第八章 ノースベール自治区と優しい嘘
第235話 急いでウォールを出るぞ!
朝の鐘が鳴る頃に私は目を覚ました。
思わぬ形でずるい大人力を発揮したコリンさんの所為でなかなか寝付けなかったけれど……結局はいつの間にか眠っちゃってました、はい。
「ふぁああ……おはよう~。あれ、ウィル1人?」
「あぁ、おはよう。アイツ等ならまだ寝てる。多分昼まで起きてこないんじゃないか?」
「あー……凄くお酒呑んでたもんね」
いつもなら談話室にはウィルと犬堂さんがいて、キッチンからリークさんの作る朝食の匂いがしてくるんだけど、今日はウィルしかいなかった。
昨夜、潰れるまでお酒を呑んでいたリークさんと犬堂さん。
コリンさんと私の2人じゃ運んだりも出来ないから「大丈夫ですか~」って声をかけたんだけど、あいまいな返事が返ってきただけだった。
今の談話室にウィルしかいない時点で寝室までは行けたんだろうけど……この様子じゃあウィルは絶対運んであげてないな。
「そもそも潰れるまで呑む奴が悪いんだよ。自分の限界以上呑んでもバカを見るだけだろ」
「ウィル、早々にリタイアしてたもんね」
「あんな酒豪共の宴に本気で付き合ってられるか」
寝室に向かって呆れたように肩を竦めるウィルだけど、私が見る限りではウィルも相当呑んでたから、やっぱりみんながそれ以上に強くて、コリンさんが化け物じみているんだな。
「そういえば、玄関に来てるぞ」
「来てるって、何が?」
ウィルが優雅に紅茶を飲んでいるのが羨ましくて、あと単純にお腹が空いたこともあって、キッチンへ向かおうとする私をウィルが呼び止める。
玄関?誰か訪ねてきたベルの音はしなかったけど。
そう思って、玄関に向かった私は思わず驚きに目を見開いてしまった。
「な、なにこれーーー!!!」
玄関の扉を埋める勢いで積み上げられた、プレゼントの箱!箱!箱~~~!!!
大・中・小とサイズは様々で形も細長かったり正方形だったり色々。
おまけに箱だけじゃなくて花も沢山届いている。
綺麗な花束から豪奢な鉢植え、花輪みたいな大きなのもあって、ちょっとした花屋さん気分だ。
「よかったな。巫女様への献上品だぞ」
「えぇ!?これ私宛なんですか!?」
「他に誰が居るんだよ。ウォールを救った新たな星詠みの巫女に皆夢中なんだ。良かったな」
「良かったなって……えぇえー……こんなの貰えないよぉ」
談話室から私の所へやってきたウィルが、実に楽しそうな笑顔でプレゼントを見ながらからかってくる。
積みあがったプレゼントの山を見て、凄いなぁと他人事のように間抜けな声がこぼれていた。
勿論、こうやってプレゼントを貰うのは嬉しいけど……うん、花束のひとつを手にとって確認してみたけど、差出人の名前に私は全く心当たりがない。
つまりは、私宛じゃなく「巫女様」宛なのだ。
とりあえず、一番自分の近くに置いてあった大きめの箱を開封してみる。
ピンクのリボンで封がされた箱の中には、白い刺繍の見事なドレスが入っていた。
見るからに清楚な感じだし巫女の礼服なのかもしれない。
「えっと、ハウンディ・ジャックより。星詠みの巫女様へ愛を込めて」
「ウォールでも指折りの伯爵家だな。慈善活動に熱心な活動家で、教会に多額の寄付をしている事でも知られる有名な男」
「へぇ、じゃあこれも支援のひとつなのかな」
「……っていうのは表の顔で。実際はかなり女に手の早い事で知られてる。駆け出しの巫女や聖女に手を出しまくって愛人として囲ってるって噂が流れる程に節操がないな」
「んんん……受け取りにくいっ!」
そっとジャック伯爵から送られたドレスを元に戻す。
試着してないから返品OKですよね。よし、次。
「これは何だろう?」
沢山のプレゼント箱と花の横にあった大きな紙袋。
そこに薄い板のようなものが何十枚も詰め込まれている。
ひとつ取り出してみると、それは男の人の絵が描いてあった。
真っ白な髭を鼻の下に携え「ふんっ」と胸を張るように少し沿って立つ姿は、美術館とかに飾ってある肖像画みたいだ。
そして絵の下には文字が書いてある。
「なになに。オズワルド男爵家6男、乗馬と読書が趣味です……ん!?」
文字を追っている内に私はその違和感に気付いた。
これ、もしかして
「お見合い写真!?」
間違いない!肖像画は写真、下に書いてある文字は婚活エントリーシート!!
ちょっと待って、まさか私に結婚を申し込んでるの!?
だって私まだ17歳だし、いや、この世界であんまり年齢って結構には関係ないのか。
ロレンスさんも私と結婚しようとしていたし……。
「星詠みの巫女と結婚すればその一族は巫女の一族。未来永劫没落はあり得ないし、爵位だって上がるだろうな」
「だからってこんな年の離れた私に結婚を申し込むなんて」
「貴族共の考える事なんてその程度だ」
「もう結婚はこりごりなんですが……」
肖像画の雰囲気からして、この人50歳は越えてそう。
年の差婚にも程があるっていうか。
むむむ、それにしてもさっきからウィルず~~~~とニヤニヤしてる!!!
どう考えても慌てふためく私を見て楽しんでいるじゃん!
仕方がないじゃない!
だってこんなプレゼント沢山貰ったことなんて一度もないんだから!!!
うう、せめてもう少しまともなプレゼントはないかなぁ……あれ。
積み上げられたプレゼントの山の上に、ぽんっと置かれた一通の手紙。
真っ白な封筒に白銀で薔薇の模様が描かれた封筒は手に取るとキラキラと輝いて見えた。
緑色の蝋で厳重に封のされた手紙をひっくり返して、私は手が止まった。
正確にはそこに書かれた名前に。
「ウィル。この手紙、私宛じゃなくてウィルにだよ」
「俺に?」
はい、と手渡すと、ウィルは手紙を受け取って簡単に裏表を確認した後、封を雑に開ける。
「!!」
そして、中に入っていた手紙を見て固まった。
それはもう、石化したんじゃないかってぐらいビシッ!と勢いよく。
「ウィル?」
こんなウィルは初めてで、私は思わず彼の顔の前で手を振ってみた。
いつもなら、文句の一つでも言われそうなものなのに、ウィルってば何も言い返してこない。
固まったまま、ジッと手紙を見つめている。
「……ぞ」
「え?」
ボソッとウィルが何かを喋ったので耳をすまして聞き返す。
「急いでウォールを出るぞ!!」
「えっ、えええ!?」
ぐいっと乱暴に捕まれる手。
訳も分からず混乱する私を後目に、ウィルは玄関前に置かれたプレゼントの山々を無造作にかき分けて扉を開いた。
しかし、
「やぁ、おはよう」
ドアを開けた私達の前には、春のように華やかで、月のように艶やかでもある、悪魔みたいに美しい人が立っていた。
長いくすんだ金髪が廊下に入る朝の日差しを浴びて、まるで王冠でも被ったみたいにキラキラと輝いている。
「そんなに急いでどうしたのかな?」
「あっ、あなたはあの時の……!」
私はこの男の人を知っている。
最初合ったのは、このホテルの庭園で。
そして二度目がアダレと戦った時、私とロレンスさんを全力で守ってくれた。
名前は確か……ノースベールの騎士、ヘンリーさん。
「……どうして、ここに」
柔らかな物腰のヘンリーさんに対して、硬く拒絶するようなウィルの声。
明らかに焦りが滲んだウィルの声にもヘンリーさんは全く気にしていない様子だ。
「どうしてってそれは勿論、お前の犯した罪を償わせる為だよ」
「ッ……!」
俯き気味だったウィルの顔が持ち上がり、ヘンリーさんと向き合った。
「えっ、ウィル……ヘンリーさん……!?」
2人の顔を見て私は衝撃を受けた。
ヘンリーさんと初めて庭園で出会った時、私はどうにも初対面だと思えなかったんだ。
その理由が今、やっとわかった。
ヘンリーさんが、ゆっくりと私たちの方へ一歩進み、ウィルがそれにつられて後ずさる。
そして、煌びやかな微笑みを湛えたまま唇が動いた。
「たとえ私の可愛い弟であっても、ノースベール様の元に不義があってはならない。そうだろう?……ウィリアム」
ウィルとヘンリーさんは兄弟だったのね!!
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