第31話 黒い影の調査
遠く南の空に蠢く黒い影には嫌な予感しかしない。
「レックス、ありがとう。何かヤバそうだね」
——ああ、不吉すぎる——
「ちょっと村の皆と相談して調べてみるよ」
——ありがとう。助かるよ——
レックスとの通信を切り、村の重役皆とヨハン司祭、そしてマロウに通信をつなぐ。
「ちょっと皆集まって。何か大変なことが起きてるみたいなんだ」
「おい、なんだありゃ?」
皆を連れて上空に上がったところ、ロイドが思わず声を上げた。
ロイドは他の皆よりも目がいい。目だけじゃなくて五感全てが群を抜いて鋭い。
影はかなり遠くにあるので見えにくいのだがロイドは気づいたようだ。
さらに上昇すると他の皆も影に気付いた。
さらにさらに上昇すると黒い影はかなり広範囲に広がっている様子が見えてきた。
正確には真南ではなく、南西から北上してきているようだ。
「これ……どんだけ広がってるのよ」
「一体何が起きてるんだ?」
「あの影、少しずつこっちに近づいて来てない?」
皆が得体の知れない何かに不吉なものを感じ取っていた。
「あれはもしかしたら……
そんな中ヨハン司祭はあの影の正体にピンとくるものがあったらしい。
「蝗ってバッタのこと? 蝗ってあんな黒い色してないし、そもそもあんな風に空は飛ばないでしょ? そういう種類の蝗もいるってこと?」
僕が知っている蝗っていうのは緑色だ。そして飛べたとしても短い距離だけで、あの影みたいに空を飛べるわけじゃない。
「蝗に限った話じゃないけど、群れになると凶暴化して体の形や色が変化する生き物がいるんだよ。群れになった蝗は体が黒くなるし空も飛ぶんだ。世界的に見れば蝗の群れによる害は時々発生してて教会にも支援の要請が来るんだけど、話に聞く蝗の群れと特徴は一致してると思う」
「ちょっと待ってくれ。ヨハン司祭、仮にあれが蝗だとすると一体どれだけの数がいるんだ?」
「分かりません。数えきれないくらいいるとしか……」
そうだね。あれが蝗だとしたら食べ放題だからね。ダンが質問した気持ちは良くわかる。
「対処法はあるのか?」
「ほぼありません。火魔法を扱う領主が焼き尽くしたという前例はありますが、魔法による被害もかなり出たとのことです。他の魔法では焼け石に水かむしろ魔法による被害の方が大きくなるかで対処しようがないようです」
あれ? なんか食べ放題って雰囲気じゃないな。
対処ってする必要あるの?
「対処って……捕まえて食べればいいんじゃないの?」
「アイザック、あれだけの蝗の群れだよ。蝗に食べ尽くされて農作物は全滅しちゃうんだ。それなら蝗を食べればいいって話になるかもしれないけど、ああなった蝗は普段食べない植物もたべるようになるから毒のある草とかも食べちゃうんだよ。そういう蝗は毒を食べるのと同じだから危険なんだ」
なんですと?
「それって……かなりやばいんじゃないの?」
「そうだよ。まぁ、今は冬だし農作物が食べ尽くされる心配ははいと思うけどね。ただ……」
「ただ何?」
「蝗は寒さに弱いから冬には沈静化するはずなんだけど、そんな感じがないのが気になってる。あとはこの地域が魔境化してるから蝗も何らかの影響を受けてるかもしれないのが気になるかな……」
「じゃあ何にせよ、調査が必要だよね。皆、僕行っていい?」
一応チームシオン村のリーダーは僕だからダメってことはないよね。
「お前がそう決めたのなら行っていいぞ」
「アイザック、行ってもいいけど蝗は食べちゃダメだからね」
うっ……。お母さんに釘を刺された。
でもお父さんとお母さんにも許可をもらえたからよかった。
「ありがとう。じゃあマロウも一緒に行くよ」
「えっ、俺もかよ」
「僕の子分なんだから、僕が行くところにはついてこないとダメでしょ!」
「ちっ、しゃあねぇ……分かったよ大将。いきゃいいんだろ」
「ええっ? 何で俺が行かなきゃならねぇんだよ!」
「そりゃ、お前が俺の下僕だからだ。お前に選択肢はねぇぞバルボッサ」
「わかったよ、行く、行くから放り投げないでくれ~……ぐはっ、いってぇ」
バルボッサはマロウによって飛行体に雑に放り込まれていた。
「お前らはどうする?」
「大兄貴が行くところ、どこでもついていきますぜ」
「勿論行かせていただきます」
そう言いつつもバルボッサの手下であるデープとヌボーの顔は蒼白である。
「いやぁ心強いなぁ。勇敢な大人が4人もついてきてくれるなんて。何かあった時はか弱い子供の僕を守ってね」
「よく言うよ」
「じゃあ行くね!」
5人を乗せた飛行体は南の空へと飛び立ったのだった。
「ユピィ、念のためもっと高く飛んで」
「ピィ」
レイムの街を超えてさらに南西に行くと黒い影にかなり近づいた。
何があるか分からないため黒い影が届きそうにない高度まで上がるようにユピィに指示をする。
「思ったよりもレイムの街に近いな」
そしてはっきりとその目で影の正体を捉える。
「やっぱり蝗か」
蝗の形をしてるけど一匹一匹が黒い。
「えっ、大将この位置から見えんのか?」
マロウが驚いている。まぁ、僕って目はいいからね。
あれ?
ん?
見間違えたかと思って何度か目をこする。
「何か……蝗にしては大きいような……」
木の葉っぱとかと大きさを比べると明らかに縮尺が変だ。
「いや、見間違いじゃない。やっぱり大きいぞあの蝗!」
その言葉に4人の男たちにも緊張が走る。
「マロウ、この近くに街か村はある?」
「ああ、あるぞ。あの街道に沿って行けばレミエの街があるはずだ」
「ユピィ、あっちだ」
「ピィ」
マロウの指差す街道に向かって進路を変える。
「こ、こりゃあ……ひでぇ。森が食い尽くされてやがる……」
バルボッサがつぶやく。
遠くに見える黒い影が通り過ぎた土地は……恐らく森があったのだと思われるが、その言葉の通り食い尽くされていた。
「ねぇ、マロウ……蝗って木も食べるんだっけ?」
「いや、俺の記憶が確かなら草しか食わねぇはずだ……」
「だよねぇ」
蝗は森の木々を……それこそ木の幹までも食い尽くしていたのだ。
「
マロウの表情が急に険しくなった。
「魔蟲ってそんなにヤバいの?」
「ああ、滅多に出現することが無いんだが、魔蟲に関しては悪い噂しか聞かねぇよ」
「そう? こいつらからは大した魔力は感じないけどね」
「群れてる場合は一匹一匹は大したことはないんだが数にやられることが多い。木の幹が食い破れるなら人の胴体も食い破れるだろう? 全方位から襲われてみろ。何十匹か何百匹叩き潰したところで何も変わらん。最後には食い尽くされて終わりだ」
「うわっ、何か嫌なもの想像しちゃった」
「まぁ、肉食に変化しているかどうかは分からんが、全身を鎧で覆っていない限り俺は戦うのはごめんだな」
「まぁ、確かにマロウの言う通りだね。こいつら腹減ってそうだし、人を襲うかどうか確かめてからじゃないと調査は危険だね」
「おいおい大将、それどうやって確かめるんだ?」
「え? それはほら、僕の子分には素敵な手下が3人もいるからね」
そう言ってバルボッサ、デープ、ヌボーを見ると3人は「ヒィ」と肩を竦める。
「成程な。3人もいりゃ十分だな」
マロウも中々に悪い笑顔を浮かべて3人に目を向けた。
「大兄貴!」
「それだけはご勘弁を」
「ふざけんじゃねぇぞテメェら、コンチクショー! 人を何だと思ってやがる!」
「ははは。勿論冗談だって」
「まぁ、冗談は置いといてこの先のレミエの街が心配だな。上手いことやり過ごしてくれてるといいんだが……」
程なくしてレミエの街が見えてきた。
レミエの街は蝗の群れが今正に通過中で、上から見下ろすと完全に廃墟と化している。
石造りの家は、壁や屋根は無事だが、木でできたドアは食い破られていた。
木造の家は、見事に食い尽くされていた。
ただ、上から見た感じ襲われた人はいないようだ。
「見た感じ人はいないね。人は襲わないのかな?」
「それは分かんねぇな。既に避難したのかも知れねぇし……」
「まぁ、ちょっと見てくるよ。ちょっと待ってて」
「おい、正気か? 危険すぎるから止めとけ……っておいっ!」
マロウの制止を振り切って飛行体から飛び降りた。
マロウが心配するのは分かるけど、マロウは僕のスキルを全部知ってるわけじゃないからね。
いくら数が多くても、蝗にやられはしない。
「【纏雷】」
雷で体を覆う。
——バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ——
降下中にも蝗たちが次々に突っ込んできては燃えていった。
防ぐだけなら障壁でもいいんだけど少しでも数を減らせるかと思って【纏雷】にした。
しかし、1匹1匹が大きい。
僕の片腕くらいの体長がある。
「【重力操作】」
着地前に落下速度を落とし、軽やかに着地した。
——バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ——
——バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ——
——バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ——
思った通り、蝗ごときにやられはしない。
——バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ——
——バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ——
——バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ——
そして、やはり凶暴というか人を襲うようだ。全方向から次々に飛び込んでくる。
——バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ——
——バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ——
——バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ——
飛び込んでくる数が多すぎて視界が虫で埋め尽くされる。
やられはしないが、これではまともに街の様子が見れない。
「こりゃ無理だな」
仕方ない。障壁を使おう。
「【形成:障壁】!!」
僕を中心に半球状の障壁が広がっていった。
それも蝗だけを排除して、街の建物は一切傷つけることなく広がっていった。
「何だこりゃ!」
その様子を見ていたマロウや他の3人は上空で驚いていた。
しばらくしてレミエの街を覆う障壁が完成したのでユピィに降りてきたもらった。
「じゃあ、皆で手分けして調査ね。まぁ居なさそうだけど、取り残された人がいないか一応調べてね。ああ、バルボッサは逃げたきゃ逃げてもいいよ」
「はぁ? 誰がオメェの言うことなんか聞くかってんだ」
そう言ってバルボッサは飛行体の中でふて寝する。
「はい。では、仕事が出来ないバルボッサ君にはこの街に居残ってもらいましょうね。では他の皆調査よろしく!」
「ああ? 何言ってやがる。ちょっと休憩してただけじゃねぇか。行くよ、俺は前からレミエの街を見て回りたかったんだよ! オメエら行くぞ!」
そう言って起き上がり、デープとヌボーを連れて行こうとする。
「あ、ちょっと待って。そう言えばコレ渡してなかった」
3人に通信具を渡す。
「あ? 何だこれ?」
「通信具だよ。何かあったらこれで呼び出すからちゃんと持っといてね」
「こっちから呼び出すことは出来ねぇのか?」
「魔力を流せば呼び出せるよ」
「ふざけんな! 魔力なんざ扱えねぇよ!」
「ああ、でも大丈夫。この街くらいの大きさならどこにいても声が聞こえるから。一応、子分の子分になるから返さなくてもいいよ。でも無くさないでね」
「オメェ……とんでもねぇガキだな」
「大将、大事にもっときやす」
「俺なんかに……もったいねぇ」
そう言って3人は調査に向かってくれた。
案外真面目に調査してくれたようだ。
後になってマロウがこっそり教えてくれた。
通信具は立派な魔道具になるらしく、魔道具に平民が触れることは殆どない。
それをポンとくれたことに3人とも感激してたとのことだ。
あとは障壁を張って蝗を防いだことにも感動していたらしい。
デープとヌボーはともかくバルボッサも感激してたのだろうか?
よく分からないけど、まぁいいか。
調査の結果、住民は結構前に避難していたことが分かった。
新しい馬糞とかが無かったからだ。
調査結果をレックスと村の皆に通信具を使って共有しておいた。
蝗の群れはレミエの街の南西から北上しているが、住民は南東の方角に逃げていることも分かった。
目に見えて人が襲われた様子はなかったので正直ほっとした。
影の正体も分かったし、障壁で十分防げるからレイムの街を障壁で覆えば何とかなるだろう。
この時の僕は安易にそう思っていたのだった。
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