第12話 覚醒するスキル
その時、僕には世界が違って見えた。
それは、それは不思議な感覚だった。
何と言うか、猪の攻撃を受けたことで、僕の中の何か目覚めたような気がした。
猪の体を巡る光の粒子が見える。
ビックリして頭が変になったのかと思ったけど、不思議と落ち着いてる。
猪の体を巡るその光が、猪の体を覆い、盾みたいに体を守っているのが分かった。
で、僕の体にも同じように光の粒子が流れている。
じゃあ、同じように僕にもあの盾みたいなやつを出せるんじゃないか?
根拠はないけど、できそうな気がする。
そんな予感がした。
そう言えばお父さんも言ってたっけ、草を食べる動物は肉を食べる動物に襲われた時、信じられない力を見せて襲ってきた動物を追い払っちゃうことがあるって。
死に面したときの動物の野生の力はすごいって。
あ、そうか。
普通だったら死んでるような攻撃を猪から受けちゃったから、目覚めちゃったのかもしれないな。
僕の中の野生の力が。
ふっふっふっ。
僕は今、野生力にあふれていますよ。
……と、一瞬、ほんの一瞬僕の意識は猪よりも自分自身の変化に向いてしまった。
まだ、狩りの最中だと言うのに。
僕を撥ね飛ばした猪はまた僕に向かってきており、気が付けば目の前にまで迫ってきていた。
「あっ」
ヤバイ。
絶望と共に一瞬で目の前を影が覆う。
避けなきゃ。
そう思ったが間に合わない。
――BUHIIIIIIIIIIIIII――
景色がゆっくりと流れる中、猪と目が合った。
その眼から凄まじい怒りを感じた。
その怒りに体が怯む。
そうだ。僕らはこの猪の子供を狩ったんだ。
怒りを向けられて当然のことをしている。
でも、だからこそ……
「させるかよぉ!!!!!」
お父さんが、凄まじいスピードで駆けつけて剣を突く。
――パリン――
その剣は弾かれることなく光る膜を突き破り、猪の首に突き刺さった。
すごい!
さすがお父さんだ!
僕に迫っていた猪は側面からの攻撃によろめいて姿勢を崩す。
――FUGOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――
でも、姿勢を崩した直後猪はその頭をブンと振る。
そして、その牙がお父さんに迫っていた。
ダメだ……当たっちゃう……
――ドクン――
その瞬間、僕の体から何かが飛び出したように感じた。
同時に、まるで世界が止まっているかのように動きが遅くなる。
そんな中、僕の体からは白い光が飛び出していた。
僕を中心に光は丸く形作られ、どんどん膨らんでいった。
その光は次第に僕の周囲を包んでいき、お父さんも光に包まれていった。
そして光は猪にまで達する。
でも猪は光に包まれなかった。
――バキメキメリメリゴキボキ――
光に触れた猪の顔は鈍い音を立てて
牙が折れ、骨が折れ、砕け、光の壁面に沿って猪の顔も平面になっていった。
そして、世界は元の時の流れを思い出したかのように動きだす。
――ドンッッッッッッッ!!!!!!!――
光の壁面に押しのけられ、猪の巨体が大きく弾き飛ばされていた。
弾き飛ばされた猪は倒れたまま起き上がることはなかった。
顔もつぶれて、首も変な方向を向いていて……つまり死んでいるってことが僕にも分かった。
「「「「「えっ!?」」」」」
あまりに予想外の出来事に皆驚きを隠せなかった。
もちろん僕も含めて。
「な、な、な、な、何したんだアイザック!?」
お父さんが信じられないものを見たといった顔でこっちを振り返った。
他の皆も同じように驚いた表情で僕を見てる。
あの不思議な白い光の壁は皆にも見えたようで、それが僕から発せられたことは疑いようがなかった。
「いや、僕にも分かんないよ!」
不思議現象はだいたい……というか全部教皇様の魔法ってことで今までは皆納得してきた。
でも、今のは……さすがに教皇様の魔法で説明がつかない。······と思う。
多分皆もそう思ってるんだと思う。だからこんなに驚いているんだと思う。
「ただ……何となくあの猪と同じことが出来るんじゃないかなぁとは思ったけど……」
「同じ事って……猪が攻撃を弾いてたのと同じことってことか?」
「……うん」
「い、いつから?」
お母さんも驚きながら質問してくる。
「さっき、猪に撥ね飛ばされて木に打ち付けられたとき。そのあと、猪の体の中を巡る光が見えるようになったんだよ。それで、僕の体の中にも同じように光が見えて……何となく同じことが出来るような気がして……」
「光? 光が見えるってどういうこと?」
「うん、ほら、矢が弾かれたとき、うっすらとだけど猪の周りが赤く光って見えなかった? あれがもっとはっきり見えるようになった感じ」
「え? 矢が弾かれたとき? ……お母さんには何も見えなかったわよ。……ガイルは?」
んん?
見えなかった?
そうだったの?
「俺も、見えなかったが……」
「俺も何も見えなかったぞ」
「私も」
お父さんも、ダンとニイナも、誰も見えなかったらしい。
じゃあ、僕だけってこと?
「多分だが……、その光ってのは魔力ってやつだと思う。俺も良くはわかっていないんだけどな」
ダンはさすが村長だけあって物知りだ。
「魔力?」
僕たちには全然馴染みがないけど、魔力という言葉は僕も知っている。
貴族様や騎士様は魔力というものを使って、魔法やスキルというのを使うことができるって聞いたことがある。
だから、子供たちは皆騎士になりたいって夢を見る。
僕もそうだった。
騎士になりたいって思ってた。
まぁ、今は開拓村を離れられなくなっちゃったから無理だろうけど……。
この光が?
魔法やスキルを使うのに必要な魔力ってやつ?
「ガイル、これは信じられんがアイザックはスキルに目覚めたんじゃないか? スキルに目覚めたやつは希に魔力が見えるようになることもあるらしいからな」
「あ、ああ、ダンの言うとおりだ。それしか考えられんな……しかし……うーん……」
「じゃあ、さっきのは、騎士様が使うようなスキルだったってこと?」
「ああ……そうだな……うーん……」
「そういうことだ。魔法は騎士じゃないと使えないけど、スキルは騎士じゃなくても覚えることもあるからな」
お父さんもダンも本当に僕がスキルを使ったと思ってるみたいだ。
お父さんは何か「うーん」て唸ってるけど否定はしてない。
ということはスキルを使ったってことでいいよね?
やったぁ!
「さっきも言ったが騎士だって皆が皆スキルを扱えるわけじゃない。すごいことだぞ。スキルってのはそう簡単に覚えられるもんじゃないって聞いたことがあるんだが、やっぱりさすがはアイザックだ。教皇様が言ってた通り何かスゲ―ことを成し遂げちまいそうだな!」
ダンがすごく褒めてくれる。
何となく出来そうって思ったけど、スキルが使えるようになるってすごいことなんだ。運が良かったんだと思う。
「なぁ、皆、ちょっといいか、実はさっき言いかけたんだが言いそびれちまってな……」
「どうした、ガイル?」
「猪と戦ってるときはアイザックの言う光ってのは見えなかったんだが……今は何かうっすら見えるんだよ」
「「「は!?」」」
「え? お父さんも見えるの?」
「ああ、俺も信じられないんだが、何でか今は見えるようになってる。……っていうか、うん。気のせいじゃなく間違いなく見える。自分の体を巡る魔力の流れっていうのが」
「マジかよ! じゃあ、ガイルもアイザックみたいにスキル使えるんじゃねぇか?」
本当? えっ本当?
お父さんもスキルが使えたらすごいな。
壁越えもしてるし、本当の騎士様みたいだ。
っていうか、それでさっきから「うーん」て唸ってたのか。
「うーん。でも、どうやったらアイザックみたいなことが出来るのか全く分からん」
「なーんだ」
「期待して損した。まぁ、ガイルだし、こんなもんよね」
ニイナとお母さんが笑いながらお父さんをからかう。
お父さんを良く見てみたら、お父さんの魔力の流れも見えた。
というか、お父さんだけじゃなくて皆の魔力の流れも見える。
あれ?
どういうことだこれ?
「あのさ、お父さんの魔力って、何か皆と比べてすごく溢れてるっていうか、漲ってるように見えるんだけど……」
「ん? アイザックどういうことだ? 俺は自分の魔力以外は良く分からないんだよ」
「一言でいうと、すごく強そうに見えるよ」
──!!!──
お父さんは息を吞んだ。
そして最初に狩った猪の方に向かっていくと、おもむろに猪の前足と後足を1本ずつ掴んだ。
――いいいいいぃ!?——
「軽いな……」
そして、重量はお母さん5人分はあろうかという巨体を軽々と持ち上げて見せた。
今一番力持ちのお母さんでもあの巨体をああまで軽々と持ち上げることは出来ないと思う。予想外過ぎてみんな驚いているし。まあ、それは僕もだけど。
お父さんはドシンと猪を下ろすと、今度は親猪の方へと向かっていく。
そして同じように、前足と後ろ脚をガシッと掴む。
「ふんっ」
――いいいいいぃ!?——
そしてまたも軽々と持ち上げたのだった。
「まだまだ、行けるな」
親猪の方は下手したらお母さん10人分くらいあると思う。
それをあんなに軽々と持ち上げるなんて……。
スゴイ!
やっぱりお父さんはすごい!
「すげぇな」
ダンは少し圧倒されていた。
「……でも、これなら解体した素材も持って帰られそうだな」
「ああ、全然いけるぞ」
良かった。
これは単に、「持って帰られなかったら勿体無い」ということだけじゃない。
僕たちの責任の問題だ。
そう。僕らは今日猪の子供を狩り、その親も狩った。
親猪は怒り狂っていた。
その気持ちはよく分かる。
恨まれるだけのことをしてるのは分かる。
残された猪の子供(デカいけどね)も苦労すると思う。
だからこそ狩った命は粗末にしない。しちゃいけない。
肉食獣だって満腹のときは無駄に狩りをしない。自分たちが食べる分しか狩らないのだから。
怒りも恨みも、奪った命が尊いものであったということの証明なのだから。
心と記憶にしっかりと刻みます。
ありがとうございます。猪さん。
感謝を以てあなたの全部を生きる糧とさせて頂きます。
まぁ、重たくて持ち帰ることができなかったとしても、森の獣たちが処理するから、命が無駄になるなんてことはないんだけど、自分たちが狩ったのだからその責任は自分たちで果たしたかった。
何にせよ、持って帰れそうで良かった良かった。
大人たちが解体に精を出す中、ふと、地面に小さくてフワフワしてるものを見つけた。丁度僕が撥ね飛ばされた木の近くだ。
何だろうこれ?
近寄って良く見てみると、それは鳥の雛だった。
もしかしたら僕が木にぶつかった衝撃で巣から落ちたのかもしれない。
巣を探して上をみると、巣はかなり高い所にあった。
あれだけ高いところから落ちならムリだろうなぁ。
雛は全く動いていなかった。
僕が悪いとは思わないけど、何か少し申し訳ない気持ちになった。
雛にそっと触れてみるとまだ温かかった。
となるとやっぱり僕が衝突したのが原因だろう。不可抗力とは言え、この子の命が消える理由に僕が関係しているのは間違いないと思う。
僕はそう思った。
無駄かも知れないけど······
そう思いつつも試さずにはいられなかった。
こんな小さな命が、こんな冗談みたいな理由で消えてほしくなかった。
「もし、戻ってこれるなら、戻っておいで」
短剣で指先を切りつけ、雛に触れる。
雛の体も淡い光に包まれる。
しばらく雛を見つめた。
「ピィィィィィィィィ」
雛は起き上がり、僕を見つめて可愛らしく鳴いた。
鳴いてくれた。
良かった。
それがどうにも嬉しかった。
「戻ってこれてよかったな。もう落ちないようにしろよ」
「ピィィィィィィィィィ」
まるで返事をしたかのように雛はまた鳴いた。
これが、僕の世界を広げてくれたユピィとの運命の出会いだった。
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