第11話 魔境の森
「こっちだね」
アイザックが向かうべき方向を示す。
アイザックはガイル、ユーリ、ダン、ニイナと共に森に来ていた。
その聴覚は更に研ぎ澄まされ、獲物の位置を的確に捉えていた。
「結構大きな猪がいるよ」
猪の肉は美味い。
その情報に皆が喜んだ。
――ピィィィィィィィィィィィィ
アイザックはロイドが作ってくれた木笛を吹く。
「マジかよ、まだ聞こえるのか?」
「うん。臭いもまだするよ。あとこの辺昨日通らなかった?」
「そんなことも分かるのか?」
ガイルの問いかけにアイザックは頷く。
これはアイザックの聴覚の実験で、森に入った際どのくらいの距離までアイザックが聞き取れるのか確認しているのである。
村にいるロイドとサラが声を出し、聞き取れたらアイザックが笛を吹くことになっている。ちなみにロイド達からは「1回吹いて」とか「2回吹いて」といった指示が出ている。
ガイル達が村を出て30分以上が経過していた。
とうの昔にガイル達にはロイドの声は聞こえなくなっているのだが、アイザックにはまだ聞こえるようだ。おまけにロイド達の臭いもまだ分かると言う。それだけでなく昨日ガイル達がここを通ったことも嗅ぎ取ったらしい。
果たしてロイドにはアイザックの笛の音が聞こえているのだろうかとガイルは疑問に思った。
(もはや人間の域を超えてるな)
そしてアイザックの凄まじい五感の鋭さにガイルは戦慄を禁じえなかった。
「あ……、お父さん、ちょっと肩借りるね」
「ああ、使ってくれ」
――ヒュン
と、アイザックはガイルの肩に跳び上がり、そこからさらに上にジャンプした。
その先には木の枝があり、トントントンと枝を足場に上に跳ねていく。
(なんつう軽業だ)
アイザックの身のこなしは壁越えを果たしたガイルから見ても驚くべきものだった。
魔境化が進んでいるようで、森の木々も太く高くなっている。
アイザックはかなり高いところまで上がっていた。
――スタン
「どうだ? 見えたか?」
「うん。ちらっとだけどね。やっぱり、今の笛の音で猪が警戒して向きを変えたみたい。今度はこっち」
木の上から飛び降りても特に痛がる様子も見せず、アイザックは進むべき方向を示した。
10分後。
(いた!)
体長2m、体重は250キロはあろうかという大きな猪が藪の前でキノコを食べていた。
散開して距離を詰める。
猪は迫る気配に気付き、辺りを警戒するがまだ多少距離があることで逃げ出すことよりも食事を優先していた。
(随分と警戒が緩いんだな)
猪まで約30mといったところまでそれぞれ距離を詰めた。当然猪もこちらに気づいている。
しかし、野生の獣にしては警戒が緩く、アイザックは不思議に思う。
並みの肉食獣であっても勝てる自信があるのか、この距離でも猪は逃げ出そうとはしない。
ダンが合図を出し、アイザック達は弓を構えた。
皆息を殺してダンの合図を待つ。
(射て)
ダンの手が振り下ろされると4人は一斉に矢を放った。
──ボシュッ──
──ボシュッ──
──ボシュッ──
──ボシュッ──
──グサグサッグサッグサッ──
巨体の猪はいい的だった。アイザック達の技量でも充分に当てることができた。
そして、そのうちの一つが心臓を射抜いていた。
ロイドお手製の剛弓もかなりの威力であることが証明された。
──ドシン──
猪の巨体が倒れる。
「やったぁ!」
「わぉ、スゴくない?」
ユーリとニイナが喜びの声を上げる。
「何か思ったより随分と呆気なかったな」
「まぁ、誰も怪我をしなくて何よりだ」
通常の猪でも、本来は簡単に仕留められる相手ではない。矢では仕留めきれず取っ組み合いになり大きな怪我を負うのはザラで、中には命を落とす者もいる。決して舐めてかかっていい相手ではない。
命を取ろうとするなら、命を懸ける必要がある。それが猪狩りである。
ましてや、相手は2mを超す超大物だ。無事に終わってダンはホッとしていた。
「アイザックのお陰だな」
「へへ、やったぁ」
ガイルに褒められて、喜んではいるもののアイザックの表情はどこか浮かない。
「どうした? 折角大物を仕留めたってのに浮かない顔をしてるぞ?」
「あ、うん。もちろん嬉しいよ。……でもね、上手くやればもっと大きい猪を狩れたのになって思って……」
(は? 何を言ってるんだ?)
「もっと、大きいだって?」
「そう、ほら、さっきの笛の音で猪が逃げちゃって……その時は5匹くらいいたんだよね。その中にはもっと大きい猪もいたから残念だなぁと思って……」
(いや、もっと大きい奴ってヤバくないか?)
ガイルの胸にいやな予感が渦巻く。
「ちょっと、待て、アイザック……もしかして、今仕留めたやつが子供で、その親がいるってことか?」
「あ、うん。そうだと思う」
(うん。って……おいおい、そりゃマズいんじゃないか? あの大物で子供なら親はどれだけデカいってんだ?)
「アイザック、全然残念じゃないぞ。猪狩りってのは思ったよりも危険――」
――FUGUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO——
ガイルがアイザックに狩りの危険を諭そうとした時、藪の奥から凄まじい怒気を孕んだ猪の叫びが聞こえてきた。
――ドシンッ、ドシンッ、ドシンッ、ドシンッ、ドシンッ、ドシンッ、ドシンッ――
続いて聞こえる重量感溢れる足音。
アイザックに確認しなくても何が迫っているか皆察することが出来た。
「気をつけろ! 親が来るぞ!」
(((親!?)))
ガイルの呼びかけで、皆驚きつつも一斉に弓を構える。
「姿が見え次第、矢を放て!」
すかさずダンが指示を飛ばす。
――ボシュッ――
おそらく音から位置を特定したのだろう。
姿が見える前にアイザックは矢を放った。
(何だ? 何か変だったぞ)
アイザックは違和感を感じていた。
放った矢が不自然に弾かれたような音がしたのだ。
――バキバキバキィ
藪を踏みつぶし、怒れる猪が姿を現した。
――ボシュッ――
――ボシュッ――
――ボシュッ――
――ボシュッ――
――ボシュッ――
皆が一斉に矢を放つ。
――キンキンキンキンキン――
すると矢は、あたかも金属の盾で弾かれたかのような音を鳴らして弾かれた。
それも、猪に当たる直前に空中で、である。
「ウソでしょ」
「何だそりゃ」
ニイナとダンが驚愕の声を上げる。
もちろん、ガイルとユーリも矢が弾かれたことは予想外で驚いた。
しかし、その瞬間、息子はもっと予想外の行動をとっていたのだ。
「ダメ、アイザック!」
「行くな!」
矢が弾かれて皆が動揺していた一瞬に、アイザックは前に飛び出していた。
怒れる猪の体長は3mを超えていた。
体重は400~500キロに達するだろうかという巨体である。
(やっぱり、弾かれた。お母さんたちが狙われたら危ない)
予め予想出来ていたため、アイザックの初動は速かった。
猪の狙いを自分に向けるため、アイザックは飛び出していたのである。
「こっちだ! 猪!」
そう言い放ちながら猪に飛び掛かり、ガイルから渡されていた短剣を振る。
――カキン――
するとまた、空中で短剣が弾かれる。
(何だ? 一瞬光ったような)
アイザックは目を凝らし何度も短剣を振るう。
――カキン――
――カキン――
――カキン――
――カキン――
(やっぱり光ってる。何だ? 膜みたいなものに覆われてるのか?)
――BUHIIIIIIIIIIIII——
猪は狙いをアイザックに定め、ブンブンと頭を振り、牙を突いてくる。
しかし、アイザックを捉えることは出来ず、猪は翻弄されていた。
――カキン――
――カキン――
――カキン――
――カキン――
――ブン――
――カキン――
――カキン――
――カキン――
――カキン――
――ブン――
アイザックの短刀は弾かれ、猪の攻撃は当たらない。
そんな状況がしばらく続いた。
ガイルとユーリも、猪の攻撃が当たりそうにもないことが分かると、ハラハラしながらもアイザック見守ることにした。
「おい、ガイル。あれはもしかして……」
「ああ、バカデカい猪ってだけじゃないな。魔獣になってやがる」
魔境において、野生の動物は魔力を帯び特殊な能力を宿すことがある。
そして特殊な能力を使う動物を魔獣と呼ぶ。
矢やアイザックの攻撃が弾かれた不思議な現象から、ダンとガイルは猪を魔獣だと判断した。
――カキン――
――カキン――
――カキン――
――カキン――
――ブン――
両者の攻撃が当たらない、この一見すると永遠に終わらないように見える状況はいつまでも続かなかった。
アイザックに攻撃が当たらないことに苛立ち、猪は突然ターゲットを変えたのである。
――ドシンッ、ドシンッ、ドシンッ――
(しまった!)
アイザックもこれには意表を突かれた。
ターゲットにされたのはニイナだった。
魔獣は元の獣と比較して総じて身体能力が高くなる。
通常の猪であっても短距離に関して言えば人間よりもずっと速い。
その巨体からは想像もつかないほど魔猪の動きは速く、あっという間に距離が詰まる。
「なっ」
そして、ニイナはそれに反応できずにいた。
ニイナも壁越えを果たしている。反射神経は決して悪くはない。
しかし、実戦経験の不足が彼女の足を止めていた。
――ドシィィィィン――
「がはっ」
そして、ぶちかましをくらい、水平に撥ね飛ばされて木に体を打ち付けられた。
ニイナ……ではなく、アイザックが。
「アイザック!」
ニイナは無事であった。
直前に間に割って入ったアイザックに押し飛ばされて、多少地面に体を擦ったが、その程度である。
その代わりにアイザックは猪のぶちかましをモロに受けてしまった。
「僕は大丈夫、皆逃げて!」
アイザックの声に反応して皆が猪から更に距離を取る。
本来ならば内臓破裂で即死であろう。
しかし、アイザックの体は淡く光を放つ。
(血の味がする)
口の中に残った血の味は消えなかったが、致命傷の傷は癒えていた。
(え! 何だこの光……)
突然目に映った光景にアイザックは驚く。
光と言ってもそれは自身が纏う淡い光のことではない。
魔獣と化した猪の体を巡る極々薄い赤い光、そして猪の体を覆う赤い光が見えたのである。
――ボシュッ――
――カキン――
猪の注意をアイザックから逸らすべく、ガイルが矢を放っていた。
その矢は当然の如く弾かれたが、アイザックの目には別のものが見えていた。
矢を弾き返した赤い膜のような光は、猪の体から発せられているものだった。
今はそれがありありと見える。
そして、ふとある予感をもとに自身の手を見る。
(僕にも流れてる……)
自分の手にも、いや手だけではなく自分の体全体にも、巡る光があることに気づいた。
(もしかして……僕にも出来る?)
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