第233話 結婚しましょう



みんながラーメンを食べ終わった頃、犬堂さんがコリンさんを見て、口を開いた。


「コリンってお酒はいける口だったよね」


「えぇ。嗜む程度には」


「じゃあ、これと餃子は凄く合うよ」


そう言っておもむろに犬堂さんがコップに瓶から何かを注いでいく。


自分から積極的に絡んでいく犬堂さんに、私は少し驚いた。

ウィルやリークさんならまだしも、コリンさんにこういう絡み方するタイプじゃないと思ってたから。


ん……?ちょっと待って。犬堂さん、何をコリンさんに何を勧めてるの?

そういえばさっきお酒って!


「これは?」


「椎名君の地元に伝わるお酒なんだ。こうグイッと、いっちゃってくれ」


「あぁ、なるほど。通過儀礼のようなものですね。慣れています」


「あ、あわわ……コリンさん、それ多分日本しゅ……」


コップに注がれた透明な液体。

私の席からじゃ匂いまでは分からないけど……ううん、匂わなくてもわかります。

あれはきっと日本酒です!!


私が止めるのを待たず、コリンさんがコップに口を付ける。

そして、そのままコップを傾けるように、一気呑みしたーーー!?


「お~~、いい呑みっぷりだなぁ」


いやいや!そんな悠長なことを言ってる場合じゃないですよリークさん!

日本酒って他のお酒に比べてアルコール度数が高いんですよ。

酔っぱらうし、下手をすれば急性アルコール中毒になっちゃう!!


カンッ!!


と勢いよくグラスが机に叩きつけられた。

恐る恐るコリンさんに目をやると、目を閉じたままの状態でコリンさんは完全に制止してしまっていた。

そして、おもむろに「はぁ」と息を吐き、私を見た。


「お嬢さん」


「は、はひっ」


「結婚しましょう」


「はぁ!?」


イスを倒しそうな勢いでウィルが席を立つ。

何だか言われた本人である私よりもウィルの方が驚いているんだけど。


「職業柄、数多くの会食に参加してきましたが、こんなに美味しい酒を飲んだのは初めてです。仕事の疲れを一気に吹き飛ばす、そんなパワーを感じました。貴方の出した料理とこの酒があれば私は余裕で残業すら出来てしまいそうです。だから毎日食べたい、毎日貴方に食事を作って欲しい」


淡々と話すコリンさんに私は釣られるようにして何度も頷く。

完全に金曜日の夜に呑んでいるサラリーマンみたいなことを言ってる。


「駄目に決まってるだろうが!そもそも、コイツは結婚で辛い目にあってんだぞ!また面倒事に巻き込ますな」


ビシッと指を指すような仕草で反論するウィルにコリンさんは冷静だった。


「そうでしょうか。冒険者連盟の支援を受ける形でお嬢さんの立場は保証されていますが。私だってマクスベルンの地に生まれた者。本心はこの地に留まって頂きたいですから。理由無くマクスベルンに滞在するのは咎められようものですが、結婚となれば話は別。強制的にマクスベルン国籍になりますからね」


ニッコリと微笑む笑顔が怖い。

なんだろう、凄く笑顔の筈なのに目が全然笑ってないっていうか、何て言うか……。


「これでも私、役所勤めですし役職も高いです。給料もそこそこ頂いておりますし蓄えもございます。結婚したら、シレーネに別荘でも買って静かに暮らしましょう。幸せにしますよ」


「何だ、コリンの事だから椎名君をウォールの宣伝に使うかと思ったのに、仕事辞めちゃうの?」


犬堂さんの質問にコリンさんがフッと笑った。


「勿論です。私、家内をあまり見せびらかしたくないもので」


か、家内っ……。

あのコリンさんからそんな言葉が出るとは思わなくて、私は自分の顔が熱くなっていくのを感じた。

思わず両手で頬を包み込むように冷やしていると、犬堂さんにおかわりとして注がれた日本酒の2杯目を口にしながらコリンさんは平然と言い放つ。


「まぁ、冗談はこれくらいにして」


「冗談なんですか!?」


「はい。だって私みたいなおじさんと結婚はお嫌でしょう?」


おじさん……確かに40手前って言ってたけど、コリンさん見た目が結構若いから、おじさん認定しにくいんです。

でも、あはは。やっぱり冗談だったんだね、コリンさんってお茶目な所があるんだから。


「本気になって良いのでしたら全力を出しますが」


「ひえっ」


物凄い色気と真っすぐな目でコリンさんにそう言われて、背筋がぞくぞくする。

でも、それはすぐ元に戻り、今度はリークさんに視線を移した。


「ですので、同じくマクスベルン国籍のリークさんはいかがでしょう。冒険者としての実力もありますし、器量も良く人望もあります。何より幸せの象徴の緑髪持ちですし。結婚の宣伝や、もし怪我をされても補助等はしっかりこちらでサポートさせて頂きますよ」


「えっ、ええ!?」


「お、じゃあオレと結婚するかシーナ?後悔させないぜ?」


「駄目だ駄目だ駄目だ!!お前は余計に駄目だ!それに幸せの象徴だったら、俺だって緑目持ちだ!」


リークさんが豪快に笑いながら、私の頭をわしわしと撫でてくる。

それをウィルがペシッと勢いよく振り払って、悔しげな顔でリークさんを睨みつけていた。


「残念だったなぁウィル。コリンのお眼鏡に叶わなくて」


「うるさいっ。これも冗談なんだろう」


「じゃあ冗談にそんなにいきり立つなよ、ノースベールの色男」


そういえばウィルはこの手の冗談は得意だった筈なのになぁ……と思っていた時、リークさんの言葉に私はきょとんとする。

ウィルと会ったのがマクスベルンだったから、マクスベルン出身だと思っていたんだけど、違うんだ。


「ウィルってノースベールの生まれだったんだ。じゃあ、ウィルも騎士を目指していた時期とかがあるの?」


「「えっ……」」


何気ない私の一言。

でも何故か場の空気がおかしい。

急に時が止まったみたいになって、居心地が悪そうに目を逸らすウィルに視線が一気に集まっていく。


「まさかウィル。君ってばまだ自分の立場の事を椎名君に話してなかったのかい?」


「嘘だろ。お前あれだけ目立つ格好で見栄張っといて!?」


「う、うるさい……あの時はゴタゴタしてたし、今は言い出すタイミングがなかなか掴めなかったんだよ」


言い出すタイミング?自分の立場???

犬堂さんとリークさんがウィルに何を追求しているのか分からなくて、私は思わず頭を傾げてしまう。

そんな中、コリンさんだけが八宝菜をつまみに日本酒を煽るようにしての吞んでいるのだった。


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