第19話 仮説と検証

 捕らえた黄金牛は全部で32頭だった。

 そのうち子牛は8頭おり、母乳を出す牝牛は10頭に及んだ。また妊娠中の牝牛は4頭おり、開拓村は一気に牛で賑わった。


 これだけの牛がいれば村も潤う。黄金牛の体毛は羊のようにモコモコしておりかなりの量の毛糸がとれるだろう。体毛が黄金色であることからかなりの値段で売れると見込まれる。


 また、街で売るために洗浄したところ毛糸から大量の油がとれた。黄金牛の毛は水をはじくために大量の油分を含んでいたのである。この油の活用法はまだ分からないが、魔獣からとれる素材なだけに期待値は高い。

 ちなみに洗浄した毛糸は更に輝く黄金色となったため、サラの眼がまた金貨と化したのは言うまでもない。


 黄金牛たちは非常に大人しく、暴れることはなかった。

 特にアイザックの言うことには従順に従い、逃げ出すこともなかった。

 だた、安全に飼育するために現在牧場を作る必要に迫られている。


 

 ヨハンの歓迎会は結局、王鹿の肉が振舞われた。

 この開拓村がメイロード伯爵領の他の村とは異なり、食料(主に肉)が豊富にあることにヨハンは驚いたが、アイザックという常識外の存在がいるのだからと納得するのだった。


 その歓迎会で、ヨハンは積もりに積もった疑問を解消すべく、アイザックに関して詳細な話を聞いた。


 当初、村人との認識の違いもあり理解が及ばない点もあったが、順に話を聞くことで以下の3つの疑問のうち、①と②についてはある程度の仮説を立てることが出来た。


 ①アイザックは何故、無詠唱かつ自動で回復魔法を発動できるのか?

 ②アイザックは何故、修得するのに何年もの訓練を要するスキルを発動できるのか?

 ③村人たちは何故、全員「壁越え」しているのか?


 ①の疑問に対する証言はこうである。

「教皇様の魔法の前と後に魔導士が別の魔法を掛けたんだよ」

「あ、領主様も一緒に魔法を掛けてくれたんだったわ」

「最後に魔導士がアイザックの腕を切りつけて、治るのを見て『成功だ』とかぬかしやがったんだ」

「アイザックの治療には地脈の力を使うって言ってた。だからこの地を離れたら術が解けて、反動でアイザックは死ぬかもしれないって言ったんだよ」


(【命の息吹】は前後に特別な処置を必要としない。その魔導士や領主には明らかに治療目的ではない何かの目的がある。教皇様はゼデク王の依頼でこの地に赴いたと仰っていた。伯爵の策謀というよりは王国絡みの陰謀の可能性もあるかもしれない……。何にせよ、魔導士が前後に施した術によりアイザックの体が自動的に治癒するようになったのは間違いないと思う)


 そして幾多の観察と考察の末、ヨハンは「アイザックは地脈の力で自動的に【命の息吹】を発動している」と結論を出した。


 ①の結論に至る理由は②と関連している。


「②アイザックは何故、修得するのに何年もの訓練を要するスキルを発動できるのか?」


 その答えは「呪術師の術により、アイザックは自身に掛けられた術式を会得出来るようになったから」というものである。

 実のところこの仮定はヨハン自身、技術的に到底あり得ないと思っているのだが、常識にとらわれず事実を列挙するとこの答えに行き着くのである。


 一般的に魔法とは精霊魔法と原始魔法に分類される。


 教会関係者は、自分たちが施す超常の業を魔法ではなく神聖術と区別するが、それも一般的には精霊魔法に分類される。

 【命の息吹】について言えば、術者は精霊神を召喚し、精霊神に魔力を渡し、精霊神が魔力を術式に沿って展開することで発動する。

 ここで言う「精霊(神)が魔力を術式に沿って展開する」ことを原始魔法と言う。


 つまり精霊が行使する魔法を「原始魔法」と呼ぶのである。

 そして精霊を召喚して「原始魔法」を行使させることを「精霊魔法」と呼ぶ。


 恐らく【命の息吹】の前後に魔法を施したのは呪術師だと思われる。

 呪文による原始魔法の発動を研究している者たちを呪術師と言うが、万が一そんな芸当が可能な者がいるとすれば呪術師だけだろう。


 恐らく、呪術師の術により【命の息吹】の原始魔法の部分、つまり術式をアイザックに刻み込んだのではないか······とヨハンは考えた。普通の呪術師にそんなことが出来るとは到底思えないのだが、その呪術師が世紀の発見をした可能性はあるかもしれない。


 そして、魔獣や魔物は原始魔法、もしくは魔力を用いたスキルを扱う。

 仮定の仮定になるが、もしアイザックに施された術が【命の息吹】の術式を取り込むに留まらず、何らかの理由でまだ有効で、アイザックは自身が受けた魔法やスキルの術式を自身に刻み込み、発動できるのだとしたら……?


 そう考えると辻褄は合う。

 猪の攻撃を受けたことで、猪が発動していたスキル(術式)を会得したのかもしれない。


 ちなみに現在は原始魔法を扱う技術は失われているが、魔獣や魔物と同様、極稀に人にも無詠唱で原始魔法を扱う者が現れることがある。(そういった者は貴族や騎士に採り立てられる)


 「③村人たちは何故、全員「壁越え」しているのか?」についてはヨハンの知識では仮説を立てようがなかった。

 しかし、アイザックの血が「壁越え」に関係しているのは間違いない。


 そしてヨハンはふと気づく。

 アイザックの血が関係しているとすると、黄金牛たちも「壁越え」を果たしている可能性がある。これについては今後継続して観察し、情報を集める必要がある。



 ヨハンは①②の仮説を皆に共有した。

 もちろん、単に情報を共有するためだけではなく、仮説が正しいか検証するためである。



「じゃあ、僕は他の魔獣のスキルも使えるかもしれないってこと?」

「そうだね。まぁ、あくまでも仮説だから使えないかもしれないけど……、だから試してもらいたいんだよ。ほら、アイザックは黄金牛の「バチバチ」って攻撃を受けただろ? 多分雷系のスキルが使えるんじゃないかと思うんだ」


「でも……、どうやったら使えるのか分からないんだけど……」

「【強化】を初めて使ったときはどうだったんだい?」


「え? あの時は……お父さんが危なくて、気が付いたら使ってたんだ。魔力の流れが見えるようになったから、魔力を操って猪と同じことができるんじゃないかなぁ……ってなんとなくは思ってたけど」

「じゃあ、黄金牛がバチバチってやったスキルの魔力の流れは真似出来そう?」


「うーん……。…………」

 アイザックは目を閉じて黄金牛のスキルの記憶を探る。

 そしてその魔力の流れを思い起こす。


「……マネ出来そうな気はする」

「まぁ、ダメ元で試してみたらいいよ」


「分かった」


 アイザックは軽く深呼吸する。


 そして自分の右手を見つめる。


――バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ――


――おおおおおおおおおお――


 そしていとも簡単に発動させたのであった。


 周囲で見ていた皆が驚きの声を上げる。

 アイザックの右手は雷が如く放電していた。


 しかし、不思議とその放電でアイザックが感電するということもない。


(すごく魔力を消費してるのが分かる)

(これは……【強化】よりも格段に肉体が強化されてるな……)

(でもこのバチバチしてるのって、雷そのものとは何か違うような……。魔力が雷の性質を帯びてるのか……?)

(単に魔力を纏うよりも、威力は上がりそうな気がする)


 アイザックは右手を見つめて考察を重ねた。


「おい、アイザック。それで何が出来るんだ?」

 ガイルはわくわくしながらアイザックに尋ねる。


「うーん。そうだね。ちょっと離れてもらっててもいい? 近づくと危ないかも」

「お、おう」



「念のため……【形成:障壁】」

 アイザックは皆の周りに障壁を張った。


 最近、【形成】で障壁や剣、槍、盾などいろいろ作る際に、そのイメージを強く持つ方が強度が強くなることを発見したため、最近は形作る物の名前を声に出すようにしている。


「ふんっ」


――バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ――


 アイザックは右手だけでなく全身に雷を纏う。


「このスキルは……纏雷てんらいと呼ぼう」


「皆、あの木を見ててね」

 アイザックは20メートルくらい離れたところに生えている木を指さす。


――ズバァァァァァァァァァァンッ――


 そして次の瞬間、その木の幹は弾け飛んでいた。


 正確にはアイザックが凄まじい速度で木に迫り、抜き手で木の幹を貫き、勢い止まらず体でも幹を貫き、弾き飛ばしていたのだった。


 そして、 残った木の幹は火を出して燃えていた。


「「「「「「なっ!!!」」」」」」


 そのあまりの速度と威力に皆が唖然とする。


「思ったよりも凄い威力だな」

 アイザックは木の幹くらいは貫手で貫けると思っていたが、身体能力も予想外に跳ね上がっており、その威力も遥かに予想を超えていた。


 威力だけではなく、もっとも驚嘆すべきはその速度だろう。

 完全に人間の限界を超えていた。



 しかし、驚くべきことはまだまだ残されてた。


「じゃあ、次は【強化】【纏雷】」


――バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ――


「お、上手くいったみたいだね」


 驚くべきことに、アイザックだけではなく、全員が雷をその身に纏ったのである。


――えええええええええええええええええっ!!!!!――


 言うまでもないが、これで感電する者は誰もいなかった。その後、スキルの検証を行い判明したスキルの内容はこうである。


 【纏雷】:魔力に雷を帯びさせ纏う。身体能力が飛躍的に向上する。その引き替えに肉体的な損傷が大きくアイザック以外は長時間使用することができなかった。攻撃面では貫通力が著しく増す。攻撃された対象は感電する(相手が【纏雷】を使用している場合は感電しない)。また、放電部分は非常に高温となる。

(※黄金牛の場合は体毛から発生する静電気を元に魔力に電気を帯びさせる。魔力を角に集中させることで身体能力の過剰な向上を抑え、肉体の損傷を軽減している)


 この日から訓練の内容が劇的に変わった。


 アイザックが新たに得たスキル【纏雷】を皆が使いこなせるように時間を費やすようになったのである。


 またこの日、アイザックは【纏雷】以外にも次の7つのスキルを取得した。


 【念撃】:任意の対象を念じるだけで攻撃できる。主に脳にダメージを与え、戦闘不能にすることが出来る。対象が魔力を纏っていない場合はほぼこの攻撃で片付く。出力を上げると脳以外の内臓にもダメージを与えることが出来る。(※電波兵器のようなものです。コカトリスは右脳と左脳が別々に発する電磁波を魔力で増幅し、干渉させていた。アイザック達は当然この仕組みは理解していない)

 【毒抽出】:毒を作り出す。また作り出した毒を散布することも出来る。現時点ではコカトリスが作り出せたのと同じ種類の毒しか作れない。

 【重力操作】:任意の対象・場所の重力を操ることが出来る。また対象の上下の空間も魔法の影響を受ける。土属性の原始魔法。

(※コカトリスの突撃を受けた際にアイザックの体が重くなったのはこのスキルの影響)

 【石化】:対象を石化する。土属性の原始魔法。

 【復元】:石化や毒から元の状態に戻す。

(※コカトリスは突撃時、自身の体を可能な限り石化しており、攻撃後に石化を解除しなければ動けなかった。そのため石化解除時にアイザックに触れており、術式が刻まれていた)

 【念話】:任意の対象に思念で会話をすることが出来る。人間以外ともコミュニケーションがとれる。

 【大地堅壁】:大地を操り壁を作ることが出来る。


 【念撃】、【毒抽出】、【重力操作】、【石化】、【復元】、【念話】はコカトリスから取得したものだった。

 また、【大地堅壁】は壁を築いた騎士から取得したものだった。


 土属性の原始魔法は発動させるために、対象に直接触れる必要があった。(自分に発動させる場合は不要)


 コカトリスから取得できたスキルの多さから、如何に強敵だったのかを皆改めて実感したのだった。


 そして、これらのスキルを得たことで、アイザックは街に出かけることが出来るようになった。


 ユピィを拾ってからおよそ3か月が経とうとしており、ユピィはすっかり大きくなっていた。


 【重力操作】を用いることで、ユピィはアイザックを伴って空を飛ぶことが出来るようになったのである。


 その結果、本来街までは人の足で3日を要するところ、アイザックは1時間とかからずに行けるようになったのである。



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