第25話 弱者
◇リューク◇
「きゃぁあ、リューク!」
くそぉ……
「ぐははははっ、お前らみたいな汚ねぇクズは俺らの言うこと聞いてりゃいいんだよ」
――バキィ――
「ぐはっ」
くそぉ、こんな奴らに……。
「おら、その木札を寄こしやがれ。じゃねぇと痛い目に遭うだけだぞ」
――バキィ――
「ぐっ」
どん底の生活の中でやっとつかんだチャンスなんだ。
「ガキが意地張ってんじゃねぇよ」
――バキィ――
「ぐはっ」
意識が遠のく……。
痛みで息が出来ない……。
こいつ俺を殺す気だ……。
「お兄ちゃん、もういいよ。諦めようよ!」
別に……俺だけなら……ここで死んでもいいんだ……。
でも……ミルカを残しては……死ねない。
マロウさんを倒したあの人達は……開拓村には食料が沢山あるって言ってた……
だから……、開拓村に行く人に配られた……この木札は渡せない。
俺たちは……何としても……何としても……開拓村に行くんだ……
「ダメだ……ミルカ……絶対に……木札は渡さない……」
「強情なお兄ちゃんだな。こんなにボロボロになっても渡さねぇとはよ。最初から大人しく渡せば痛い目に遭わなくて済んだのになぁ?」
「俺たちは……絶対に……開拓村に行くんだ……」
「仕方ねぇなぁ。それなら妹にも痛い目に遭ってもらうしかねぇじゃねぇか。おい、お前らしっかりお兄ちゃんを抑えておけよ」
「「へいっ」」
「な……、やめろ……止めてくれ……わかった。木札は……渡すから……ミルカには……手を出さないで……くれ」
何としても……食べ物が沢山ある開拓村に行きたい……。
でも……それよりも……ミルカを傷つけさせるわけにはいかない……。
「はは、やめる訳ねぇだろ。今なら目障りなマロウも、取り巻きの冒険者どもも森の中だ。今この街に、このバルボッサ様に逆らえる奴はいねぇんだよ」
え……?
どういうことだ……?
「おい……、だから……木札は渡すって! 開拓村に行きたいなら……行けばいいだろ。だから……、だから……ミルカだけは助けてくれよ!」
「ぷっ。……くっはっはっはっは。たまんねぇな」
「…何が…おかしいんだよ……」
「おい、ガキ。マロウ達が行く村に俺が行きたがると思うのか?」
「え?」
「俺たちは元々開拓村なんかに行きたくもねぇ。木札はいらねぇんだよ。つうかよ、開拓村に行きたがってるのはお前らみたいな親のいねぇガキばっかで、大人は殆ど誰も行きたがってねぇよ」
「じゃあ……、じゃあ、何で……」
「そういう顔が見たかったからだよ。お前らは木札は渡したくない。でも、妹が危なくなって仕方なく渡そうとする。まぁ、そこまででも充分楽しめるんだが、頼みの綱の木札に意味がないと知った時の絶望したお前の顔が見たかったんだよ。つまりはストレスの発散だ。もっと絶望してくれ。その方が俺のストレスも発散されるってもんだ」
「なっ……」
「あ…あ…やめて……」
最初から開拓村に行きたくなかった?
俺ら兄妹は最初からバルボッサのオモチャにされてたってことか?
「やめろ! ミルカには……手を出すな! 後でマロウさんに言いつけるぞ」
「くっくっくっくっく。あぁ死んだ後で言いつけられるならいくらでも言いつけてくれ。ガキが空腹に耐えきれず森に入って帰ってこないなんてよくある話だろ?」
こ、こいつ……本当に俺たちを殺すつもりなのか?
「た、助けてくれ……お願いだ……何でも言うこと聞くから……。お願いします!」
「はっはっは、ばぁぁぁか。助けるわけねぇだろ」
なんで……何で……こんな奴に踏みにじられなきゃならないんだ。
「く、くそぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお」
「きゃあああああああああああ、お兄ちゃん、助けて」
ミ、ミルカ……
ああ、マロウさん、マロウさん、マロウさん! 助けてよ!
せめて……ミルカだけでも……
「いいねぇ。もっと喚け。もっと叫べ。弱い奴らを踏みにじるのは楽しいなぁ。はっはっはぶへぇぇぇぇぇぇ――」
え?
――バキィ――
――バキィ――
「ぐはぁぁぁぁぁぁ」
「うげぇぇぇぇぇぇ」
バルボッサが急に吹っ飛んだかと思ったら俺を押さえつけていた二人の手下もいつの間にか吹っ飛んでる。
一体何が……
よく分かんないけど……
きっと……助かった………助かったんだよな……
「ねぇ、大丈夫?」
「お……お前は……」
「酷い怪我だね。喋らないでいいよ。もう大丈夫だから」
こいつ……
マロウさんの手首を……切り落とした……あいつだ……
確か……アイザックとか……呼ばれてたっけ……
森にいったはずじゃ……
「え!?」
急に体が光ったかと思ったら……痛みが引いた。
っていうか…………体も治ってる。
それどころかどんどん何か力が湧いてくるような……。
「本当はコレやっちゃいけないことになってるんだけど、君けっこう危ない状態だったからつい治しちゃった。皆には絶対言わないでね」
「う、うん。あ、ありがと。……あ、ミルカ! 大丈夫か?」
「うん、お兄ちゃん、大丈夫だよ!」
ミルカは泣いていた。
所々擦り傷や打撲があるけど、大きな怪我は無さそうだ。
「あ、お姉さんも怪我してるね。ちょっと怪我見せて」
そう言うとアイザックは親指を短刀で切りつけて、その親指でミルカの傷口に触れた。
すると、ミルカの体が光って……
怪我が治ってる。
「凄い……魔法みたい……」
そっか。さっきもこれと同じことを俺にしてくれたんだ。
「二人ともろくに食べて無さそうだし、傷口が腐って死んじゃうこともあるから治しちゃったけど······お願い二人とも、僕が治したことは街の人には言わないで」
どうやら、あまり知られたくないことらしい。
まぁ、こんな魔法が使えるって知られたら大変なことになりそうだもんな。
「もちろん、恩人のお願いを踏みにじることはしない。誓って秘密にする」
「私も」
「あ、俺リュークってんだ。10才だ。こっちは妹のミルカで歳は8才」
「初めまして。私ミルカ。本当にありがとね」
「どういたしまして。僕はアイザック。6才だよ」
6才。
ミルカより二つも小さい。
見た目は確かに6才なんだけど……こんな小さい奴が大人をあっと言う間に倒すくらい強いなんて……。
それなのに、全然威張った感じもしない。
自分の力を自慢することもない。むしろ隠そうとしてる。
こいつ、良い奴だな。
そして凄い奴だ。
「俺たち開拓村に行くんだ。よろしくな」
「よろしくね」
「うわぁ、良かった。二人とも来てくれるんだ。じゃあ、お友達になってくれる?」
「ああ、もちろんだぜ」
「もちろん。こっちこそよろしくね」
話をきくと、開拓村に子供はアイザック一人しかいないらしい。
そのせいか、俺たちが村に行くと知ってすごく喜んでくれた。
しばらくアイザックと話をしていたら遠くからマロウさんが駆けてきた。
「大将、はぁはぁ、大丈夫か? 試験も放り出して、そんなに雷が怖かったのか?」
「ん? 怖い? いや、あの雷は…………いや、いいや。とにかく試験は白金等級の点数は超えてるはずだから大丈夫だよ」
「え? そうだったのか? てっきり目の前に落ちた雷が怖くて逃げだしたのかと思ったんだが……」
「それより、この子達がそこで伸びてる3人組に襲われてたんだよ。その悲鳴が聞こえたから急いで駆けつけたってわけ」
「聞こえたってウソだろ? ここから森までどんだけ距離が離れてると思ってるんだよ。いやでも……確かに3人伸びてやがる」
え? 森にいたのにミルカの悲鳴が聞こえたってこと?
そして森から駆けつけた?
いや、ないないないない。
有り得ない。
どんな耳してるんだよ。
それにどんだけ足速いってんだよ。
「何か顎が潰れてるが、こいつはバルボッサじゃねぇか。とその手下だな。確かデープとヌボーだったか。リューク、ミルカ、大丈夫だったか?」
「「うん」」
「すまねぇな。俺らの留守を狙いやがったか」
マロウさんは肩を落として謝ってくれている。
「何があったか聞かせてもらってもいいか?」
俺もミルカもアイザックに傷を治してもらっている。服は……元々ボロボロだったのが更にボロボロになったけど、それは今更だ。被害は無いといってもいい。
もちろん殴られたことは腹が立つし、ミルカに手を出したことにはもっと腹が立つけど、心に深い傷が残る程何かをされたわけでもない。
それにアイザックが3人を倒してくれたおかげで清々している。
特に言いづらいこともなかったため、ありのままをマロウさんに話した。
「バルボッサの野郎、ただじゃおかねぇ」
話を聞いてマロウさんも怒りを露わにしてくれた。
「で、ミルカが襲われているところに僕が駆けつけて、膝蹴りをくらわしてバルボッサってのを吹っ飛ばしたってわけ。他の二人はクルクルっと蹴りで吹っ飛ばした」
バルボッサとデープ、ヌボーをどう倒したかはアイザックが説明してくれた。
っていうか膝蹴りだったのか。
というか、どうやったら大人をあんなに吹っ飛ばせるんだ。
顎とかかなりぐしゃぐしゃになってるよ?
痛々しいバルボッサの顔を見ると、怒りもどこかに消え失せていた。
この出来事はマロウさんから街の皆に伝えられた。
その結果、バルボッサ、デープ、ヌボーの3人は罰として開拓村に行くことになった。
3人はマロウさんが責任をもって監督するとのことだ。
開拓村はいつの間にかシオン村という名前になったみたいだ。
ちなみに、シオン村に行くのが「罰として」ってどういうこと? と思ったけど、これには理由があったようだ。
当初、街の皆は食料が豊富にあるというシオン村に行きたがっていた。それはもう、皆行きたがっていた。でも俺たちが知らないうちに大人たちの殆どはシオン村に行くのをやめたらしい。
理由はアイザックたちが持ち込んだ積荷だった。
街の皆で誰が開拓村に行くか話し合っていた時に、積荷を見張っていた人が積荷の中身がヤバイ素材だらけだということに気づいたらしい。
大人たちにはその情報がしっかり共有されたけど、俺たち浮浪児には知らされなかった。
今思えば何か変だったと思うけど、さっきは全然気づかなかった。
普段はがめつい大人たちが、優しく譲ってくれて、この人たち何だかんだ言って優しいんだなとか思ってたよ。
結局情報が共有されなかった浮浪児や路上生活者たちで誰が開拓村に行くかくじを引くことになった。
ちなみに、くじを引いた後でシオン村の危険度の高さを知り、辞退した大人もいるとのことだ。
何でも騎士や「壁越え」しているような冒険者じゃないと倒せないような危険な魔獣の素材とかが沢山あったらしい。
それだけ危険な場所ってことだ。
アイザックみたいな子供がいる村だからてっきり安全なのかと思ったけど、聞けばこの街よりもはるかに魔境化が進んでいるらしい。
まぁ、でも食べ物があるならそれだけで行く価値がある。
ここにいたら間違いなく飢え死にする。
もうすぐ来る冬は越せない。
その確信はある。
食糧の配給は今よりもっと少なくなるのは明らかだし、森で採れる食料も直に激減する。
マロウさんがいなくなれば、俺たちみたいな子供は少ない配給の食料までも力のある大人に奪われるのは目に見えてる。
それならアイザックのいる村に行く方が俺には希望があるように思える。
問題は大人の足でもシオン村まで3日かかるってこと。
殆ど食べ物がない状態で3日も旅ができるのか? 道中は魔獣に襲われたりしないだろうか? と心配は尽きない。
そう思っていたのだが。
アイザックは俺の心配というか、常識と言うか、そういったものを見事にぶち壊してくれた。
アイザックと仲良くなったミルカと俺は、他の移住者よりも一足先にシオン村に行くことになったからだ。
空を飛んで。
そう、空を飛んで。
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