第20話 開拓
今日は初めて空を飛んだ日。
僕の人生でそんな日がくるなんて……。
既に家族は床に就き寝静まっている中、アイザックは今日の出来事を思い起こしていた。
まるで夢みたいだ。
まぁ、寝れないから夢は見れなくなっちゃったんだけどね。
スキルも一度にたくさん覚えたし。
自分でもビックリだったけど、皆はもっと驚いてたなぁ。
そして、たくさん褒めてくれたし、一緒に喜んでくれた。
「アイザック、これからは一人で森に入ることを許可する」
空の旅から戻るとお父さんはそう言ってくれた。
6歳はまだまだ子供だけど、労働力としては一人前だ。
でも森は危険場所だから僕が一人で入るのは禁止されていた。
その許可は改めて一人前と認めてもらえたようで嬉しかった。
これは僕が空を飛んでいる間に皆で話して決めたそうだ。
コカトリスを単独で倒した時点で、お父さんは僕がもう一人でも大丈夫だと思っていたらしいけど、今日のスキル大量ゲットが決め手になったらしい。
「あと、行動範囲が劇的に広がったからな。街に行ってもいいぞ。当分は大人の付き添いが必要だが、慣れたら一人で行ってもいい。冒険者にだってなってもいいからな」
この言葉には驚いたけど、嬉しかった。
冒険者は騎士と並び子供が夢見る職業である。冒険者に年齢制限はないし、身分による制限もない。そういう意味では騎士よりも冒険者は身近な職業だと言える。
冒険者には誰だってなれる。依頼さえ達成できるなら子供でもなれる職業だ。
特に農民や農奴の子供にとってはお金を稼ぐ数少ない手段であると同時に、実戦を経て「壁越え」する可能性もある。そうなれば収入は劇的に跳ね上がり、農民から脱する事も出来る。
だから皆当然のごとく開拓村の子供たちは冒険者になることを夢見る。
現在生き残っているのは僕だけだけど、兄ちゃんのアベルも、ダンの娘のアビナも、ロイドの娘のエステルも冒険者を夢見ていた。女性の騎士はほぼいないが、女性でも活躍している冒険者はいる。そのため男の子のアベルとアイザックは騎士と冒険者に憧れ、女の子のアビナとエステルは冒険者に強く憧れた。
裏を返せばそれだけ農奴の暮らしは苦しいということでもある。
でも、教皇様に病気を治してもらう代わりに僕は「この地」から離れられなくなった。
それと同時に冒険者になる夢は諦めた。
命があるだけありがたいのだ。夢を追うなんて贅沢は言っていられない。
それに冒険者として身を立てて、農奴から抜け出せる可能性は極めて低い。
農民や農奴の場合、副業で冒険者稼業に携わるのが大半で、その多くは大成しない。
「僕もどうせ大成しなかったよ」
そう自分に言い聞かせていた。
魔導師様から「この地」から離れないように言われた。正確には外泊を伴う外出が出来なくなったと言われた。術が解ける反動で命を失うかもしれないからだ。
僕は「この地」というのは開拓村のことだとずっと思っていた。
僕だけじゃなく、お父さんも、お母さんも、ダンもそう思っていた。
でも、ヨハン司祭の見解では「この地」というのはこの村のことではなく、「メイロード伯爵領を指すのではないか」とのこと。村を離れて街でも魔法が使用できたのがその証拠らしい。それに加え、「外泊しても死ぬような危険はないのではないか」とも言っていた。実のところヨハン司祭は魔導士の言葉を疑っていた。
ヨハン司祭の言葉が正しいなら行動範囲が広がってありがたいのだけど、今のところ僕がそんな遠くに外出をする予定はないし、自分の命を懸けてその検証をするつもりもない。あくまでヨハン司祭の予想だからね。必要に迫られなければ危険を冒す必要はない。
それに、ユピィのお陰で日帰りできる行動範囲は劇的に広がったし、外泊できないからと言って僕には何の不自由もない。
ヨハン司祭なりに根拠はあるみたいだから、何かしらの問題が起きてこの村を出る必要に迫られた時はヨハン司祭の言葉を当てにしたいと思う。
「ただな、冒険者になるには条件があるぞ」
お父さんはそう言って僕に条件を出した。
それは黄金牛の牧場が出来てからという条件だった。
僕も貴重な労働力だから村のため、家のために働くのは当然だ。
その辺はよくわきまえているつもりだから条件には文句はなかった。
それで皆で話し合って、魔境化の進む森の中に牧場を作ることにした。
理由はいくつかある。
大きな理由として森では信じられないくらい植物の成長が早いからだ。
村の畑の植物も魔境化の影響を受けているのか、かなり成長が早いみたいだけど、森の植物の成長は桁違いに早い。
黄金牛の餌を確保するにはそれを利用しようというのだ。そして牧場を足掛かりにして最終的には森に畑を作る予定だ。
牧場を僕の障壁で囲っておけば肉食獣に襲われる心配はない。魔獣でなければ(魔力を纏った攻撃を受けなければ)僕の障壁を破ることは出来ない。
そもそも黄金牛も魔獣だ。短時間とは言え【纏雷】を使えるから、魔獣ではない狼や熊よりは強いだろうしね。
問題は僕の障壁を破るくらいの魔獣や魔物に襲われる可能性があるんだけど、これに関しては対策を考えている。
対策として障壁を多重に張るようにする。
まぁ、これだけ。
障壁が破られた場合は僕が感知できるから、全部の障壁が破られる前に黄金牛を逃がす猶予を確保する算段だ。
あとは、僕の障壁を破るくらいの魔獣や魔物は積極的に狩りたい。だから対応策というか、むしろどんどん黄金牛を狙ってもらいたいというのが本音だ。
そんなわけで、しばらく物思いにふけっていたけど、思い立って僕は家を出た。
夜……といっても、今は夏で夜とは言え結構明るい。
日が長くなっている。
どうせ寝れないんだし、森に一人で行く許可ももらっている。
何より僕は強くなったし、光を出せるようになったからもう暗闇も怖くない。
早く冒険者になりたいから、早く牧場を完成させたい。
それなら夜の間に作業してもいいよね。
疲れないんだし。
何も問題ないよね?
「【大地堅壁】」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――
大地が唸りを上げて僕の左右に壁が現れる。
周囲の木や石を巻き込んで土が左右に分かれていく。
【大地堅壁】を覚えたおかげでかなり楽に開拓できる。
使ってみて分かったのだが、この魔法は単に土の壁を出すという魔法じゃなかった。
この魔法は周囲の土を集めて壁を作る。
集める土の範囲や深さを変える事も出来るし、土とそれ以外により分ける事も出来る。
また、作った壁を移動させたりする事も出来る。
つまり土を動かすことが出来る魔法だった。
もちろん、操作が複雑になったり、操作する規模が大きくなったりすると消費する魔力も当然馬鹿みたいに大きくなる。でも、僕は魔力を気にせずどんどん使える。
開拓で厄介なのは、木、そして地面の中に埋まっている石などだ。
でも【大地堅壁】を使えば邪魔な石を掘り出したり、木を倒すことも簡単に出来る。
つまり、木を切ったり、地面を掘り起こして木の根を抜いたり、石を取り除いたりしなくて済むってこと。
これもう【大地堅壁】じゃなくて【大地操作】とかに名前を変えた方がいいかもしれない。
うん、そうしよう。
名前からして壁を作る魔法なのかなと思ったんだけど、その本質は土を操る魔法だったんだから、いいよね。
「【大地操作】」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――
石と木を一まとめにした後、土を元あった場所に戻して均す。
魔力さえあれば開拓も楽だな。手で開拓するよりも圧倒的に早い。
残った石や木はどこかに持って行く必要があるけど、これは荷車みたいなのを【形成】して黄金牛たちに曳かせればいいかな。
黄金牛たちの牧場を造っているわけだからそのくらい働くのは当然でしょう。
……うん。
そうなると、舗装された道があった方がスムーズだよね。
「【石化】」
地面に手を置き、平らにした地面を【石化】で固める。
石にしておけば車輪が土に嵌まってしまうこともないし、草とかも生えてこないしね。
雨が降ってぬかるんだりすることもないし。
「ふう。しかしこれは思ったより大変だぞ」
目標は僕が狼に襲われた場所。
今は巨木が生えている場所を中心に開拓していく計画だ。
巨木までは村から普通に歩いて半刻程かかるだろうか。
魔法を使えるとは言え、開拓しながら巨木に辿り着くとなると一体どれだけかかることやら……。
魔法で木や石をどかしつつ地面を均すのはかなりの集中力を要する。道を作るのは普通に歩くよりも何倍も何倍も時間がかかる。
でも、早く冒険者になりたいからね。
うん。頑張ろう。
頑張るしかない。
アベル、アビナ、エステルのためにもね。
◇おおよそ一カ月後◇
アイザックは森を開拓しつつ、常に効率を追求した。
その研究の賜物により、手を地面につかずとも土魔法を発動できるようになっていた。
手の代わりに足で触れることでもスキルを発動できるようになっていたのである。
また、数をこなすことでイメージが強固になり、処理が簡潔になり、魔法の発動も早くなった。特に言葉で発動句を唱えることも必要としなくなった。
その結果、数十メートル程の幅を小走りしながら開拓することが出来るようになっていた。アイザックが小走りするだけで足跡の代わりに魔法陣が地面に煌めき、数十メートル幅の地面が平らに均されていくのである。また木が倒れ、石が地面の上に飛び出ている。
そうやって均された場所は1日も経てば草が生えてくる。
「ふう、やっと終わったぁ!」
巨木を中心に約5キロ四方の牧場ができた。
結局、石と木は大量に出すぎたため村に持ち帰ることが出来なくなっていた。村に置くに場所がないのである。(ちなみに現在村の移転を検討している)
そのためある程度纏められた石の山と木の山が牧場の所々にある。
巨木に近い場所は特に植物の成長が早いため、巨木の中心から1キロ四方は畑とした。
しかし植物の成長が早すぎるため、身体能力が異常に高い3家族をもってしても、運営するには広すぎる畑となってしまったたのである。
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