第32話 二人の老騎士
障壁を張るためにレイムの街へと向かう。
レックスと話をするために冒険者ギルドへと足を運ぶと見慣れない馬車があった。
かなり豪奢な意匠の馬車で気品を感じさせる造りになっている。
「レックス、調査して来たよ」
「おお、ありがとなアイザック。助かるよ」
「ほ、本当にこんな小さな子どもが魔蝗の群れを調査しただと? 有り得ん機動力だ……加えて霊具ならまだしも魔道具を扱うとは……全てが信じられん……」
「ほっほっほ、そういうこともあるじゃろうて。
「はっ、肝に命じておきます」
……って誰? この人たち。
纏ってる魔力が只者じゃない。
「あ、初めまして。僕アイザックと言います。お二人は騎士様ですか?」
僕の問いに見知らぬ老人二人は驚いていた。
「テオ様、ガーランド様。こちらが先程お話ししましたアイザックです。アイザック、お前の言う通り、このお二人は平民と同じ格好をしておられるが騎士様だ。それも普通の騎士様じゃない。近衛騎士様なんだぞ」
「えええ!! 騎士様の中の騎士様じゃないですか……そんな方々がなぜこんなところへ? ……って、あ~蝗の群れのことですね?」
「小僧、言葉に気を付けろ」
「これ、ガーランド。気を付けるのはおぬしの方じゃ。わし等は
「は……はい……」
「儂はテオじゃ。よろしゅうな」
「はい、よろしくお願いします」
テオさん……見た目はお爺さんだけど、この人多分すごく強い。纏う魔力もさることながら所作に隙が無い。
「どうじゃ? この老いぼれに小僧っ子は勝てそうかの?」
!!
「い、いえ、全然隙が見当たりませんでした。流石、元近衛騎士様です!」
「ほっほっほ、正直じゃの……気に入ったぞい。が、初対面相手にはもうちっと静かに隙を探る方がええの」
「はい。し、失礼しました」
何? このおじいさん僕の考えが読めるの?
「うむ。素直じゃな」
「我はガーランドだ。よろしく頼む」
「よろしお願いします!」
この人も結構年配の方だ。見た目はテオさん程のお年ではないけども。ただ、体格がすごく厳ついからテオさんとは対照的に外見的にもとても強そうに見える。
「儂らはもう騎士団を退役した身なんじゃがの。此度の厄災は国家の一大事じゃと、いいように駆り出されたわけじゃ」
「既に騎士団により他の地域の領民は他領に避難済みだ、後はこのレイムの街と北の開拓村、あぁ、今はシオン村というんだったか。そこの住民を残すのみとなっている」
「そうなんですね。何かシオン村は元より、メイロード伯爵領も国から切り離されたって噂が流れてて国からの支援はないんだと思ってました」
「まぁ、確かに領地的にはそういう方針らしいが、国王陛下は臣民の命まで軽く扱われる御方ではない。もともと可能な限り住民は他領へ移住させる手はずだったのだ。馬鹿な商人どもが金のために王命を無視しなければな」
「そうだったんですね」
あれ? でもうちの村を隔離したのは商人じゃなくて騎士団だったよね?
「シオン村はまたちと扱いが違うがの」
え? だからこのおじいさん何で僕の考えを読めるの?
偶然?
「兎も角、急ぎ住民を避難させなければならん。
「まこう……ですか?」
「ああ、国は蝗を魔蟲と認定し
ガーランドさんの言葉はそれが体験に基づくものであると何となく理解できた。
「はい、僕も身をもって経験済みです」
「そうそう、アイザックの調査の結果レミエの街はもう魔蝗に襲われてたんだろ? となると避難経路に街道が使えんからな。ちょっとまずい状態だ」
「ん……ちょっと待って。もしかしてレックスって、僕が調査に行く前にお二人から影の正体を聞いてたんじゃないの?」
「ああ、そうだ。というかお二人から教えてもらって初めてあの影に気付いたからな」
「ならその情報は前もって教えてくれても良くない?」
「いや、俺は伝えようとしたんだぞ。その前にお前が調査に行くって通信を切っちまったんだろ? まぁ、お前なら今の状況を詳しく調べるだろうから敢えて言う必要もないと思ったのも確かだがな」
まぁ、つまり信頼してくれていたということか。なら仕方ない。僕のせいでもあるしね。
「それで、どうするの?」
「無論、危険を承知で森を抜けるしかあるまい。留まっても死しかないからのう。何割かは犠牲が出るかもしれんが全滅するよりはマシじゃろう」
「うむ、それ以外に道はない」
つまり、危険を冒してでも避難一択しかないってことか。
「アイザック、何か他に良い案はないか?」
レックスは何とか犠牲者は出したくないのだろう。すがるように僕を見てくる。
「うーん。僕のスキルの障壁で街を覆えばとりあえず魔蝗を防ぐことはできるよ。それはレミエの街で実証済み」
「ほう、これはまた
「小僧、戯言は許さんぞ」
「本当ですよ。【形成:障壁】」
——ブゥゥゥゥゥゥン——
障壁で僕を包む。
「この障壁を大きくして街を覆うだけですから」
「何だと! 単独で魔法を……!」
「小僧っ子! これは見事な結界じゃの。無詠唱でこの強度。おまけに街を覆えるとな……」
テオさんは感心しながら指先で障壁をコツコツと叩く。
——バリィィィン——
そして力を込めた感じもしないのに、障壁に穴を開けた。
「えっ!?」
ウソでしょ?
だからこのおじいさん何者なの?
「しかし、却下じゃな」
「僕の障壁じゃ……ダメですか?」
「否否。見事な障壁じゃよ。穴を開けたのは慢心せんでもらいたかっただけじゃて」
「それなら何で……却下なのでしょうか……」
「確かに障壁を張れば魔蝗から人々を守ることはできるじゃろう。じゃが、あやつらは森を食い尽くしながら移動する。通り過ぎるのに幾日かかるかわからん。その間は森に出て食料を調達することもできまい。ただでさえこの街には食料がない。すぐに障壁の内側では食料をめぐって人同士が争うようになるじゃろうのう」
「……確かにそうですね」
テオさんの言うとおりだ。僕は先のことまで考えてなかったな。
「それならシオン村に避難するのはどうでしょうか? 住まいを確保するのに多少時間が必要ですが、食料には困りませんよ」
シオン村の食糧事情を二人に説明するととても驚いていた。
ガーランドさんは半信半疑で、テオさんはただただ頷いていた。
「小僧っ子よ、ならば行ってみるかの。お前さんの村に。皆が生き残る道を模索するならそれが一番よさそうじゃて。陛下からも好きに動いていいと言われとるわけじゃし、皆が助かるなら無理に他領に行かずともよかろうて。ガーランド、ええかの?」
「はい、私も異論はありません」
ということで、この前100人移住したかと思ったらレイムの街の住民全部が移住することになった。
幸い、魔蝗の群れがレイムの街に到達するまではまだ数日かかると見込まれるためその間に住宅の準備を僕が行い、住民の移動についてはレックスやテオさん、ガーランドさんに指揮をとってやってもらうことになった。
◇テオ◇
障壁に加え、魔獣を使役し、空まで飛びおるか……。
「のう、ガーランド」
「はっ、何でしょうか?」
「あの小僧っ子と儂、どっちが強いかのう?」
「まさか、ご冗談を。テオ様とは比較にもなりますまい。あの小僧自身、テオ様には敵わないと言っていたではありませんか」
「いや、言うとらんぞ。隙がないと言うただけじゃて。勝てんとはいわんかったのう……」
「そうでしたか? しかし、あの障壁は易々と破られたではありませんか」
「そう見せたが……言うほど簡単ではなかったのう。思わず「儂が上じゃ」と言外に誇示してしもうた。年甲斐もなくのう」
「三聖ともあろう方が子供と張り合ったと?」
「そう言うことじゃ」
「それこそ笑い話にしかなりません。誰も信じんでしょうな」
「そう言うお主も驚いておったではないか。あの小僧っ子は契約者ではないのじゃぞ。ましてや貴族の生まれでもない。にもかかわらずあの年で「壁越え」を果たし複数のスキルを使いよる……加えてメゼドの奴がかけたと言われる秘術のこともある……」
「星降りの子……。あれが秘術の結果であるならメゼドの想定を超えた存在になっているように思えますな。心根が良いまま育てばいいですが、誤った道に踏み込めば国の脅威になるやもしれません」
「まぁ、心配するでない。儂は、あの小僧っ子が気に入った」
「今なんと?」
「気に入ったと言ったのじゃ。あの小僧っ子の魔法の技量をお主も見たじゃろう? 加えて領主級の魔力量じゃ。あれだけの才にはお目にかかったことが無い。が、惜しむらくはこの辺境じゃ。師がおらんじゃろう。あの小僧っ子にさらに武が加われば面白いことになりゃせんかの?」
「この国のどんな猛者を目にしても全く興味を示さず、弟子をとらなかったテオ様の言葉とは思えませんな。逆に心配するなという方が無理というものです」
「失礼な奴じゃのう。陛下からもあの小僧っ子の面倒を見るように言われておるではないか。それに上手くいけばあの小僧っ子はこの国の切り札になるやもしれんぞ」
「やはり、心配しかありませんな。下手をすればテオ様が2人に増えるようなものではありませんか」
「お主は儂をなんじゃと思うておるんじゃ?」
「好き勝手されても誰にも手に負えない我がまま爺さんといったところでしょうか」
「ほっほっほ、言うのう。お主こそ、普段は真面目なくせにキレたら誰も手がつけられんではないか」
「ゴホン、その話はおやめください。で、あるからこそ。力を持つものは己を制することを学ばねばならんのです」
「やはり、真面目じゃのう。まぁ、お主もおることじゃしあの小僧っ子は真っ直ぐに育つじゃろうて」
「いやいや、私まで巻き込まないでください。私はただ陛下のご命令どおり護衛に努めるだけです」
「おや? 魔境で暮らすのじゃぞ? 自衛も出来る方がより安全ではないかのう?」
「うっ……。それならまぁ……小僧が望むのなら鍛えんこともないですが……」
「ほれほれ、認めた方が楽じゃぞ? あの小僧っ子が気に入ったのだろう? お主も小僧っ子のスキルを見て驚いておったではないか」
「うっ……、断じてそのようなことは……」
◇シオン村◇
わずかな間に移住者全員分の住居を用意するのは難しい。
単に箱だけのような部屋を用意するならそれでもまだ可能かもしれないが、直に雪も降ろうかという季節であり、単に雨風が凌げるだけの家では寒さが堪える。
そのためアイザックは個室を用意するのではなく、大人数を一度に収容できる大部屋にすることで解決することにした。
当然暖房設備、炊事場、トイレ、風呂を備えた巨大な収容施設である。アイザックにとって時間がかかるのは暖房設備や水回りの設計・設置であり、巨大な施設の建築自体にはさほど時間を取られない。大部屋にすることで圧倒的に早く建築することができる。
一旦そこに避難してもらい、冬の間に徐々に個々の家の建築を行う予定である。
3日かけてアイザックは宿泊場所として体育館のような施設を完成させた。
また温水プールのような巨大な浴場を併設し、男女別の浴場に加え、着衣したまま入浴する共同の浴場がある。共同の浴場は完全にアイザックの遊び心で造られたものでウォータースライダーが設置されている。浴場は昼夜問わずいつでも使用可能となっている。
加えて広々とした炊事場と洗濯場(及び洗濯物干し場)もそれぞれ別の施設として併設した。
トイレはそれぞれの施設に男女別で4~20設置されている。
また宿泊施設、炊事場は日中に2回、洗濯場は日中に6回、浴場は半刻(約一時間)ごとに自動的に【大地操作】の魔法が発動し、土、砂、埃などの汚れが一ヵ所に集められる仕組みになっている。その集められたごみの始末は住民に行ってもらう予定である。
巨大な施設が完成した次の日、移住者の一団は無事にシオン村に到着した。
テオ、ガーランドを始め、移住者の一団は広く切り開かれた森、冬にも関わらず実る作物、どうやって建てたのか見当もつかない巨大な建築物の数々、区画整理され綺麗に並ぶ住宅の数々、平らで真っ直ぐに整備された石の道路、そしてどことなく暖かさを感じる空気。その全てに度肝を抜かれたのだった。
そして、見事な造りの建物と、暖房、水道、トイレ、風呂に関しては王宮をも遥かに超える快適な住環境であることに再度度肝を抜かれたのだった。
それからさらに10日後、村の外では雪が降り積もる中、黒い影がシオン村に到達した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます