第18話 怪物

「ダンさん、アイザックは大丈夫なんですか?」

「ヨハン司祭、あんたも見ただろう? アイザックは不死身だよ」


「でもあの子はまだ6歳なんですよ!」

「心配しなくていい。例えガイルとユーリがこの場にいたとしてもアイザックに殿しんがりを任せたはずだ。俺たちが逃げるのは命惜しさじゃない。アイザックを信頼してるからだ」


「でも騎士団でも全滅しかねない魔物なんですよ!」


「……。ヨハン司祭……アイザックはね、この土地を離れられないんです。この森は日を追うごとに凶悪になっている。コカトリスよりももっとヤバイ魔物だって出てくるかもしれません。もしここで背を向けたらあいつは一生怯えて暮らさなきゃならない。だから俺たちはここで暮らしていくと決めた時、覚悟を決めたんですよ。俺たちはアイザックが傷つかないように守るんじゃなくて、アイザックが傷つこうとも未来を勝ち取れるようにしようって」


「でも、だからって一人で残すなんて……」

「ああ、だな」


――ガンッ――


 ダンは自分の拳を額に打ち付けた。


「だから俺は弱い自分が不甲斐ない」

「それは……、僕もです」

(そうだよな……彼らの方が僕なんかよりも断腸の思いで……)


「悔しいことに、コカトリス相手じゃ今の俺たちは足手まといです。だから一緒に戦えるように······帰ったら全員鍛え直しです」

「是非、僕もお供させてください」

 



◇アイザック◇

 

 コカトリスは上空から僕を見下ろすだけで動こうとはしない。


 デカい。

 こんなに大きいのに飛べるんだな。

 羽ばたきの風圧だけで飛ばされそうだ。


 でもなんか……、何かおかしい。

 そもそも鶏ってそんな飛べないはずだし。

 まぁ、もちろん鶏ではないんだけど、あれが飛べるとは思えないんだけどな。


 羽ばたきの風圧はすごいけど、それだけであの巨体が浮くのかな?


「ふふっ」

 でも、なんでだろう?

 おかしいな。


 コカトリスは間違いなく今まで遭遇したどんな獣よりも、どんな魔獣よりも強いと思う。

 なのに不思議と落ち着いている。

 

 大丈夫。冷静だ。

 「何故あんな巨体が飛べるのか」とか余計なことを考える余裕がある。


 うーん。

 でも、どうやって空にいる敵と戦おうか……。

 そんなに高いところを飛んでるわけじゃないから接近戦も出来なくはない。


 ただコカトリス相手に接近戦はなるべく避けた方がいい。

 まずは遠距離からの攻撃を試してみようかな。


「そっちから来ないなら、こっちから行くよ」 


 実のところコカトリスは既に仕掛けていた。睨むだけで敵を仕留める攻撃を既に行っていたのである。

 それは脳へのダメージをもたらす攻撃であり、事実アイザックも多少ダメージを受けていたのだが、アイザックは常時回復しているため効果がなかった。

 また、毒もまき散らしていたのだが、こちらは障壁に阻まれていた。

 コカトリスは敵の手の届かない上空から既に攻撃していたが、それらはアイザックには通用しなかった。

 一向に弱る気配のないアイザックに、実のところコカトリスは焦りを感じていたのである。


「【形成】」

――ブン――

 空中に剣を形成する。


「ほいっ」

 そしてそれを操作して飛ばす。


――ヒュン――

――グサッ――


――COOKEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE――


 あ、刺さった。

 普通に刺さったぞ。


 あぁでも、これすごく怒ってるな。

 これが効くならもっと一気にやったらよかったな。


「【形成】」

――ブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブン――


 何本形成したか自分でもよく分からないけど、何十本か剣を形成した。


「行け」


――ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュン――


 一斉に剣を飛ばす。


――キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン――


「あれ、今度は弾かれた」

 対策されたか。

 結構賢いな。やっぱり初手でもっと沢山やるべきだったか。


 コカトリスを観察すると特に障壁を出してはいない。


 じゃあ、何で弾かれたんだ?


 ん?

 よく見たら、あれって体の表面を石化してる?


 そう言えば石化出来るんだっけか。

 自分にもできるんだ。


 さしずめ石の鎧をまとったような感じかな。

 石なら……いけるかな?


「じゃあ、今度はこれ……」


「【振動】」


 先ほど弾かれた剣を細かく振動させる。

 こうして振動させた剣は一回の攻撃で何度も切りつけるから切れ味が増すんだよね。


 【振動】は通信具で使っているスキルで、通信具では音を出すために形成した面を上下に振動させている。これを前後、もしくは左右に振動させたらどうなるのかと思って試してみたところ指を切ってしまったことがある。


 これは使えるかもしれないと、解体とか木を切ったりするときに試してみたらかなり簡単に切ることが出来た。少しでも刃が通る材質なら【振動】で圧倒的に切れ味が増す。逆に通常の状態で切りつけても全く刃が通らない材質に対してはいくら【振動】させても効果がない。


――ブーン――


 空中の剣が振動音を発する。


「もっかい行け!」


――ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガン――


 剣はコカトリスの表面で一瞬止まる。

 

――ブーーーーーーーーーーン――


 少しずつ、少しずつではあるが、剣はコカトリスに食い込んでいった。

「お、行けそうなだ」


――COOKEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE――

 

 コカトリスは翼を広げると思い切り羽ばたく。

 それにより、剣は振り払われてしまった。


「うーん。いい線いってたと思うんだけどな。やっぱり重さが足りなかったか」

 【形成】で作った剣は所詮空気を【強化】したものに過ぎない。

 鋭さはあるため【振動】させれば大概のものは切れるのだが、重さがないため今のコカトリスのように固くて大きいものをスパンと切ることは出来なかった。


 となると、通用しそうな遠距離攻撃の手段がないから接近戦しかない……。


「やるっきゃないか」

 毒は……教皇様の魔法があるから大丈夫だよね?


 コカトリスそのまま羽ばたいてどんどん上昇していた。

 重さを感じさせない軽やかな飛翔だ。


 そして――


――ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン――


 信じがたい速度で下降し突っ込んで来た。


 ヤバイ、避けなきゃ。


 そう思って足に力を入れるが鉛のように足が重くなっていた。


 ウソだろ。動けない。

 どうして?


 足だけじゃなくて体全体が重くなり、地面に押し付けられる。


「ぐっ……【形成】!!」


 回避ができないなら防御するしかない。

 上空に向けて障壁を展開する。


――ドガンッ――


 物凄い衝突音がしてコカトリスは空中で止まる。

 そして、再度上空に羽ばたいて行った。


 ほっ。

 何とか止めれた。


 しかし、ほっとするのも束の間、コカトリスは全身から淡く光を放つ。

 そして再度凄まじい速度で下降してきた。


 あ、これ何かヤバい気がする……。

 魔力纏ってるよね?


 障壁は魔力を纏っていない攻撃には滅法強いが、魔力を纏った攻撃には案外もろい。


――バリンッ――


 案の定、障壁はあっけなく砕け散った。


 ヤバいヤバいヤバい!


 【障壁】【障壁】【障壁】【障壁】【障壁】【障壁】【障壁】……


 咄嗟に幾重にも障壁を展開する。


――バリンバリンバリンバリンバリンバリンバリンバリンバリン――


 しかし、あっけなく障壁は砕け散っていく。

 障壁を展開する速度よりもコカトリスが迫る速度の方が速い。


 仕方ない。


 防御は諦めよう。


「【強化】!!」

 込めれるだけ魔力を込めて自分を【強化】する。


――バリンッ――


 最後の障壁が破れ、コカトリスが突っ込んで来た。

 

 迫る嘴を咄嗟に両手で受け止めた。


「ぐお…お…お…お……重い……」

 凄まじい重量がのしかかってくる。


 うん……これはムリ。

 根性云々で耐えられるレベルじゃない。


 その重量に耐え切れずあっけなく押しつぶされた。

 体は地面にめり込んで潰れ、両手を始め、くちばしに触れている部分は石化し始め、また毒にも侵された。


 そのいずれも致死の攻撃だった。


 その攻撃の結果に満足したのか、コカトリスはふわりと地面に立つ。


――COOKEEEEEEECOOKOOOOOOOOOOOOOOO――

 そして勝鬨を上げ、ダンたちが逃げた方向に目を向けた。



 勝利を確信したコカトリスは、自身の体表に施していた石化を解く。




「隙あり」


――ザンッ……グサッグサッグサッグサッグサッグサッグサッ――


 しかし、次の瞬間、コカトリスの首は刎ねられ、数十を超える剣が体を貫通していた。


 コカトリスの体から一斉に血が噴き出す。


『ナゼ……イキテイル?』


 突然、頭の中に声が響いた。

 これはコカトリスの声なのか?


 しかしコカトリスは事切れ、以降頭の中に声が響いてくることはなかった。



 それにしても、毒も石化もちゃんと治ってよかった。

 教皇様の魔法でもちゃんと治るか分からなかったからね。

 まぁ多分、治るとは思っていたけど……。




◇ダンたち一行◇


『こちらアイザック。何とかコカトリスを討伐したよ』


「おおおおおおおおおお!」

「良かった。倒せたのね……」

「スゲーな」

「まぁ、アイザックだからね」

「ははは、一人で倒すなんて……契約者クラスでも難しいと思うんだけど……」


 アイザックからの報告を受けて、皆驚き、興奮し、安堵する。

 直接コカトリスを目で見ただけに、ヨハンは困惑の色を隠せなかった。


『で、コカトリスの死体ってどうする? 毒があるから持って帰っても困るよね?』


「そうだな。毒は困るな」

「あ、ダンさんちょっと待って。アイザック、ヨハンです。コカトリスの死体はかなりの高値で買い取ってもらえるよ。血抜きをすれば死体から毒は発せられなくなるし、念のため君の障壁で包んでおけば大丈夫じゃないかな?」


「「「「『へぇぇぇぇぇぇ!』」」」」

 ヨハンの知識に皆が感心した。


『あ、じゃあ血抜きをして持って帰るね』


(でも、持って帰るって言ったって、かなり重いぞ……どうやって持って帰ってくるんだ?)

 あまりにも軽く言うアイザックにヨハンは驚いた。


「一人で大丈夫そうか?」

『うん、大丈夫。毒がひどいから応援はいいよ。皆はこのまま帰って』


(コカトリスを単独討伐か······一体どっちが怪物なんだか······)


 こうして、開拓村におけるヨハンの初めての狩りは終わったのであった。

 ちなみにアイザックは自身が形成した荷車にコカトリスを乗せて、本当に一人で持って帰ってきたのだった。

 

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