっていた。
「【強化】」
目の感度を上げるために【強化】を使う。
同時にお父さんと、テオ師匠にも【強化】を掛けた。
「なる程のう。仲間の死体を食ろうて成長しよるか。が……何匹か特に魔力が大きくなっとるの」
そう。こいつらは食べると成長する。
それは今まで観察してきて分かってたことだけど、テオ師匠の言うように何匹かが少しおかしい。
「テオ師匠、これって成長ですか……?」
「いや、ちと
「これが……魔物……」
お父さんが驚愕の声をあげる。
でも、それも無理もない。特に魔力が増大した魔蝗の体は周りと比べて明らかに大きくなっていたのだ。
それだけでなく、体を覆う外殻にはメキメキと罅が入っていた。増大した筋肉が外殻を押し退けているようだった。
また特に足は変化が大きく、熊の様になっていた。
「こりゃあ、もはや進化じゃの」
「あの足の形はさっき障壁を破った奴と同じです! あんな感じで太かったです!」
足が太くなった魔蝗達が不意に動き出した。
他の個体と比べると、その動きは見違えて素早い。
そして障壁に飛びつくやいなやガリガリと障壁を食べだした。
「こんな……ウソだろ……アイザックの障壁が……」
「障壁が……食われるなんて……」
目の前の出来事に呆気に取られてしまった。
さっきも穴を開けられたのも、もしかして食われていたのか?
進化した個体の口は魔力で強化されているらしく光って見えた。
「さっきの奴と足が同じと言うことは、捕食した相手の能力までも取り込んどるということかもしれんの」
にわかには受け入れがたい事実だった。
何という進化の速度。
このまま異常な速度で進化し続けたら?
いずれ手に負えなくなって、シオン村はこいつらに飲み込まれてしまうんじゃないか?
最悪のイメージが脳裏をよぎり、体が震える。
——喝!!!!!! ——
テオ師匠の一喝が大気を震わせた。
「落ち着けい!! まずはゆっくりと呼吸せい」
師匠の喝に従って、反射的に深呼吸する。
——すぅ~~はぁ~~ ——
不思議と震えが収まり頭が冴えた気がする。
「恐るるな。恐れは敵を大きく見せ、己の身を竦ませる」
「はいっ」
テオ師匠の言葉は心に強く響いた。
師匠は本当によく周りが見えているな。僕がビビったのを感じ取ったのだろう。
「それにの、化け物具合ならば小僧っ子の方が上じゃ!」
「えっ?」
「自覚しとらんのか? 受けたただけでスキルや魔法を覚える。怪我も瞬時に治る。尽きない魔力と体力。多彩なスキルと魔法。単に食って進化する程度の魔物に後れをとるわけなかろう」
「あっ……」
はは。そう言われると、僕の方がよっぽど化物のような気がしてくる。
「少しは落ち着いたようじゃな。ならば次は状況を見極めて作戦を立てようかの」
魔蝗たちが障壁を食い破ろうとしているのに、テオ師匠に焦った様子はない。
それどころか、この緊急事態を利用して僕に戦い方を教えてくれているような気さえする。いや……きっとそうなんだろうな。
「ほれ、後続がきたぞ。これでこちらの手駒も増えたわい」
後ろを振り返るとダンを始め他の皆も駆けつけてくれていた。
「はぁ、はぁ、待たせたなアイザック。大丈夫か?」
テオ師匠は合流した皆に手短に状況を説明する。
そうこうしている間にも障壁は食い破られようとしているのに師匠に焦った素振りはない。
「こうなっては、障壁内に引きこもってばかりではおれんの。こちらから討って出ねばならん」
テオ師匠の言葉に皆が頷く。
「障壁を破らんとしている個体は敢えて内側に引き入れる。外側で倒すと厄介な敵を増やしかねんのでな」
なるほど。
「小僧っ子は障壁の外で、空を飛んで上からあ奴らを蹂躙せい。巨大化した個体は碌に飛べんから一方的に攻撃できるじゃろう。可能なら死骸が残らんように燃やしてくれ。ただ、絶対におぬしは体を食われてはならん。わずかに齧られるのもならんぞ」
「はいっ」
テオ師匠に言われて気づいたけど、確かに僕が食べられてスキルや能力があいつらに取り込まれたら最悪だ。
「儂らは障壁内に入った魔蝗に対処した後、小僧っ子の支援に回る。安全を確保しつつ敵の死骸を完全に焼却する。これは村人と手分けして対応しよう」
——はいっ!!——
しかしこれが、状況を見極めるということか。
少し待って味方が増えたから、障壁内に侵入した進化個体に対処するのは十分可能になったし。内側で対処した方が後々の脅威と被害を減らせる。敵の能力が分かれば、それに合わせて対策を立てて戦い方を工夫することが出来るんだ。
なるほどね。流石テオ師匠!
「今のあ奴らはまだ小僧っ子の敵ではない。派手に蹂躙せい」
テオ師匠がそう言うなら、間違いない。僕なら勝てるはずだ。
皆も頷いてくれている。
だから……大丈夫だ。
「はい、シオン村は僕が守ります!」
「阿呆、小僧っ子ごときが気張らんでいい。元々これは大人の仕事じゃて、本来子供が気にせんでいいことじゃ。が、まぁ今回は修行の一環じゃな。辛くなったら無理せず戻ってええぞ」
「はは、無理しなくていいなんてテオ師匠にしては随分優しい修行ですね」
途端にテオ師匠の顔が赤くなる。
「ちっ、減らず口を叩く暇があるならさっさと行かんか!」
「はい。アイザック、行きます!!」
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