第28話 形あるものはいつかは壊れる

 トイレで排泄したものをどうするかという問題に対しては、僕らの頭じゃ「排泄物用の穴を掘る」くらいしかアイディアが出てこなかった。


 また、たくさん家を建てるためには材料が必要だ。

 そして、僕が建てるときに使う材料は土とか石、それに水。


 と言うことで、建材を確保するためにも、トイレ的にも地面を掘る必要がある。


 トイレ用に穴を掘るのは一般的だ。ちなみにヨハン司祭曰く、街では人口が多く、飽和した排泄物をどうするかと言う問題が付きまとっているらしい。人口が密集する大きな都市ではそもそもトイレが設置されていない家もあるのだとか……。 

 

 じゃあ、都市では排泄物をどうしてるのかって聞いたら、壺とかに入れて窓から捨てたりするらしい。そのため道は糞尿が飛び散っており物凄く臭いのだとか。

 

 半分冗談かと思うくらい汚い話だと思ったし、便をまき散らした人を罰する決まりを作ればいいんじゃないかとも思ったけど、馬車に使われる馬をはじめ、家畜は自由に糞便をまき散らす。流石に家畜の排泄は人がどうこう出来るものではない。ということで取り締まることはできないため対策しようがないらしい。


 結局、人は汚い場所に汚いものを捨ててるだけなのだ。それが人通りのある道というのが最悪だけどね。

 おまけに街や都市は城壁で取り囲まれているため臭いは本当にひどいことになる。

 僕も最初レイムの街に行ったときは本当にきつかった。

 でも、しばらくすると鼻がマヒしたのか慣れちゃったけどね。慣れとは恐ろしいものだ。

 

 その点、農村の方が悪臭問題はいいのかもしれない。トイレに排泄物がたまったら汲み取って自然に還せばいいだけだからな。まぁ、それでもトイレの中は臭いんだけど村の中の空気が籠って臭いが充満することはない。



 そんなわけで、シオン村では出来るだけ臭くならないように、トイレ用の穴を出来るだけ深く掘ることになった。結局従来の方法以外の案を出すことは出来なかった。

 

 トイレ用の穴は深ければ深いほど臭わなくなるし、汲み取り作業の頻度が減る。だから可能な限り深く掘りたいと思っている。ただ逆に言えば、頻度が減る分、汲み取り作業の際は作業が大変になるし、そもそも深く掘ること自体が大変なので普通はそこまでトイレ用の穴が深く掘られることはない。


 でも僕はスキルを使ってガンガン掘ることが出来る。

 だから汲み取り作業が100年は必要ないくらいに深く掘りたいと思っている。


「【復元】」

 【石化】したトイレの下の地面を土に戻す


「【形成】」


 スコップの先端を垂直に重ねたような、中央部分の先が尖った錐形の風車のような形を【形成】した。


 そうだな。これをくっさく君とでも名付けるか。


「【回転】」


――ブウウウウウウウウウウウウウウウン


 【回転】はスキルって言っていいかどうか微妙だけど一応名前を付けてみた。【形成】したものは自由に動かすことが出来るので、単に回転させているだけだ。

 ちなみに、かなりの速さで回転させることが出来る。


――ズガガガガガガガガガガガガガガガガ……


 くっさく君はかなりすごい勢いで地面を抉っていく。


「【大地操作】」

【大地操作】だけでも地面を掘ることは出来るんだけど、石を砕いたりすることは出来ないし、大きな石を操って持ち上げるのはそれなりに大変だ。なので深く掘るには地面を細かく砕いていく方が楽なのだ。


 くっさく君で地面を砕き、【大地操作】で砕いたものを運び出す。


 これによりかなりのスピードで掘れている。

 思い付きでやってみたけど、これ我ながらすごいぞ。すごい威力だ。


「お、水だ」

 少し掘ると壁面から地下水が染み出てきた。

 ちなみに、【形成】で作ったものは光らせることができるので、くっさく君も光らせている。地面を深く掘っても視界は良好だ。


 取り敢えず、水を止めなきゃだな。


「【形成】」


 まず、穴の表面を覆い水を止める。


「【石化】」


 そして穴の表面を石に変える。

 【石化】できるものは土だけではない。

 生き物も、水をたっぷり含んだ泥も石に変えることが出来る。


 つまり、水も石に変えることが出来るのだ。

 それって何気に【石化】のすごいところだと思う。


 何で水を石に変えられるのか、僕的にはさっぱりだけどね。

 でも、出来てしまうのだからそういうものなんだと理解している。


 とにかく、水も石に変わるから穴の表面の隙間はきれいに無くなるわけだ。



――ズガガガガガガガガガガガガガガガガ……


 そして再度掘り進めていった。


 同時に穴の表面を石に変えながらね。


――ズガガガガガガガガガガガガガガガガ……ガキン


――ガギギギギギギギギギギギギギギギギ……


 

 かなり掘ったところで音の質が変わり、かなりうるさくなった。


「あ、岩盤にあたっちゃったかな?」


 音の変化に気付き、ヨハン司祭が教えてくれる。


「がんばん?」


 ヨハン司祭によると岩盤という岩の層があり、硬い岩層の場合は人手で掘るのは困難になるのだという。



「硬い岩盤かぁ。そんなのがあるんだね。……さすがのくっさく君もてこずってるな」

 くっさく君の掘る速度が明らかに鈍っている。


「まぁ、試してみるか。【纏雷】」


 くっさく君に【纏雷】する。

 まぁ、要領は【雷鳴剣】と同じだ。

 

――ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 また音が変わり、掘る速度が跳ね上がった。


「よっし!」


 狙い通り、岩盤も難なく掘り進めることが出来た。


 しばらくすると穴から出てくる土砂が熱を帯びて湯気を発するようになった。恐らく【纏雷】の熱の影響だろう。表面が解けてどろっとした感じになっている。


 さらに掘り進め、かなり深いところまで掘ったと思われる。

 地表からだと立ち込める湯気のせいもあり、くっさく君は既に見えない。


――ゾクッ


 不意に、くっさく君が岩盤を突き抜けたような感覚があった。


 それと同時に悪寒が走る。


 障壁!!!


 ズキン


「ぐっ」


 本能的に咄嗟に障壁を形成し、皆を個々に囲む。

 掘削に時間がかかっていたため、今この場にいるのは僕一人で他の皆は屋敷の外で別の作業をしていた。しかし村の中なら皆の位置は手に取るように把握できる。


 瞬発的に大量の魔力を消費するようなスキルの使い方をすると頭痛がするのだが、それを無視して本能に従う。

 ありったけの魔力を注いで障壁を張った。

 

 その直後だった。  


――ボガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン


 凄まじい、轟音とともに壁まで吹き飛ばされた。


「うわっ」


 障壁が防いでくれたため、爆音にも関わらず耳は大丈夫だし、特に怪我もしていない。(怪我をしていたとしても治っただろうけど)


 皆を覆った障壁も壊れてないため、皆無事だと思われる。


 ただ、白い煙で覆われているため視界は真っ白だ。


 そして、凄まじく熱い。


 障壁で守っていてもかなりの熱気が伝わってくる。


 障壁がなかったら全身に火傷を負っていただろう。


 この白い煙は何だ?


 穴から白い煙が凄まじい勢いで噴出されていた。



 !!



 よく見たら、天井が抜けてる!!


 天井は吹き飛ばされたのか、空高く白い煙が立ち上っていた。


 一先ず、屋敷の外へと出る。

 すると皆も何事かと駆け寄ってきていた。


「アイザック、無事か。一体何があったんだ?」

 お父さんが駆け寄ってきたので障壁を解除する。


 でも、それは失敗だった。

「うわ、あつっ!! 【形成:障壁】!!」


 火傷をするほどではなかったものの、空気がかなり熱かった。

 慌てて再度障壁を張る。


「アイザック、障壁はしばらく張り続けとけ。熱気を防ぐのもあるが、吹き飛ばされた天井とか、石とかが、結構上から落ちてきてるからな」


 屋敷はトイレの上の部屋や屋根が跡形もなく吹き飛んでおり、壁にもひびが入っていた。


 外から見るとその威力のすさまじさが分かる。


 しかし、さっき建てたばかりの屋敷がもう壊れるなんて······何と言うか、虚しさを感じるなぁ。


「これは大地の怒りか何かか? アイザック何をやったんだ?」

「う、うん。ただ、下に穴を掘っていたら、急にすごい音がしてこんなになっちゃったんだよ。何かやばいって思ったから咄嗟に障壁を張って無事だったけど……」


「ああそうだな。まず、お前が無事でよかった。しかし一体何でこんなことになったんだ?」


 ただ穴を掘っていただけで何故こうなったのか、誰にも分らなかった。

 しかし、しばらくすると白い煙は収まったので、何が起きたのか調査することにした。


「これは……蒸気っぽいですね」

 ヨハン司祭が見解を述べた。


「蒸気? 煙じゃなくて?」

「ええ、そうですね。これといった臭いもないし、煙たい感じもしませんし。壁に大量の水滴がついてます。煙じゃなくて蒸気だと思いますよ」


 確かにヨハン司祭の言う通りだった。


 その答えにダンも驚く。てっきり何かが燃えて煙が立ち込めていたのかと思っていたからだ。


「ほら、鍋を火にかけて蓋をして、沸騰したら蓋の隙間からプシューって蒸気が出るでしょう? あれと同じなんじゃないですかね? 規模がとんでもなく大きいですけど……」

「鍋って……そんなことが? 地面の中で起きるものなのか?」


「あ!」

 ヨハン司祭とダンのやり取りをみて思い当たることがあった。


「やっぱり、僕のせいかも……」

「アイザックがこれをやったってのか? 新しいスキルでも覚えたのか?」


 ダンは怒るわけでもなく、ただただ驚いた表情で聞き返してきた。


「ううん、スキルじゃない。深く掘ってたら途中で硬い岩盤にあたっちゃって、だから【纏雷】をつかって掘ってたんだ。大分掘ったら、岩盤を突き抜けた手ごたえがあったんだけど、そのすぐ後にこうなったんだよ」


「ふんふん、なるほどねぇ。ということは、岩盤を抜けたら下には大量の水があって、【纏雷】の熱で凄い勢いで水を沸騰させちゃったってところかな?」


「……うん。……そうなのかもしれない。岩盤を掘ってる途中も【纏雷】の熱で石が溶けてたから、中は相当熱くなってたんだと思う」


「いや、蒸気でこんなことになるのか? 俺には信じられないんだが……」

「バカねぇ、ダン。私たちがあれこれ頭を悩ましても答えなんて分からないんだから考えるだけ無駄よ。そういう理屈付けはヨハン司祭やアイザックに任せればいいのよ。仮にこれが蒸気の力だって言うんなら受け入れればいいだけじゃない。それにもし蒸気でこれだけすごい力が出せるなら何かに利用できるかもしれないわよ」


「お、おう。そうだな。流石ニイナだ。小難しいことはヨハン司祭とアイザックに任せるとするか」


 大人としてその姿勢はどうかと思うところもあるけど、頼られて悪い気はしない。それにニイナの言うことには一理ある。これが蒸気の力だって言うんなら、何かに利用できそうな気がする。


 石造りの屋敷を吹き飛ばす程の力……


 その力を少しでも何かに利用出来たら……


 そう考えるだけで何かわくわくしてきた。

「うん、任せて。穴の中をちゃんと調べてみるよ。まだ原因もつかめてないし、原因が蒸気だったとしても何に利用できるかは分かんないけど……」

「ゴメンね。何でもアイザックに任せちゃって。おバカで不甲斐ない大人を許してちょうだいな」


「ううん、大丈夫。気にしないで。僕ワクワクしてるんだ。ニイナが言うように何か凄いことが出来そうな気はするんだよね」

「く~、相変わらずなんて良い子なの。きっとアイザックならやれるわよ。流石にさっきみたいに家を吹き飛ばさるのは勘弁してほしいけど、これだけ温まれば冬がきても寒くなさそうだしね」


 うん?


——それだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!——


 一斉に皆の声が響き渡った。

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