第29話 瞬間放出量

 「温かい冬」それが実現出来たら何て素晴らしいことだろうか。

 皆がそう思ったが穴は高温で調査することが出来なかったため、温度が下がるのを待つことになった。

 それを待つ間、移住者用の住宅を建設することにした。

 これには宿屋の型を参考にして、部屋の沢山ある建物を建てた。


 単に箱みたいな部屋が100部屋あるただけの建物のため、建物自体は結構な大きさになったがその日のうちに建てることが出来た。

 「とりあえず雨露を凌げればいい」という発想の元、凝った造りよりも速さを重視した結果そうなった。

 1部屋1部屋は広くないが、寝るだけなら1部屋に2~3人は寝るくらいの広さはあるし、2段ベッドなどを置けばもっと寝れるだろう。

 余裕で100人は寝泊りできる。これで明日からは移住が出来ると思う。

 ドアの取り付けは流石にできなかったのでこれは移住者各々にやってもらうことにする。


 建て終わる頃には夜になってしまったが、それでも穴の温度は下がらなかった。

 正確に言うと、地表近くの温度は下がっているのだが、地下深くになればなるほど高温になり底までは辿り着けなかったのだ。


 次の日、ユピィに頑張ってもらいレイムの街を何度も往復した。

 3日の旅路を覚悟していた移住者たちは、その日のうちに移住できると知ってとても喜んでいた。

 その大半が孤児だったり、ずっと貧困に苦しんできた人達だったので皆大喜びだった。

 当然空の旅は皆初めての経験だったのだが、大声で泣き叫ぶほどに喜んでくれていた。


 昼過ぎには移住希望者を全員運ぶことが出来た。

 ちなみにレイムの街に行くたびに、シオン村にある大量の麦や豆などの食糧を運んでいる。


 それらの食糧は金属や道具、工具、武器、塩などと交換してもらった。

 それでもかなりの量の食糧を運んだのでかなり格安で譲った形になる。しばらくはレイムの街の人たちが飢えることはないだろう。


 今後も定期的に食料は売りに来るつもりだ。


 移住者への部屋の割り振りや村の決まりごとの説明は大人たちに任せ、僕は穴へと向かった。

 しかし、かなり時間が経っているというのに、まだ穴の奥底の温度は下がっていなかったのだ。


 仕方がないので、移住者用の必要な設備を造ることにした。

 流石に寝泊りする場所だけじゃ不十分だからね。


 取り敢えず、トイレを10棟設置した。これは深く掘った穴を箱で覆っただけの簡単なものだ。

 穴は壁面から水が入ってこないように石化で表面を加工してある。

 宿泊場所と同じでドアの取り付けとかは移住者にやってもらう。


 次に、製粉所。

 製粉所はレイムの街にあった風車を参考にして建てた。

 必要なのは挽臼の部分で、羽根車とか、そこから挽臼を回す歯車の仕組みは面白いなと思ったけど、挽臼はスキルで回せばいいので無駄な部分は省いた。要は挽臼が幾つも並ぶだけの小屋を建てた。


 シオン村に麦は沢山あるけど製粉する設備がなく、今までは麦がゆばかり食べていた。

 まぁ、麦がゆでも生きていけるんだけど人手が増えたのだから今まで出来なかったことにも人手を割ける。


 つまりパンを作ってもいいじゃないか。ということでこれを機に製粉所を建てたわけだ。

 まぁ、挽臼があるだけの小屋なんだけどね。


 挽臼は【形成】した枠だけのもので石臼にしてはいない。なのでとても軽い。それを【回転】で回す。それで十分粉を挽くことができた。

 石とは違い、中身が透けて見えるが機能すればそれでいいのだ。


【大地操作】と【石化】を使えば石臼を造ることはできるが、それだと重いし、回すのも大変になる。

 必要なのは石臼じゃなくて粉を挽く機能だからね。


 何にしても【形成】と【回転】はかなり生活に応用できるスキルだと思う。

 自由に形を変えられるっていうのは凄いことだと我ながら思うし、【回転】させることで人が行う作業量を大幅に削減できることが結構ある。


 現状は畑の広さに対し労働力がまるで足りていない。

 お父さんが言うには、麦畑だけでも1000人が1年食べていくだけの食糧を収穫できるらしい。

 普通麦の収穫というのは年1回だが、ここの畑は1日も経つと麦が再生して再度収穫できるようになる。

 おまけに味がすごく美味しい。

 まぁ、味がいいのは置いとくとして、移住者が100人程増えたといってもこの畑の生産量に対しての労働力は全く足りないと言うことだ。


 でも、挽臼のようにスキルを使えば人手不足を補う道具が色々と作れるんじゃないかとも思う。

 まぁこれは今後の課題だね。


 !!


 ふと、村への移住をお祝いして牛を一頭潰そうかという話声が耳に入った。

 今まで家畜を潰すことは極力避けて来たけど、黄金牛が家畜化出来た今は状況が違う。

 人手も増えたから牛1頭くらいならいいかということのようである。


 その候補に名前が挙がったのはオヤブンだった。

 正直なところショックだし寂しい。オヤブンは開拓初期からずっと頑張ってくれたからだ。

 村の一員、家族の一員みたいなものだ。

 それでも、いつかはこういう時がくると聞かされていたし、覚悟はしていたけど、出来ればずっと一緒にいたかった。

 悲しいけど、ダンたちがそう決めたのなら、仕方ない。

 オヤブンが選ばれた理由も納得できる。黄金牛みたく毛が刈れるわけでもないし、雌牛のようにミルクを出せるわけでもないからね。

 オヤブン。今までありがとう。美味しく食べてあげるからね。

 じゅるり。


 そんな話を耳にしつつ僕は穴の調査に向かっていた。

 【重力操作】を使ってゆっくりと穴の底へと向かって行く。

 でも、降りるにつれどんどん温かくなり、次第に熱くなっていった。

 まだ温度は下がっていないようだった。


 下がっていないというよりは、昨日と変わってないんじゃないかと思う。


 その結果を踏まえ、僕とヨハン司祭はある仮説を立てた。

 これだけ時間が経っても熱が冷めないということは「穴の奥底は元々熱い」のではないかというものだ。


 となれば、ちょっと強引に行くしかない。

 全身を障壁で囲み、熱を遮断して降りてみる。

 底まで行くと、岩盤を突き抜けた先にあったのは大量の地下水だった。


「【水操作】」


 スキルを使って強引に熱湯の中に入り、光で照らして見渡してみるととても澄んでいてかなり遠くまで見渡せた。でも果ては見えずどれくらいの量があるのかは分からなかった。


 ならばと魔力を注いで水の量を感知しようかと思ったが、あまりに量が膨大過ぎてどれだけ魔力を注いでも終わりが見えなかったので諦めた。


 相当な量の地下水があるのは間違いない。

 試しに地下水を幾分か持ち帰り、冷まして飲んでみたらとてもおいしかった。

 特に【命の息吹】は発動しなかったので飲んでも安全だろう。


 ちなみに穴の底からは壁を左右交互に蹴って上がるのだが、壁を蹴るのもかなり上手になった。


 翌朝、調査結果をヨハン司祭に報告する。

「じゃあ、やっぱり白い煙は蒸気だったんだね。地下水が元々熱いならお湯を沸かさなくてもお風呂に入れるね。うーん……話してたら久々にお風呂に入りたくなってきたなぁ」

「ヨハン司祭はお風呂に入ったことあるの?」


「うん、あるよ。修行時代は総本部にいたからね。ほら教会ってお金持ってるでしょ。だから宿舎もすごい立派でさお風呂もあったんだ。お風呂に入るとぽかぽか温まるし、さっぱりして気持ちいいよ。でもまぁ、これだけ穴が深いと汲み上げるのが大変すぎて無理だろうけどね……。でも地下水が豊富にあるなら蒸気を利用した村の暖房設備を造るのはいけそうだね」

「うん、その計画は進めて大丈夫だと思うよ。……あ~、何か僕もヨハン司祭の話を聞いてたらお風呂ってのにはいりたくなってきたなぁ。ちょっと頑張ってお湯を汲んでみようかな」


「え? 汲めるの?」

「まぁ、汲むっていうのとはちょっと違うかもしれないけど……多分頑張ればいけると思う」


「え、本当?」


 息を大きく吸って、吐いて、気持ちを集中する。


「【重力操作】」

 掘った穴を覆うように魔法陣を展開する。


 何度もこの魔法を使っていく中で、この魔法が周囲に与える影響も何となく分かるようになってきた。


 【重力操作】は重力を操って何でもできるというわけではなく、僕の今の実力では重力に幾分かの強弱をつけるくらいしかできない。

 この魔法を使って重力を軽くすると、不思議なことに魔法陣の外の空気は下に向かって流れ、魔法陣の中の空気は上向きに流れる。


 同じようなことが水に対しても起きるんじゃないだろうか。そう思ったわけだ。


「さてさて、どうなるかな?」


 そしてその予想は当たった。

 魔法陣の下の地下水は押し上げられているようだ。


 地下水に押しのけられた空気が流れてくる。


 しかし、ある程度時間が経つと、その空気の流れは止まってしまった。

 つまり、水の上昇が止まったということだ。


「む、もっとか!」


 【重力操作】は自然の摂理に逆らう力だ。そのためかなりの魔力を消費する。

 そして、自然の摂理に逆らおうとすればするほど必要な魔力は跳ね上がる。


 逆に言えば、魔力さえ注げば更に重力を軽くすることは可能になる。


 【水操作】でも水を操ることが出来るけど、穴の底から水をくみ上げるとなるとかなりの水量になる。


 感覚的にそっちの方がきついと思ったんだよね。覚えて間もないスキルというのもあるけど、何かを操作するのはそれなりに神経を使い質量が増えれば増えるほど大変になる。

 まぁ、単に持ち上げるだけだから割と雑な操作でも行けると思うけど、重くなればなるほど必要な魔力が増えるため後半になればなるほどきつくなる。

 この場合、問題になってくるのは魔力の総量ではなく瞬間的な出力の上限だ。最近はいろいろと無茶な魔力の使い方をしたから瞬間的に放出できる魔力量には上限があるのが分かってきた。【水操作】だと明らかに僕の出力の上限を超えるのが直感的に分かった。

 ちなみに、継続して地脈からどんどん魔力は供給されるので長時間魔力を放出することに関しては未だ上限を感じたことはない。


 そんなわけで【重力操作】なら【水操作】よりも可能性があると思っていたのだが少し考えが甘かったようだ。


 汲み上げるには【重力操作】の威力が足らない。 


「まだまだ!」


 どんどん魔力を注ぐ。


 【重力操作】も【水操作】と同じく使用し続けるとどんどん魔力を消耗する。

 そのため今使っている【重力操作】の効果を上げるには瞬間的な魔力の放出量を上げるしかない。


「まだまだ!」

 ……

 ………

 …………


「まだまだ!」

 ……

 ………

 …………


「まだまだ!」


 ズキン


「ぐっ」


 脳が焼け付くように痛み呻き声が漏れる。

 いい感じで汲み上げていたかと思ったが、僕の方が先に限界に達してしまったようだ。

 魔力の供給が途絶えたことで魔法が消え、地下水は落ちて行ってしまった。


「アイザック、大丈夫かい?」

「う、うん。平気だよ。でも汲み上げるのは失敗しちゃった。いけると思ったんだけどなぁ」


「いやいや、精霊と契約してないのに重力操作の魔法を使えるってだけで大したもんだよ」

「ヨハン司祭は神聖術を使う時に魔力が足らなかったときってある?」


「うん、勿論あるよ。僕は君みたいに無尽蔵に魔力があるわけじゃないからね。あ、一応教会では魔力とは言わなくて聖力って言うんだけどね。まぁ、魔法と神聖術に違いが無いように言い方が違うだけなんだけど、神聖術って言葉を使うなら魔力じゃなくて聖力って言った方が適切だよ」

「あ、そうなんだ。それは初めて知った……って、それはいいとして、そういう時ってなんとかする方法はあるの?」


「まぁ、あるよ。一般的なのは魔石の魔力を使うことかな。あ、ちなみに教会でも魔石は魔石って言葉のまま使うんだ。聖石とは言わないんだよね」

「あ、僕が言いたいのは魔力の総量のことじゃなくて、瞬間的に放出できる魔力の上限を超えたい時ってどうすればいいかってことなんだけど、何か解決方法知らない?」

 魔石云々のことはスルーする。


「うーん、それは分かんないなぁ……。僕らの場合は自分で神聖術を行使するというよりも聖力を渡して精霊に術を使ってもらうからね。魔力の総量が足りないことはよくあっても、アイザックの言った魔力の瞬間放出量とでも言えばいいのかな? その辺のことが問題になることはまずないんだ」

「うーん、そっか。残念、分かんないかぁ」


「あ、ちなみに精霊は術者からもらった聖力を自分に取り込んでから術を使うんじゃなくて、放出されたままの状態で使うらしいんだけど……って参考にならないか」


 ん?

 放出されたままの状態で使う?


 そうか、そうすればいいのか!


「それだよそれ! ありがとうヨハン司祭! 参考になったよ! 瞬間的に出せる魔力に上限があるなら、あらかじめ外に大量に放出しておけばいいんだよ!」

「え? どういうこと? 役に立ったなら良かったけど……そんなこと出来るの?」


 早速試してみる。

 大量の魔力を捻りだす。


 瞬間的に僕が出力できる何十倍、何百倍、何千倍もの魔力を放出する。


 その膨大な魔力の操作は……うん。脳が焼けそうだけど何とか操作できるな。

 多分、普通なら到底無理なんだろうけど、【命の息吹】が発動しまくって何とか耐えられる。 


「【重力操作】!!!」


 その時、僕の中で何かがパンと弾けたような気がした。

 今までの【重力操作】とは明らかに別物の魔法が発動したような気がしたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る