第231話 君を失うことは耐えられない


「もうっ、少しだけですからね」


「分かってる分かってる、大丈夫だよ。椎名君は心配性だなぁ」


「心配してるんじゃなくて釘を刺してるんですっ!」


キッチンの奥でこっそりと出したスイングドアからバックヤードへと入る。

理由は当然、犬堂さんがビールを飲みたいって言うからです!


ただ、完全にそれだけが理由ってわけでもないんだよね。

さっき談話室をそっと覗いてみたら、コリンさんってば書類を出して仕事始めちゃってて……寛いでいてって私言ってたはずなんだけど。

薄々感づいてはいたけど、コリンさんって仕事が趣味の人間なんだなぁ。

犬堂さんとは違うタイプの社畜っていうか、働き盛りのお父さんって感じ。

……つまり、定年過ぎると趣味がないって奴ですね!


まぁ、それはいいとして。

コリンさんも犬堂さんより年上なんだから、お酒は飲むよねって思ってさ。

折角ならお酒と餃子っていうスペシャルな組み合わせを、コリンさんにも味わって欲しいなぁと。

まぁ私は未成年だから、それは良く分かんないんだけどね。

むしろ餃子にはホッカホカの白米派です!!


それに、軽いスナックみたいなおやつも一緒に探そう。おつまみにもなるし。

むしろ、やることが無くて仕事をするぐらいなら、おやつを食べて待っていて貰えばいいのでは!

ご飯前にお菓子は食べるものじゃないかもしれないけど、ちょっとぐらいは大丈夫だよね。


「そうだ。餃子だけだと、うちの食べ盛り達は足りないだろうし、ラーメンでも茹でる?カップラーメンがあるなら袋麺もあるかなぁって、ちょっと思ったんだけど」


「それ、凄くいい考えですね。勿論、あります!」


アルコール類が置いてある第一倉庫へ向かう最中、お菓子の入った段ボールを漁っている私を手伝ってくれていた犬堂さんが提案する。

お湯を注いで約3分。ウィルやリークさんも大好きなカップ麺だけど、個包装にされた袋麺も結構便利だったりする。

お湯を入れるだけのカップ麺とは違ってひと手間いるけど、大人数分を一気に作れたり、鍋料理のシメに入れたりね。

何より、餃子にラーメンって定番のセットみたいな感じだよね!凄くいい!


「確か、こっちの方にー……」


「椎名君、僕が取るよ」


「大丈夫です、任せてくださいっ!」


コリンさんのお菓子探しは一旦中断して、私は重なった段ボールの中身をひとつひとつ確認していった。

これはお菓子、こっちは日用品、こっちは調味料かな。

うーん、ある程度のジャンル分けがされて置かれているとはいえ、一目で中身が確認出来ないのは少し不便。

今度マジックペンで段ボールに名前でも書いておこうかなぁ。


そうこうしている間に、隣に並んだ棚の一番上に袋麺の入った段ボールを見つけた。

私の身長では少し届かないけれど、棚の下に足を掛けて手を伸ばせば届くかも。


「ほっ!」


段ボールをとる為に、私は不安定な足場に片足を掛けて身体を持ち上げる。

そのまま、段ボールを手にして降りようとした時。


「わわっ……!!!」


大きな棚がぐらりと揺らいだ。

私が体重を掛けたから?でもいつもはこの程度じゃうんともすんとも言わないじゃんっ!

そして、上段にあった段ボールが、私の方向へと落ちてきた。


「きゃっ!」


思わず反射的に目を閉じた。

咄嗟に動いた両手が自分の頭を抱えるようにして庇ったけれど、それよりも先に、私の身体はぐいっと引き寄せられた。

直後、バラバラと物音を立てながら段ボールが次々に地面に落下した。

床にぶつかって、中身が転がっていく物音だけが私の耳に入ってくる。


「あれ、痛くない……?」


目を閉じたままポツリと呟くと、頭上で困ったように笑う声がした。


「椎名君はおっちょこちょいだなぁ。目を離してられないよ」


「け、犬堂さんっ!」


声に促されて慌てて目を開いた私のすぐ側で、犬堂さんが笑っている。

よく見ると、犬堂さんの腕は私を胸に抱き寄せ、もう片方の腕は頭上に曲げて掲げられていた。

もしかして、上から落ちてきた段ボールから私を庇ってくれたの!?


「怪我とかしてないですか!?頭とか、腕とか!!」


「大丈夫大丈夫。重い物が入っている段ボールじゃなかったみたいだし。それよりも椎名君は怪我とかしてない?」


「わ、私は大丈夫ですけど、犬堂さんが……」


確かに段ボール自体は重く無かったのかもしれないけれど、大きさはそれなりにあるし、いくら軽くても当たったら痛いに決まっている。

私が素直に脚立を持ってくるなりして段ボールを取っていれば、こんな事にはならずに済んだのに。


「ごめんなさい、私……」


申し訳なくて謝ろうと犬堂さんの瞳を見る。

その瞬間、ぎゅっと私の身体は犬堂さんの両手によって強く抱き締められた。

驚く暇も無く、背中に回った腕が私の身体に縋るようにぴったりと張り付いている。


「怪我がなくてよかった……椎名君は本当に目が離せないよ」


「そ、そうですか……?」


「そうだよ。今回の件、僕は凄く心配したんだからね」


犬堂さんは私の肩口に顔を埋めていて、その表情は確認できない。

それでも、その声は犬堂さんにしては珍しく少しだけ怒っているようにも聞こえた。


ロレンスさんの件もそうだし、アダレの件だってそう。

いつも私達をサポートしてくれていたのは犬堂さんだった。

犬堂さんが居なかったらもしかしたら私は凄い怪我をして、この世にはいないかもしれない。

異世界人だって事を隠しているのに、沢山スキルも使ってくれた。


私の為に無理をしてくれたのかな。

そうなら、怒るのだって当然だと思う。


「君のスキルが特殊であるのも分かる。巫女と尊ばれるのも別に構わない……でもね」


背中に回った腕に力がこもる。


「危ない事はしないで欲しい。ロレンスの結婚、マクスベルンの神獣、それに……あの女。君はきっと、大きな流れに巻き込まれている。だから、何かあるならいくらでも僕を頼って欲しい」


少し痛いぐらいの力は、さながら犬堂さんの隠れた内面から漏れ出た感情のようで、私は「はい」と素直に頷くことでしかそれに応えられなかった。

髪にすり寄る感触が少しこそばゆい。


「もう僕は君を失うことは耐えられない。考えただけで不安でたまらなくなるんだ」


そうか、怒ってるんじゃなくて本当に心配してくれているんだ。

そう気づくと同時に、私は犬堂さんが凄く怖がりなんだと、砂浜の夜を思い出した。


「大丈夫です、犬堂さんの傍にいますから」


「本当に……?」


「はいっ」


ウィルやリークさんには勿論、きっと他の誰にも見せない犬堂さんの姿。

私の前にだけ現れる表情は、ほんのちょっぴり守ってあげたいと思えちゃう。


ぽんぽんと犬堂さんの背中を叩いてあげて落ち着くのを待ちながら、私は床に転がった段ボールから飛び出している「新宿一番塩ラーメン」を見つける。


「犬堂さん、塩ラーメン好きです?」


「……椎名君が好きなら好きかなぁ」


「じゃあ、ラーメンは塩ラーメンにしましょう」


後は犬堂さんが飲みたいって言ってたビールとお菓子を持って帰ればご飯はもう目前です。

だから犬堂さん、みんなで一緒に食べましょう。

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