第26話 魔蝗の影

◇ミルカ◇


「皆行くよ。3・2・1……【重力操作】」


――ブワァァァァァ――


「うおっ、浮いてる! 浮いてる!」

「きゃあああああああああああ、すごい、すごい、すごいっ!」


 すごいよアイザック!

 この鳥みたいな透明な乗り物が、浮かんでる!


「じゃあ、ユピィ行くよ」

「ピィ!」


「【同調】開始!」

――バサァ――


「うおっ!」

「うわぁ!」


 すごい揺れ!


「「「「「「「·······························」」」」」」」


――バサァ――

――バサァ――

――バサァ――


 すごい揺れるけど、揺れるけど……


「すごい! お兄ちゃん、本当に飛んでるよ!」

「ああ、そ、そうだな……ミルカは……こ、怖くないのか?」


「うん。最初揺れが大きくて怖かったけど、ビックリする方が勝っちゃってるよ!」

「ミルカ……すごいな…···」


 どうやらお兄ちゃんは空を飛んでるのがちょっと怖いみたい。


「ねぇアイザック、これ落ちないのよね?」

「うん、大丈夫だから安心して。来るときもこれで来たんだし。あとは大きく風に煽られなかったらそんなに揺れないから」


 ホントだ。今はすごく速く飛んでるのにそこまで揺れない。

 馬車よりもよっぽど揺れが少ないわね。


「ほら、お兄ちゃん大丈夫よ。落ちたりしないから」


 空から見える景色はすごくて……本当にすごくて……、時々揺れるのは確かに怖いと思ったけど私にはあんまり気にならなかった。



 そして、あっという間に村が見えてきた。


「!!」


 っていうか、森が! 森が!


「森がくり抜かれてる!!」

「スゲェ……」


 上から見るときれいに四角く森の木が無くなってるのがよく分かる。


「へへへぇ、皆で頑張って森を開拓したんだ」

「まぁ、殆どアイザックが一人でやったようなもんだけどな」

 

 そう言ったこの人は確か、ダンさんだっけ?


「いやいや、そんなことないよ」

 

 それにしても森ってこんなに広く切り開けるんだっけ?

 しかも殆ど一人で?

 

 ないわぁ!

 それは流石にないわぁ!


 村人って司祭様を入れても8人でしょ。


 8人全員でやってもこの広さを開拓するのはムリよ。


 ムリムリムリ。

 私絶対からかわれてる。

 一人はさすがにないわよ。


 これ街いくつ分の広さなの?


 よく分かんないけど、街10個以上なのは確かね。すごい広さの土地が開拓されてるのは分かる。


 あっ!

 開拓した土地の中央が畑になってる。


 周りの土地は来年畑になるのかしら?

 中央の畑もかなりの広さよね。


 本当に水害も免れてるみたいだし、食糧に困ってないって言うのは本当みたいね。


 もしこの畑の作物を収穫して、分け前を貰えるなら······これなら大人に頼らなくても、私とお兄ちゃんだけでも何とか冬を越せるかしら?


 うん。

 住む場所さえ何とかなれば超せるかも。


 木は余ってそうだし、きっと何とかなるわよね。



 あれ?

 何だろう?


 よく見たら何か······


「村がぼんやり光ってる?」

「ん? なに言ってるんだミルカ。何も光ってなんかいないぞ?」


 あれ? お兄ちゃんには見えないの?

「え? ウソ? 開拓された土地全体が何か光ってるように見えない?」


「へぇ、ミルカちゃんには見えるんだ。すごいね。まぁ、だから連れてきたんだけどね」


 えっと、確かこの人はニイナさん? だった気がする。


「え? 本当に光ってるのか? え? 全然光ってないと思うんだけど。って言うか言われて思い出した。気になってたんだけど、移住する子供は他にもいるのに何で俺たちだけ一緒に連れてきたんだ?」


 そう。私の頭の中にもお兄ちゃんと同じ疑問が浮かんだ。


 何でなんだろう。

 

「それはね。村に着いてから話しましょう。大人の皆は何か落ち着いた感じを出してるけど、そうでもないのよ。街に行くときはね、空を飛ぶのは初めてで私含めて皆叫んでたの。だけど今はあなたたちがいるでしょ。二人にみっともない姿を見せたくないから皆必死に堪えてるだけ。あなた達二人は大したものよ」


「そうだったんだ……」


 でも、自分の弱みを隠さないニイナさんと、恐怖を押し殺して照れ笑いをしている他の皆さん。皆いい人ね。



 空から景色を眺めていたら、あっという間に村に着いちゃった。

 歩いて3日かかるって聞いたけど、あっという間だったなぁ……。

 もっと飛んでいたかったなぁ。


 村の倉庫兼集会所に着くと、ダンさんが色々と話をしてくれた。


「……ってことでな。リュークとミルカ、お前たちは「壁越え」しているんだよ」


「ん? どういうこと?」

「ふぇ?」

 しまった、何か惚けた声が出ちゃった。 

 にしても今何と?


「ミルカ、お前空から村がぼんやり光って見えるって言ってただろ。あれな、アイザックのスキルでこの村を守ってるんだよ。「壁越え」して目を強化すると濃い魔力は目に見えるようになったりするんだが、それが証拠だ」


 そう。今もだけど、アイザックがとんでもないことをしてるって話がポンポン出てくる。正直なところ話が現実離れしすぎてて頭が全然ついていけてないんだよね。


「まぁ、話に現実味がないのはよく分かる。にわかには信じられない話だからな。ピンと来ないなら、ちょっと飛び跳ねるなり、重そうなものを持ってみるなりしてみろ

。そうすればすぐに分かる」


 そう言われてリュークはその場でぴょんと跳びあがった。


「うおっ! 危なかったぁ」

 軽く跳ねたようにしか見えなかったけど、リュークの頭が天井にぶつかりそうになってビックリした。 


 本当に?

 私たち「壁越え」しちゃったの?


 私も半信半疑のまま、天井を見つめて呆然としているリュークを持ち上げてみる。


 ひょい。


「ウソ……」


 ひょいって持ち上がっちゃったよ。

 ひょいって。


「お、おい、ミルカ。降ろしてくれ!」


 頭の上でジタバタするリュークをひょいっと降ろす。


 リュークをこんな簡単に持ち上げられるなんて……


「ほ、本当だ……。私たち「壁越え」しちゃってる……」

「信じられないけど……そうみたいだな……」


「信じてもらえたか? 勿論今まで話したことも全部本当のことだ。信じられない話なのは分かるが、受け入れてくれ。それと二人が「壁越え」したことは他の移住者には秘密にしてもらいたいんだ」


「ああ。分かった。でも……一応理由を聞かせてもらってもいいか?」


「それは勿論、アイザックを守るためだ」

「守るため······?」


 どういうことだろう?


「他の人をこんな簡単に「壁越え」させる力があるなんて知られたらどうなる? 皆自分も「壁越え」したいって思うだろう? そしてアイザックに「壁越え」を求めてくるようになる」


 うんうん。

 それはそうなるわね。


「それが信頼できる善良な人達ならまだいい。でも皆がそうとは限らない。二人ともバルボッサみたいなやつに下手に力を持たせたらヤバいってことくらいは分かるだろう?」


 うんうん。

 確かに。


「もし貴族様や国王様が知ったらどうなると思う? 国を強くするためにアイザックを利用しようとするかもしれない。それならまだいいが、最悪の場合は平民が力を持つことを恐れてアイザックを殺そうとするかもしれない」


「まぁ、そうなるかもな······」


 貴族とかって自分たちのことしか考えてないからね。

 ダンさんの言うことはよく分かる。


「だから、止むを得ない場合は仕方ないとして、アイザックが見ず知らずの人にその力を使うことを禁じている。二人とも秘密にしてくれるか?」


「「はいっ」」

「ありがとう。助かるよ」



「それでだな……」


 あれ?

 何かダンさんが急に照れだした。


「リュークとミルカの二人だけを連れて帰ったのは……俺かロイドの家の養子にするためってことにしたいんだが……どうだろうか?」


「「えっ?」」


「いや、急にこんなこと言って悪い。だが「壁越え」した二人は他の移住者とはやってもらう仕事も変わってくる。それを差別だと思うやつも出てくるかもしれない。それなら……俺たちの家族になったから扱いが違うってことにした方が自然じゃないかと思ってな……」

「バカ。ダン、そうじゃないでしょ」


 ニイナさんからダメ出しが入った。


 え?

 え?

 でもこれってつまり、私たちのお父さんとお母さんになってくれるってこと?


「あのね、二人とも。私たち皆ね、あなたたち二人を初めてみた時から何か他人じゃないような親しみを感じているのよ。だから二人さえよければ私たちの家族になってくれたら嬉しいなと思ってるの」


「くっ……、うっ……」


 リュークってば……いつの間にか泣いてるじゃん。


 って、ダメだ。

 私も。


「うわぁぁぁぁん」

 思わず目の前にいたニイナさん抱き着いてしまった。

 ニイナさんは涙を止めることが出来ない私を優しく抱きしめてくれた。


「あ……、あの……俺たち……売られたんです。実の両親から……」


 泣きながら話すお兄ちゃんはサラさんに抱きしめられていた。


「だから……だから……大人は信用しちゃいけないって思って……今まで生きてきたんだ……」


 ニイナさんの頬から涙が伝ってくるのが分かった。


「奴隷商人からは……マロウさんが助けてくれたけど……生きていくのはずっと苦しかった……いつも……お腹がへってて……寝れないこともあった……家もなくて······身を寄せ合って······震えて夜を越してた······」


 お兄ちゃんの話は止まらなかった。

 多分、今までの苦しい思いがあふれ出るのを止められなかったんだと思う。

 

 自分達を受け入れてくれる大人に出会って。


「街の……大人達からは……薄汚いガキだって……遠ざけられて……いつも怒られて……殴られたりして……ずっと……ずっと……寂しくて……悲しくて……辛かったんだよ……」


「うん。うん。辛かったね。今までよく頑張ったね……」

 サラさんは優しくお兄ちゃんに語り掛けていた。


「わ、わだ……わだじも……づらがっだぁぁぁぁぁぁぁ」

「うん。うん。もう大丈夫だよ。私たちがついてるからね」

  

 この時わたしはニイナさんのことを本当のお母さんのように感じていた。

 ニイナさんの胸と言葉は優しくて、そして暖かかった。




 しばらくして、泣き止んだお兄ちゃんと私は養子の話の返事をした。


「あの、俺も……多分ミルカもだけど、初めて会った大人の人達なのに、ずっと安心しきってました。それが不思議で、でも心地よくて……これから冬になるし、ここでの生活がどうなるか不安だったけど、俺たちでよければ養子にしてください。迷惑かけないように一生懸命働きます。お願いします」

「私も……皆といると安心する。一生懸命働くから……家族になってほしいです」



「二人ともありがとね。それでね。ガイルとユーリのところにはアイザックがいるでしょ。それで、うちか、ロイドとサラのところに来てくれたらどうかなって思うんだけど······二人はどう思う?」


「俺はサラさんのところがいいかな」

「私はニイナさんのところがいい」


 うん。

 ここで意見が別れたか。


 まぁ、私は今まで抱きしめてくれたニイナさんへの好感度が高いからね。


 お兄ちゃんもきっと同じ理由でサラさんのところに行きたいのよね。


「あらら、意見が別れちゃったわね。どうしよっか?」

 ニイナさんは嬉しいような困ったような顔をしていた。


「それなら、ミルカはダンさんとニイナさんの家の養子になって、俺はロイドさんとサラさんのとこの養子になるってことでお願いします。ミルカもそれでいいだろ?」

「うん」


「えっ? 二人別々でいいの?」

「うん。俺達、血はつながってないんだ。同じ時期に同じ開拓村から売りに出されたから、二人で支え合っていこうってことで兄妹ってことにしたけど」


「えっ、じゃあ······」


「同じ村にいるんだし、二人別々でも全然いい」

「うん、私も」


 そして私、ニイナさん、ダンさんは3人でぎゅーっとハグをして、お兄ちゃん、サラさん、ロイドさんの3人もぎゅーっとハグをしたのだった。


 それは本当に幸せな時間だった。


 こんなに幸せでいいのかと思ったくらい私は幸せを噛み締めていた。



 やがてあの悪夢に襲われるとも知らずに。

 ただただ、幸せを噛み締めていたのだった。




◇サレム王国 王都:グランサレム◇


「陛下、旧メイロード伯爵領にまた異変が生じました。シオン川下流域で水害に見舞われた地域の幾つかからいなごの群れが発生したとのことです」


「真か?」


「はい、それも通常の蝗よりもかなり大きい種とのことで、魔境化の影響を受けているものと思われます。その蝗を魔蝗まこうと認定しました」


 人間の社会がそうであったように、虫達の世界においても水害に見舞われた土地の縄張りはリセットされていた。そして、その土地を制したのは、機動力のある蝗だった。


 人の見放した土地にいち早く卵を産み付け、劇的に数を増やしたのだった。


 また魔境化の影響により巨大化し、人の前腕ほどの体長に至っていた。


 巨大化した魔蝗の食欲と顎の力は凄まじく、木々の幹まで食らい尽くす程であった。

 そして魔蝗の数は軽く億を超えていた。


「災害に次ぐ災害か······。これがフリージア様が仰られていた【調整力】が働いた結果なのだろうか? だとすれば、何とも恐ろしいものだな。······ミングス、群の動向は分かるか?」

「はっ。報告によりますれば、なぜか全ての群れが北に向かっているとのことです」


「北か······旧メイロード伯爵領内は死地と化すな。フリージア様は下手をすれば国が滅ぶと仰られていたが、魔蝗が南下すれば正に文字通り国が滅ぶ。今年の豊作など軽く消し飛ぶだろう。魔蝗の動向は逐一報告せよ。南下の動きがみられたら余自らが動く」


「はっ!」


「して、領民の移住はどの程度進んでいる?」

「報告によりますと、富裕層以外で移住してくる領民は殆んどいないとのことです」


「バカな。どうなっている? 移住した後の生活も保障するというのに」


「それに関しては暴動と混乱を避けるために、何より契約権を守るために貴族の避難を優先したことが仇となったようです」


「どういうことだ?」

「移住に関しては商業ギルドを通して情報を流すよう依頼しましたが、商人たちが意図的に情報を流していないようです。つまり、他の領地では稀に見る豊作のため食糧の価格が下落しており、旧メイロード伯爵領が稼ぎ処となっているようです。また、領民も食糧を購入するために危険を犯して魔境に足を踏み入れ貴重な素材を採取しているとのこと。裏では格安で奴隷を仕入れる土壌ができており、商人たちには利が大きいため現状を変えたくないのでしょう」


「強欲な商人どもが!!! 彼の地を地獄にするつもりか!!!」


 王はメイロード伯爵領の放棄を選択した。しかし、領民を犠牲にするつもりはなかった。

 余剰分の食糧を当てて移住した領民の生活を支える救済措置を用意していたのである。


 それを踏みにじった商人に怒りが向くのは当然であった。


「直ちに騎士団を派遣し、領民の移住を助けさせよ。また命令に反した商人の財産を没収し、商業権を剥奪する。代わりに彼の地の取引はワグナー商会に一任する。商業ギルドも首をすげ替えろ。人事については任せる」


「御意」


 ワグナー商会とは王室御用達の指定を受けている商会で王からの信頼は厚い。また、王の信頼を裏切らないように良心的な取引を心掛けている商会である。


「それと、あの「星降りの子」がどうなったか探ってみてくれ。援助が必要なら惜しみ無く与えよ。秘密裏にな」


「御意」


 

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